幸せって
アリスターは首を横に振った。
「魔力なんて、ある人はあって、町でもそんな人は、魔石屋で魔力を充填して金を稼いでた。練習なんてしなくていい」
見晴らしのいいところで休んでいるので、バートとミルは周りを警戒しながらも私たちの話を興味深そうに聞いていた。
あんなにお父様が兄さまに言い聞かせてたことが、町ではかけらも重視されてないなんて信じられない。町の人は魔力切れで倒れたりしないんだろうか。
「魔力、にゃい、たおりぇりゅ」
「倒れてる人はそりゃいるけど」
バートもミルも頷いてる。倒れてるんだ。私は虚しさに襲われた。
「でも昨日みたいに、寝ればなおる」
「にゃい」
「ない? どういうことだ」
どういう言葉はバートのものだ。
「いのち、ちじめりゅ」
「命を。きいたことねえ」
「いや、待て」
ミルの言葉に、バートが反応した。
「高い魔力もちは寿命が短い。当たり前だと思ってたけど、それはもしかして、魔力を使いすぎるからなのか」
そのことは知らなかったが、可能性はある。
「いのち、ちじめりゅ。むだにゃく、こうりちゅよく、ませきに、まりょく、しょしょぐ。おとうしゃま、いった」
ふう。思い出してつなげるだけだが、一歳児にはなかなか難しい。
「面倒くさい」
アリスターがプイっと横を向いた。
「おとうしゃま、か。リアの父ちゃんがそういったのか?」
「あい。にーに、れんしゅう、しゅる。なんかいも、しゅる」
私はバートに一生懸命訴えた。
「お貴族様でも練習してんなら、アリスターもやったほうがいいんじゃねえのか。お前、早く死んじまってもいいのか」
バートもわかってくれたようで、アリスターにそう言った。
「俺は!」
アリスターが大きな声を上げて自分でハッとした。
「俺は、今は生きたいと思うからがんばってる。けど、長く生きたいのかって言われても、そんなことわからないんだ」
そう言うと顔をそむけた。
「母さんは、貴族は幸せじゃないって言ってた。幸せじゃないやつの話を聞いて、その通りにしたらやっぱり幸せにはなれないんじゃないのかな」
貴族は幸せじゃない。そうなのか。確かにお父様は最初は幸せそうではなかった。でも、兄さまに真剣に魔力の循環の訓練をしていた時、人生を捨てていいと思っていたようにはとても思えなかった。毎日が楽しかったではないか。
「りあ、しあわしぇ」
「お前! 貴族だからさらわれたんだぞ!」
アリスターはかがんで私の肩をつかんだ。少し痛い。
「貴族じゃなかったら! 父さんも母さんもいて、もしかしたら兄さんとかもいて、みんなでもっと、普通に、普通に暮らしてたかもしれないんだぞ!」
そう言うアリスターの顔は苦しそうだった。
そうか、貴族じゃなかったら幸せだったというのは、アリスター自身のことなのか。
私はと言えば、一度幸せな人生を送ってきたから、今の人生に何の期待もしていなかった。生まれた以上、生きるべきだと思ったし、生きている以上、楽しく生きたいと思った。だから赤ちゃんだけど、好きなように生きてきた。そこに何の不満も後悔もなかった。
だけど、そうだよね。10歳で一人になって、必死で生きてきたら、幸せなのかどうかすらわからないよね。私はアリスターの名前を呼んだ。
「ありしゅた」
「なんだ」
「あい」
そして手を伸ばす。
「だっこ」
「抱っこって、お前。いいけど」
アリスターはよっと声をかけて力強く私を抱き上げる。
「なんだ、寂しいのか」
「あい」
別に寂しくはない。いや、寂しくないわけではないが、そうではない。つらい時、さみしい時、兄さまも、お父様も、こうやって私を抱き上げて抱きしめて、そうして心を落ち着かせていたではないか。
「とり」
私は空を指さす。
「飛んでるな」
「二つ」
「二羽だな。森に戻るのかな」
「もどりゅ」
そうして二人であちこち眺めて、さて、そろそろ落ち着いただろうか。
「ありしゅた。おろちて」
アリスターはちょっとためらって、私を下ろした。私はアリスターの目をしっかりと見た。
「ありしゅた。まりょく、れんしゅう、しゅる」
「お前」
アリスターはあきれたように目を見開いて、しょうがないなと言うように、ふっと笑った。
「バート、ミル」
「いいぜえ、時間はまだあるし」
何やら私たちを見守っていたバートがほっとしたようにそう答えた。
「バート、みりゅ、しゅる?」
「俺たちか? 魔力もちじゃないぜ?」
「貴族の血なんてかけらも入ってないしなあ、ははっ」
二人は笑っているけれど、私は不思議に思った。
そもそも、私は魔力を持っていない人などほとんど見たことがない。ハンナにしろ、セバスにしろ、屋敷で働いている人は皆うっすらと魔力をまとっていたし、私たちをさらった人たちでさえそうだった。
あえて言うなら、おそらくだが、ハンナと二人ではぐれた時、出会った悪者たちには魔力は見えなかった気がするが、それだけだ。バートにも、ミルにも、キャロとクライドにも魔力はある。アリスターや兄さまほどではないが、少なくともハンナよりはある。それがわからないのだろうか。
まあいい。とりあえずアリスターだ。
お父様が兄さまに指導していたように、体内の魔力を把握するなどと言う指示が出せるわけがないので、自分流にやるしかない。
まず向かい合って腰を下ろした。
「て、だしゅ」
「こうか?」
アリスターが伸ばした両手を握る。大きくて指しか握れなかった。
「こうだな」
「あい」
笑いながらアリスターが私の手を握る。これでいい。私は体の魔力を意識して、アリスターに送り込んでみる。魔石に吸われるのと逆に、押し込むのだ。
「うおっ?」
「なんだなんだ」
アリスターの驚きの声に、面白がって見ていた二人が騒ぎ出す。思わず私も笑い出しそうになるが、落ち着いて落ち着いて。
「しょれ、まりょく」
「これ、今まで出すばっかりだったけど、戻ってきた」
「まりょく、だしゃない。じぶんのなか、まわしゅ」
「自分の中」
そう言うとアリスターは、
「もう一度お願い」
と目をつぶった。魔力を送る。
「ん」
「てから、かた。かたから、はんたいのて。てから、かた。かたから、おなか。おなかから、あし」
「ん、ん」
バートとミルが見張りもせずにかたずをのんで見守っている。
「だめだ、途中で消えてしまう」
「またやりゅ」
「うん、ん、ん」
アリスターはうんうん言って目を開いた。
「だめだ、おなかのあたりでどっかに行っちゃう」
「だから、れんしゅう、しゅる」
「そっか。すぐにはできないのか」
「あい」
あれ? ではなぜ私はすぐにできたのだろう。きっと中身が大人だからだな。
「よし、ハンターと同じ! できないなら、練習する。そうだな?」
「あい!」
できなかったことが火をつけてくれたようだ。やる気になってくれてよかった。




