そろそろ疲れたし
先ほど魔石が取り外されたとき、魔力のあるものなら、結界が消えたことはわからなくても、何か空気の質が変わったことはわかったはずだ。第三王子に連れられていた人もそう言っていたではないか。
ただし、結界がなくなった瞬間は何かに気づいても、今結界が張られているかどうか判断するのは難しい。つまりオンオフの瞬間しかぴんと来ないのだ。
今、キングダムは虚族に対抗するすべは何もなく、丸裸のようなものだ。それに気づいている人がどれだけいるのか。いたとして、虚族にどう備えるのか。
私はぞっとした。そもそも、虚族は辺境からくるものではない。ミルス湖にも虚族がいたように、結界が張られていなければ、キングダム国内からでも湧いて出てくるだろう。特に西のウェリントン山脈、東のユーリアス山脈のそばは危険だ。
それに、ウェスターでは草原の岩場にでさえ虚族はいた。
「ゆうがたでしゅ」
「なんのことだ?」
「みんな、まだしょとにでてりゅじかん」
「ゆうがたにはけっかいをうごかしたい、そういうことだな」
「あい」
私は頷いた。第三王子は、わざわざはずした魔石を誰かがもう一度つけるとは思っていないはず。虚族が出る時間から一時間でも二時間でも結界が張られていれば、助かる人もいるはずである。もし三時間、気づかれなかったら、大抵の人々は家に帰っているはずで、家にいれば少しはましだと思うのだ。
もっとも、虚族はローダライトの素材を使っていない家の隙間なら通り抜けるんだっただろうか。キングダムの中にいて、そんなことを気にしなければならない状況に陥るとは思わなかった。が、気にしても仕方がないとも言える。
「ゆうがたまで、まちゅ」
「そうだな」
しかし、そうはいったものの、私たちはだいぶ疲れていた。ご飯が固いパンと水と果物なのも飽き飽きだが、食べ物があるだけましだ。それより、狭くて辛い床で寝ることと、誰かが来るかもしれないという緊張感が私たちを疲弊させていた。
「ちゅかれましゅ」
「なにもすることがないということが、これほどつかれるとはおもわなかったな」
ニコの言う通りだ。結界の魔石に魔力を入れたから、魔力が余ってイライラすることはない。それでも、私もニコも、一日の終わりには家に帰って温かい家族に囲まれていた毎日に比べたら、心の休まる時間がない。
家族のことも心配だが、自分たちのことで精一杯であった。
それでも、おなかがすくのとお昼寝に合わせ、夕方だろうと思われた時間、私たちはお互いに目を見合わせると、立ち上がった。
「ひとのけはいもない」
「いきましゅ」
すっくと立ちあがった割にはこそこそと、音がでないように結界の間に移動する。ニコは椅子によじ登ってテーブルを上から見ているが、私はテーブルの裏側を見ていた。魔石を外した時、技師らしき人はテーブルの下に何かがあると言っていたからだ。
テーブルの下を見てみると、確かに取り外せそうなところが五か所あって、そのうちの一か所は取り外されたまま放置されている。戻しておけばいいものを、魔石を外したからどうでもいいとでも思ったのか。
おかげで、取り外したところをじっくり見ることができた。しかも、テーブルの下だから私にも手が届く。
「ここのとってをうごかしゅ、と」
「お、リア。ませきのはずれたところがなにかうごいたぞ」
「あたり。しょれでは、はんたいにうごかしゅ、と」
「おお。またうごいた」
私たちはとても小さい声で話しているが、そこで話すのをやめてドアのほうをうかがった。誰かが動く気配はない。
「にこ、こりぇ」
私はラグ竜から魔石を取りだすと、ニコに手渡した。
「うむ。こう、おいて」
ニコがどうやら魔石を所定の位置に置いたらしい。そして置いただけではやはり結界は動かない。
「とってを、またはんたいに、しゅる」
カチっと何かが挟まった感触と共に、キーンと体に何かが響き、そのまま遠くへと広がっていったような気がした。
「よち!」
「リア! いそげ!」
「あい」
こんな時でも慎重に音をたてないように椅子から下りたニコにせかされて、私は控えの間に走った。すぐに二人でベッドの下に潜り込んで、ドキドキして様子をうかがう。
「すくなくとも、ドアのまえにいるかもしれないへいにはきづかれなかったようだな」
「そうでしゅね。でも」
誰か一人でもちゃんとした部下がいて、結界がまた張られたことを第三王子に教えたとしたら。
あっという間に魔石は取り外されてしまう。しかし、少し待っても全く人の気配は現れなかった。私たちはごそごそとベッドの下から顔を出し、疲れた顔で、向き合った。
「ごはん」
「リアはえらいな。わたしはなんだかたべたくない」
ニコはおなかをさすさすとこすってため息をついた。それはそうだろう。正直、こんな時でもお腹がすいている自分が後ろめたい。
「たくさんあったしょくりょうも、もうはんぶんになってしまったな」
「あい」
マークやギルもいることを想定していた袋の中には、私たちが食べる三日分以上の食べ物が入っていたのだ。私は思わず、残りを心配する必要はないと言ってしまいそうになった。
今日、気づかれなかったとしても、明日見に来れば気づく。私たちの仕業だとは思われなくても、さすがにこの間より徹底的に捜索がなされるはずだ。そうしたらきっと見つかってしまう。
「よい。リア。わかっている」
ニコが疲れた顔で、それでも私を元気づけるようににっこりと笑った。
「もういいかとおもうのだ。わたしたちはじゅうぶんこまらせたのではないか」
「あい」
魔石が発見されてしまえば、私たちが捕まらないで逃げおおせたとしても、もう情勢に何の影響もないのだから。
「なあ、わたしはベッドのしたはもういやだ」
「りあもいやでしゅ」
「じゃあ、ごはんをたべたら、トイレにいって」
「ちゃんと、べっどでねましゅ」
それでいい。
食欲がないと言ったニコも、結局は楽しくご飯を食べ、それから静かにトイレに行って顔を洗い、控えの間のベッドを初めて使った。
「べっど、やわりゃかい」
「うむ。ベッドとはいいものだな」
何かおしゃべりしようと思っていた私たちだが、ベッドの気持ちよさであっという間に寝てしまった。
だから次の日目覚めた時に、知らない天井だったのにも、兵に見張られていたのにもとても驚いた。見張っていた兵は、私と目が合って気まずそうな顔をすると、すぐに部屋を出ていった。かわいい幼児を見たのだから微笑むくらいすればいいのに。
そうか、ついに捕まってしまったか。
「リア、おまえはほんとうにどこででもよくねるのだな」
「しちゅれいな」
せめてニコと一緒だったのが救いか。ニコは一人先に起きていたらしく、椅子に座って優雅にお茶を飲んでいた。
「りあも!」
「そろそろおきるだろうとおもって、よういしてもらっておいたぞ」
わたしはいそいそとベッドから起き上がると、ニコの向かいの席についてお茶のカップを受け取った。両手でそっと抱え、ちょっと気取って一口飲んでみた。もっとも、たぶん寝癖がついて髪が跳ねているし、服はよれよれだが。
「おいちい」
「うむ。さとうをしょうしょういれておいた」
その時、ドアが乱暴に開けられた。その割に、話し始めるまでに少し間があった。
「お前たちは! 何を優雅に茶など飲んでいるのだ! 捕まったという自覚はないのか!」
あるけれど、喉は渇くものなのだ。うん。
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