こころ浮き立つ知らせ
「にいしゃま!」
「リア、ただいま帰りました」
竜車から兄さまが降りてきた。
「ギルは?」
「ギルは自分のおうちに帰りましたよ。それよりいいニュースがあるのです」
「おとうしゃま!」
それよりと言われてしまったギルには申し訳ないが、いいニュースといったらきっとお父様が帰ってくるというニュースだ。期待する私に兄さまはにっこりと頷いた。
「イースターの王族はあっけなく城を明け渡したそうです」
「しょんなにはやく?」
「ええ。なさけないことに」
兄さまは12歳とは思えない皮肉な顔をした。
「あくまで責任は第三王子にあると主張しています。自分たちは関与していないと。そうだったとしたら、もちろんそれを抑えられなかった責任が王族にはあるでしょうに、なぜ逃れられると思ったのか」
「あい」
私も兄さまのように考えていた。だが兄さまの考えは一歩先に行っていた。
「でも、これも第三王子の作戦だったのかな、と思ったりするのですよ」
「あいちゅの?」
「そうです。私は彼のことをよく知っているわけではないけれど、わかりやすい権力を求める人ではなかったように思います。なにより人の下に付くタイプではなかったと」
王として国を治めたいという野望を感じもしなかったが、何より誰かの指示に従って動くのが本当に嫌そうだった。使者としてやってきた時、王族らしく振る舞ってはいても、まるで鎖につながれた獣のようだと思ったものだ。
「めいれいを、りようちた?」
「ええ、そんな気がします。あの作戦は、イースターの王族から見たら、成功するかどうかはどうでもよくて、よくてキングダムの権威失墜、ついでに目の上のたんこぶ的存在だった第三王子をキングダムが片付けてくれたら更にいいくらいの甘い考えだったと思うのです」
確かに第三王子もあの時そう言っていたような気がする。私は正確に思い出そうと頭をひねった。
「ほんごくが、かってにえがいた、しゅじがきだと」
さすがに兄さまも私の言っていることをとっさに理解できなくて首を傾げている。
「本国が、勝手に描いた、しゅじがき……筋書きですか。なるほど。やはり知っていたのですね。知っていてそれに乗った」
「あい。りあに、いっしょにこないかって。じゆうは、ほしょうしゅるぞっていいまちた」
「やはりそうですか。作戦を利用して、最後にはイースターから自由になることを考えていたのですね。ということは」
兄さまは厳しい顔をした。
「第三王子、いや、サイラスは市井に潜み、力を蓄えているかもしれないということですね。くそっ」
「にいしゃま?」
「すみません、リア。しかし、もしあの者が再起するとすれば、それはおそらく私たちの時代です。地位には興味がなくても、リアを襲った時のように、辺境で悪事を働くこともあり得るでしょう。厄介な敵が野放しになっていると思うと苛立たしいのです」
私はそこまで深くは考えられなかったし、兄さまのように未来のことまで想像することはできなかった。ただ、ああやって王族を確保し、私たちを閉じ込めたのはあくまで自分の目的のためで、まずは自分が自由になる道筋を描いていたのだと思うと恐ろしさがこみ上げる。おそらくは逃げ道は最初から確保していたのだろう。
「ちらないところで、げんきにちてたらいい」
「リアは優しいですね。私は野垂れ死、ごほんごほん」
兄さまは咳払いをして言い直した。
「私は、二度と日の当たるところに出てこなければいいのにと思いますよ」
私は常に巻き込まれて渦中にいるから、悩む間もなく行動するしかない。しかし兄さまやお父様は、いつも外側で気を揉むことしかできないとしたら、それはどんなにつらく苦しいことだろう。私は兄さまに思い切り手を伸ばした。
「にいしゃま、あい」
「抱っこですか、もちろんですとも」
小さい頃そうしてくれたように、つらい時、そして悲しい時も私を抱っこして心を癒したらいいのである。私もついでに嬉しいというおまけつきだ。
「リアはかわいいですねえ」
「あい!」
小さい者はかわいい。ここで「いえいえいえそんなことは」などと謙遜する幼児のほうが怖いので、これでよしとする。
兄さまはしばらく私を抱っこすると満足したようだ。私をそっと下ろすと、にこりと笑った。
「それで、いいニュースなんですが」
「いちゅ? おとうしゃま、いちゅかえってくりゅ?」
「それがお父様だけじゃないんですよ」
「はんす?」
もうハンスも帰ってくるのだろうか。ナタリーの見えない耳がピンと立ったような気がした。
「残念ですが、ハンスはまだ帰ってこないようです」
ハンスはまだ帰ってこない。だとしたら何のニュースだろうか。
「お父様たち国境際で控えているキングダムの兵に、ウェスターも加わっていることはお話しましたよね」
「あい」
兄さまは、確か小規模だがウェスターが兵を派遣していると言っていたはずだ。私はハッとして兄さまを見上げた。
「ましゃか」
「たぶん当たっています。そうです、その中にアリスターと四人組がいて、彼らもお父様と共にやってくるそうですよ」
「ありしゅた!」
今年の夏はウェスターに行こうと兄さまと約束していた。だが、イースターが余計なことをして兄さまの夏休みも私の楽しい夏もすべて台無しになった。
だが、アリスターたちに会えるかもしれないのだ。
「そういえばヒューバート王子もいらっしゃるはずです」
「しょんな、おまけみたいに」
正しく言うと、ヒューバート王子が率いるウェスターの小部隊に、虚族対策としてバートたち四人組が組み込まれ、お世話係か何かとしてアリスターが付いてくるのが許可されたのだと思う。そうでなければ、ヒュー王子が戦闘のあり得る国境際にアリスターを連れてくるわけがない。
そういう意味では私はヒューのことは信頼しているのである。本人には言わないけれども。
「にいしゃま、ひゅー、ちゃんとちてる」
「ヒューバート王子とはほんの少ししか一緒にいませんでしたからね」
少ししか一緒にいなかったので評価は保留すると言いたいのだろう。私はちょっと面白いことを思いついた。
「あるでんかと、どっちがまち?」
「まち? ましということですか? リアはまた答えにくい質問を」
にいしゃまは困ったように笑った。
「しかし今回のイースターの後始末、アル殿下が直接乗り込むそうですから、これから評価は上がっていくんじゃないでしょうか」
兄さまはうまいこと一般論にして、自分はそうは思っていないが世間からはそう思われることだろうと示唆した。しかし私は別のことに驚いた。
「よんこう、おうぞく、きんぐだむのしょと、でりゃれない」
「リア、よく気が付きました!」
兄さまは私を抱き上げると高く掲げてくるりと回った。
「結局は、四侯も王族も一人もイースターに行かずに決着をつけるわけにはいかないのですよ。リア、もしかしたらこれをきっかけに、四侯ももう少し自由に辺境に出られるようになるかもしれないと私は思っているのです!」
「しゅごい!」
私には兄さまの喜びはよくわからない。そもそも四侯でなくても、たいていの人は国の外に出たりはしないのだ。だけど、出られるけど出ないのと、出られないから出ないのとは大きく違うのだろう。
「でもそれはまだまだ先のこと。とりあえず、ウェスターのお友だちを歓迎する準備ですね、リア」
「あい!」
久しぶりに心が浮き立った。
来週も月曜更新予定です。




