つまり、危険?
「なんでもできるからといって、おうぞくとよんこうにたよりきりでは、くにはなりたたぬ」
ニコの一言が静かに部屋に響いた。
「それぞれがそれぞれのぎりょうにおうじてちからをつくす。わたしはそうまなんでいる」
「にこ、しゅごい」
私はニコに向かって拍手をした。拡声器を使ってキングダムの国民に聞かせたいくらいの名演説だった。
「ニコラス殿下、敬服いたします。その通りだ」
振り向くとお父様が私の後ろでニコにかすかに頭を下げており、ハンスが驚愕の色をなんとか隠そうとしているのが見えた。お父様はたとえ王様にだって必要ないと思えば頭を下げない人だからだ。今日はいつも余裕ぶっているハンスのいろいろな表情が見られたよい一日だった。まだ終わってはいないけれども。
「そのお言葉を城の者全員に聞かせたいものだ」
「んっ」
私と同じことを考えていたお父様に思わず変な声が出てしまったが、私は喉がからんだふりをしてごまかした。そして皆が感動している間に、ひっそりと目的を果たそうとユベールに小さい声で頼んだ。
「ゆべーる、りあ、まーるらいとほちい」
「リア様、マールライトですか。原器ではなく? いえ、もちろん原器はだめですけれども」
ユベールは私に合わせて、ひそひそと小さい声で答えてくれた。
「あい。あたらちい、まーるらいと」
「つまり、変質していないマールライトですね? 私はかまいませんが、それならご当主に頼んだほうが早いのでは」
「私がなんだ」
「ひえっ」
よく考えたらお父様がこんなに近くにいるのに、多少小さい声で話したくらいではすぐにばれて当然だ。私は開き直ってお父様に直接頼んだ。
「りあ、まーるらいとほちいの」
「マールライトだと?」
お父様は少し目をすがめて怪しむように見たので、私はできるだけかわいい顔をしてみせた。
「ブッフォ」
お父様のほうに振り向いたせいで護衛の目にも私のかわいい顔が映ったらしい。
「ああ、リア、なんと愛らしい」
「オールバンスこう、めがどうかしたのか」
隣からニコの冷静な声がするが、お父様は気にしていないようだ。お父様は勉強中だというのに私を椅子から抱き上げると、そっと揺すった。
「リアの望むことならなんでもかなえてあげたいが、嫌な予感しかしない。さあリア、正直に言ってごらん。マールライトで何をするつもりだ。まさか積み木の代わりではあるまい」
私はおなかの中でちぇっと悪態をついたが、もちろん表になど出さない。こうなったらごまかすなどもってのほかなので、ちゃんと説明する。
「べんきょうちたから、あとはれんしゅうちたいの」
勉強したら復習して定着させる。それが一番である。
「マールライトなら部屋いっぱい買ってあげてもいい。そもそも流通はオールバンスが押さえているし、なんなら新しい鉱山を手に入れてもいいが」
「そんなにいらないでしゅよ」
私はあきれて断った。
「しゅこちだけ。このくらい」
私は手で小さい箱を作って見せた。
「ふむ」
どうしようか考えているお父様に、ユベールが遠慮がちに声をかけた。
「あの、ほしいからといってすぐにあげるのはお嬢様のためにならないのではないでしょうか。それに誰も見ていないところで魔力を使われて体の調子を崩したりしたら大変です」
「ほう、ユベール。言うものだな」
お父様は片方の口の端を少しだけあげた。
「いい、いえ、あの、その、差し出がましいことを」
「よい。教師としては合格だ」
お父様は鷹揚に頷くと、私を名残おしげに椅子に戻した。
「ユベール、例えばだ。変質を覚えたばかりの技師に、マールライトを家でもいくらでも自由に使っていいと渡すとする。するとどうなる?」
「そんな自由に使わせてもらうなんて、夢のような話はありません。ですが皆、家でもマールライトを変質させてみようとするでしょうね」
私もニコも頷いた。それはやってみたくてたまらないだろう。
「でも、できないと思います」
「それはなぜだ」
私にはよくわからない、お父様とユベールの問答が続く。
「自信がないからです。原器は家には持ち帰れず、店の工房に保管されます。覚えたばかりの技師だけでなく、ベテランの技師でさえ、一日の始まりには一度原器で変質の感覚を先ほどのように確かめます。そうして安定した品質を生み出すのが私たち魔道具技師の誇りですから」
皆真面目なんだなあと私は感心した。
「そうか。ではリア」
「あい?」
急に私に話の矛先が向かったので、ちょっと焦って椅子から落ちるところだった。
「原器がないと、マールライトの品質が安定しないようだぞ」
「でも、もうおぼえまちた」
さっき変質の感覚をつかんだから、正確とは言えないかもしれないができると思う。
「リア様、覚えたとしても変質には時間がかかるものです。一瞬魔力を与えただけではマールライトは変質しません。一定の時間、安定した変質の魔力にさらし続ける必要があるのですよ」
それはいいことを聞いた。私は思わず目をきらめかせた。お父様はそれを見て目元を緩ませた。
「ではリア。リアの手元には当然原器はない。数日たって変質の感覚もあやふやだ。だが、手元にマールライトがある。さあ、どうする」
「そうでしゅね」
私は腕組みをして考えた。自分ならどうするか。
「まじゅ、なたりーにへやのあかりのまどうぐをとってもらいましゅ。そのまどうぐのまーるらいとにまりょくをながちて、へんしちゅをたちかめましゅ」
時間がたって、買ったばかりの頃の変質とは変化しているかもしれないが、現役で使えているのだから大丈夫だろう。
「それにあわしぇて、へんしちゅをしゅる」
「どうやら一定時間、魔力を注がないといけないようだぞ?」
私はそれも考えてみた。
「ためちてみればいいことでしゅ」
「試す、とは」
お父様に試験を受けているような気がするのはなぜだろう。
「さいしょのひとちゅは、ごふん。ちゅぎはじゅっぷん。そんなふうにちて、どのくらいがいいかためちてみましゅ」
「ふむ。できるまで、何日かかってもか」
「なんにちかかっても」
結界箱を研究して結界を作れるようになるまでは一か月くらいかかったのだ。なにを成し遂げるのにも根気は必要である。
「ユベール、聞いていたか」
「は、はい」
ユベールはまるで恐ろしいものを見るような目で私を見た。こんなに愛らしい幼児だというのに。
「リアがマールライトを欲しいと言い出した時点で、ここまでは予想が付いていた」
「それなら、そもそもマールライトを与えなければいいではありませんか」
「与えなければ、手に入れないと思うか」
私は二人からそっと目をそらした。
「与えなければ、わかりまちたと言いながら、ナタリーやジュードに使っていない魔道具や壊れた魔道具を捜し出させ、それを分解してマールライトを取り出し、自分なりにいろいろ試すだろうな」
お父様が私を理解しているのが嬉しいような残念なような。
「そもそもの仕組みを知ってしまったからな。リアなら、それだけでなく、厨房に出かけて行っては熱の魔道具を見せてもらい、熱の変質を自分なりに研究しようとするだろう。目に見えるようだ」
お父様は頭痛がするというように眉間にしわを寄せて天を仰いだ。
「何をしでかすか心配するより、最初からマールライトを与えて、過程と成果をすべて共有するほうが安全。わかるか」
「わ、わかりました。お嬢様は、つまり危険」
「なんだと」
「い、いえ。お嬢様の言う通りに。ただし指導者の目の前で」
「それが正解だ」
とても失礼なやり取りだったような気がしないでもない。
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