見極めろとは
「ファーランドからの客人も同行することになったそうだよ」
「ファーランド」
私はマークの言葉をただ繰り返したが、意味は頭に入ってこなかった。ファーランドは、前回のイースターへの出兵の際、静観していただけで、なんの協力も申し出てこなかった。それによって国交になにか変化があったわけではない。だが、協力を申し出て第二王子まで出してきたウェスターにキングダムの関心が向くのは当然のことだろう。
今回も、その件があったからこそ、孫殿下とは言えキングダムの王族が招待に応じるという本来ならありえないことが実現したわけだが。
「さすがにファーランドも焦ったらしいね。ファーランドとキングダム、それにファーランドとウェスターは現在国交上特になんの問題もないが、今回の件でキングダムとウェスターだけが緊密に結びついては困るということだろうよ。イースターは自業自得でキングダムに飲み込まれる形となったわけだし」
国の上のほうの人ならそういうことも考えるだろうが、私は幼児だから考えたこともなかった。しかし同じ幼児でもニコの質問は的確だ。
「だが、どうこうするとはどういうことだ。つまり、いっしょに行くということか?」
「そうです。いったんここ王都に来て、ここからウェスターまで一緒に旅をするということですね。よく考えたらまとめて警備すればいいわけで、支出と手間はむしろ減るのか? 監視もしなくてすむし」
マークの思考がずれ始めたので兄さまが慌てて話を本筋に引き戻した。何か不穏なことを言っていたような気もしたが。
「勝手にウェスターに行ったらいいじゃないですか。普通に考えて四歳の孫殿下と交流するにしても、ウェスターに着いてからで十分でしょうに。むしろ旅の間何をするつもりなんでしょう」
兄さまが不満そうだが、確かに楽しい旅がいきなり仕事に変わったようなものだ。いや、もともと仕事ではあるのだが、気の置けない仲間との楽しい旅になるはずだったのに。
「ギルとルークは北の領地での実績があるだろう。ニコ殿下よりも、きちんと話のできる四侯の次期当主との交流が目当てだと思うよ」
「げっ」
「ギル、言葉遣い」
さすがに兄さまに叱られているが、ギルの気持ちもよくわかる。だが、申し訳ないがおかげで私は楽な気持ちになった。ニコにそれほど大きな役割がないのならば、私たち幼児組は旅の間楽しく過ごしていればよいのだから。
「リア、自分だけ楽しく過ごせばいいと思ってはいませんよね」
「そ、そんなことおもってないもん」
私は不満そうな兄さまからさっと目を背けてニコのほうを見た。ニコは真面目な顔で私を見返した。
「わたしにできることならどりょくするが。あいそうよくするくらいしかできぬがな」
「それならリアもできる。むしろとくい」
ニコニコしていればいいだけなら頑張ってやることに異論はない。それでいいなら楽だし。
「私からリアとニコ殿下にお願いがあるとすれば、無茶をしない。それにつきます。むしろそれだけで十分です」
「うむ」
「はい」
ここは素直に頷くしかない。つまり、問題を起こすなということだろう。そのくらいなら簡単だ。しかし、そもそもファーランドからは誰が参加するのだろう。私は北の領地で会った面々を思い出した。小さい子たちが来ても四侯とは価値が違うので、来るとすれば王族か。だとすれば一人しかいない。私は素直に尋ねてみることにした。
「ところで、だれがくるの? テッサ?」
「よく覚えていましたね」
兄さまが感心しているが、そこはどうでもよい。マークは首を横に振った。
「長旅だし、今回、ルークとギルだから。年回りからいって、テッサ王女はかえってよくないということになったようだよ」
マークはあえて言葉を省いているようなので、私はよく考えてみた。長旅だしというのは、女性だから長旅は大変ということなのだろう。私はどうなのかという突っ込みは置いておくにしても、それがひとつ。ルークとギルが年回りからいってよくない、ということは、旅の間に不適切な関係になってはいけないということか。これはさっそく聞いてみよう。
「テッサでんかとにいさまやギルが、なかよくなってはだめなの?」
「そういうことだよ。以前、北の領地に行った時とは情勢が変わったからね。安易に仲を深めてもよくないということさ」
「なかのいいことはよいことだぞ」
「うん、ニコ殿下はそのままでいい」
私はどうなのだ。
北の領地にアルバート殿下のお見合いに行った時には、親しくなるのならなってもいいくらいの感覚だったのに、現在の情勢ではきちんと見極めたうえで縁を結ばねばならなくなったということなのだろう。その情勢に少々きな臭いものを感じる。
「ではいったい、だれが来るのだ?」
ニコの質問に私ははっと顔を上げた。肝心のそれを聞いていなかったではないか。
「うん。それがね」
マークは苦笑した。
「ファーランド第一王子、カルロス・ファーランド殿。24歳だ」
「父上とおなじくらいか?」
「ランバート殿下よりは二つ年下かな。私よりは三つ上」
ヒュー殿下よりも年上で、どちらかと言うとニコのお父様に近いということは、つまり。
「おじさま?」
「ブッフォ」
「ハンス。さすがにそれは不敬です」
「す、すみません」
ハンスが兄様に叱られているが、そもそもリア様が不敬だろうというハンスの心の声は聞こえなかったことにする。
「だが、ファーランドのいちばん小さいおうぞくはテッサどの。ほかにまだ子どもはおられなかったようなきがするが」
他国の王族になんて興味がなかったからまったく知らないのだけれど、さすがニコである。
「子どもどころか、結婚する気配もない。辺境の王族などキングダムには何の関係もないからと、今まであまり気にしてこなかった結果がイースターの第三王子のあれでしたから、多少は調べさせていますが、たいした情報はないんですよねえ」
私はマークのほうを感心して眺めた。今までマークのことは、やる気のない仕事もあまりできないモールゼイの跡継ぎで、財布代わりくらいにしか思っていなかったのだが、認識を改める時が来たようだ。
「リア、何か失礼なことを考えているね?」
「そ、そんなことないでしゅ」
焦ったせいか思わず片言になってしまったが、失礼な考えを改めようとしているだけである。
「まあ、キングダムだけでなくどの王族も、基本直系男子が跡を継ぐんだけど、場合によっては女性や二番目以降が跡を継ぐこともあるし、そこらへんはあまりこだわりがないんだよね。おそらくカルロス殿下が順当にいけば後を継ぐことになるが、現王も壮健だそうだし、まあ、どうなんだろう」
どうなんだろうと言われても困るが、つまり第一王子だけれども、国にとってはそこそこしか重要じゃない人材が来るということだろうか。キングダムの第一王子であるランバート殿下はとても重要視されているのだが。そもそも何人王族がいるのか後で聞いてみようと思う。
マークはへらへらした態度をすっと改めると、珍しく真面目な顔をした。
「だからギル。ルーク。リア。君たちが見極めてくれ。ファーランドの第一王子がどんな人物かを。テッサ殿下と接したことがある君たちなら、一から判断するよりましな判断ができると思うんだ」
「わたしもいるぞ」
「殿下は」
マークはしゃがみこんでニコと目を合わせた。
「殿下は、あまり考えずとも人の本質をつかむことができるはずです。違和感があるかないか、つまり気持ち悪いか悪くないかだけご判断を。そして気持ち悪いと思ったら、なるべく近づかぬようお願いいたします」
「サイラスどののようにか」
「その通りです」
誰もがはっきりとは言わぬ名を、ニコは口にした。それに深く頷いて、マークは立ち上がった。
「イースターに問題があるとは誰も思わなかった。そしてファーランドに問題があるとも、誰も思っていない」
もちろん、ウェスターにもだ。
「問題はないと思う。だが、知る機会が向こうからやってきたのだから、それを利用しない手はないよね」
マークは私たちを、特に兄さまとギルのほうをしっかりと見た。
「今度は出遅れたくない。もう、あんな思いはしたくないよ」
「ええ」
「ああ」
二人はしっかりと頷いた。
「リアもだよ」
「はい」
私もしっかりと頷いた。
「さて、では」
マークは後ろで手を組んで、心持ち胸をそらせた。
「カルロス殿下ね、明日王都に着くんだってさ。よろしくね」
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