すべきこと(お父様視点)
「旦那様、警護隊の方がいらっしゃいました」
「入れ」
入れという言葉の後に、ジュードがドアを開け、警護隊の者を部屋に入れる。
「失礼いたします」
入ってきたのは、グレイセス・レミントンと同世代の男だ。
「警護隊二番隊隊長、ハロルド・モールゼイです」
「ディーン・オールバンスだ。これは息子のルーク・オールバンス」
ルークとモールゼイはお互いに軽く頭を下げた。二番隊は王都内の警護を担当する。モールゼイ。この男も四侯の魔力なしか。
「特殊部隊が追い付けなかったとのこと、お嬢様のことは」
「追いついて、リーリアの先を走っていた犯人は捕まえたことは聞いているだろう。そのことについてこれ以上何も言うな」
私はぴしゃりと言った。最後の最後で警護隊が自分たちの手落ちでリーリアを逃したのだ。他人事のように言われる筋合はない。
「は、それでは。リーリア様を連れ出した犯人ですが、やはりハンナというこの屋敷のメイドで間違いありません。ただし、残っている荷物や同僚の話からするに、屋敷を抜け出すつもりはなく、リーリア様を犯人に渡すだけのつもりだったかと思われます」
「そうか」
「次に、庭師に内通者がいたようで、リーリア様がさらわれた夜にはその者もいなくなっており、もぬけの殻であったと」
ハンナの他に最近雇い入れたものはいないはず。いたとしたら、クレアが嫁いできた時に数人入れ替わっただけのはずだ。
「それで」
「そしてそのおおもとに、この屋敷のセバスと言う執事がいたものと思われます」
「なぜそう思う」
「屋敷の人事を管理していたこと、事件の翌日には行方をくらましていること、全財産を持ち出していること、そして」
「そして?」
「ハンナの家族を連れ出し共に逃げていると思われることです」
「ほう」
私は何か言いたげなルークを手で制した。反論するな。ルークははっとして頷いた。
「セバスが連れ出したと確かにわかっているのか」
「は、ハンナと言うメイドの母親は、レミントン侯の屋敷に勤めております。セバスという執事も元はレミントン邸の使用人の出のはず。事件のあった日、すぐに訪ねてきて、しかも知り合いのようであったと」
「ハンナはセバスの推薦により雇った。その実家を知っていても何の不思議もない」
「しかし、その夜、ハンナの家族もセバスも同時に消えたとなると、無実と言い張るのは無理があります」
何かが引っかかる。
「レミントンは」
「あずかり知らぬことと。使用人の聞き取りまでは許可されましたが、それ以上の調査は拒まれました」
私でも拒むだろう。しかしなぜハンナはリーリアをさらった。いなくなったのが見つかったら疑われるのは自分だろうに。
「動機は」
「ハンナは金に困っていたと同僚が。どうやら、弟が厄介な病にかかっていたようです」
「それがどう誘拐につながる」
「おそらく、誘拐に手を貸せば弟の薬をと」
「それをセバスが?」
「は!」
「ではセバスの動機は」
「それは……」
モールゼイは額の出てもいない汗をぬぐった。状況があっても、理由がない。そういうことなのだろう。モールゼイは言いにくそうに目をそらした。
「当主の子どもの扱いを不満に思っていたと」
私はまたルークを押さえねばならなかった。わかっている。以前の話だ。
「ほう。それで、どの犯罪組織とつながっていた?」
「それは、その、まだ」
「まだ、か」
私は執務机の上で手を組み、顎を乗せた。
「この後の捜査は」
「は、セバスとハンナの家族の足取りを追います」
「誘拐した実行犯と組織については?」
「それについては、リーリア様は国境の外に出たということで」
「打ち切り、か?」
「少なくとも、第二部隊は王都での捜索が仕事ですので」
セバスがいなくなったから、うまいことそこに責任をかぶせて捜査終了。いなくなったものはどうしようもない。これだから、誘拐事件がいつまでも解決しない。そういうことか。
「セバスの足取りはつかめたのか」
「東のほうにそれらしき三人組が移動したということで、そちらを中心に捜査を行っているところです」
「それは貴殿の部隊が?」
「いえ、第三部隊が」
「なるほど。結構だ。協力、感謝する」
「いえ。それでは」
モールゼイは汗をぬぐいながら部屋を出て行った。
「お父様! セバスはお父様に不満など持っていません! 誰よりも私たち家族のことを考えていてくれました!」
途端にルークがそう言った。
「わかっている。わかっているとも」
そしてルークとリーリアを誰よりも大切にしていた。おそらく、私を大切にするよりも。何か理由があるはずだ。
「リーリアの部屋に行ってみよう」
私はルークと連れ立ってリアの部屋に行ってみた。ドアを開けようとした手が止まる。このドアを少し開けると、いたずらな顔をしたリアが這い出してきたものだ。
「お父様」
「すまない」
ドアを開けると、ただそこは、リアがまるで外に遊びに行っているだけのように、そのままだった。私はルークと目を合わせると頷き、部屋のあちこちを探し回った。
「リアは歩けなかった頃、この部屋をよく転がって移動したものでした。私がこうしてこの小さい机に座ると、その横で」
「ああ、よく三人で寝転がって絵本を見たものだ。寝転がって。それをセバスが嬉しそうに……。ルーク!」
「はい!」
はたから見たら馬鹿みたいだろうが、私たちは床にがばっと伏せた。そのままあおむけになり、その目線で部屋を見る。
「お父様! リアのベッドの下!」
「あれか!」
ベッドの下に、なにか白いものが挟まっている。震える手でそれをつかむと、それは確かにセバスの字の走り書きだった。走り書きでも几帳面な美しい文字。
「お父様! なんと?」
「ああ。……やはり」
ルークのために読み上げる。
「ハンナの弟はひどい病ではない。ハンナは誰かにだまされた。このままではハンナの家族がすべてを背負い処刑され、うやむやにされてしまう。リア様が戻ってきた時、それを知ったら一番悲しむ。私はすべきことをする」
ルークはぎゅっと目をつぶり、手を握りしめた。私はしばし考えた。すべきことをする。
「ルーク」
「ええ」
「セバスは、ハンナの家族が処刑されるのを恐れ、彼らを連れて逃げた。全財産を投げうって。リアのために。リアが悲しまないように」
「はい!」
「犯人は、別にいる。目的はなんだ。なぜ護衛隊は協力しない。リアを取り戻せるのなら、全財産を投げうってもいい。だが、最適解はなんだ」
私は何をすべきなんだ。
「私が今すぐ何もかも投げうってリアを探しに行くことが最善なら、私はそうします。だが、違うのですよね、お父様」
「ああ」
「ではセバスが自分ですべき事を考えたように、私も考えます。リアは戻ってくる。戻ってきた時にどうあるべきかを」
「そう、そうだな。ルーク!」
私はセバスの手紙をもったまま、ルークを固く抱きしめた。
リアは探す。その間に、すべき事をする。そうだなセバス。
次からリアに戻ります。




