小さい奴ら(バート視点)
「見ろよ、これ」
俺は夕食を終え、焚火を囲んでいる三人の仲間に結界箱の中を見せた。
「おい、この魔石がこんな濃い色だったのなんか、見たことがねえぞ」
「アリスターから預かった時から、せいぜい濃いピンクかそんなもんだったろ」
みんな驚いたようにそう言う。
「俺が今日アリスターに渡した時は、ほとんど色なんかついてなかった」
俺はその時のことを思い出しながらそうつぶやいていた。
「アリスターが倒れた時も、かすかに色が濃くなったかどうかというところだった」
仲間たちは黙り込み、やがてミルが、
「まさか、あのちびがやったってのか」
と言った。
「そうとしか考えられん」
「けどよ、それはつまり、一人で魔石に魔力をそそいで、一人で結界箱を操作したってことだぜ」
「ああ」
だってあのちびは、結界箱を掲げて見せたではないか。
「なあ、それじゃこれから俺たちは、アリスターだけじゃなくてもう一人、魔力を自由に使えるやつを手に入れたってことだよな。なんて運がいいんだ!」
ミルが明るく言った。バカか、こいつは。ミルは薄茶の髪に濃い茶の目をした、中肉中背のぼんやりした見かけをしているが、中身も少しぼんやりしている。けど人柄はいいし、実は狩りの腕もある。
しかしこのセリフには、さすがに残りの二人もミルをあきれたような目で見ていた。
「な、なんだよ」
「いいか、アリスターの力も本当は使わせたくない。まだ10歳なんだぞ。本人が人に頼るのを嫌がるから、手近な金を稼ぐ手段として魔力充填をさせているだけだ。まして、ちびなんてまだ赤んぼだぞ。そいつに働かせようってのか」
「でもよー」
「でもよじゃない!」
ミルが膨れている。こいつはほんとに。
「あのな、今ちび二人が倒れてるのはなんでだ」
「そりゃあ、魔力の使いすぎ、あ」
やっとわかったか。わかってはいるが、ミルの考えなしの発言や行動には時々イライラするんだ。
俺たちは幼馴染だ。みんな貧しい家だったが、それぞれハンター見習いになっていろいろなハンターのパーティでこき使われて。15歳の時、やっと四人でパーティを組むことになった。
それからは、息の合った狩りでかなり名の知れたパーティになった。息が合いすぎて「仲間のところに帰れば?」なんて言われて、女の子に振られちまうくらいに。ふう。いや、それは今はいい。
「俺たちは優秀なハンターだろ。そんで勝手して暮らしてるから、孤児一人くらい育てていこうって決めて、アリスターを連れ歩いてるんだろ? それなのに、いつの間にかアリスターに甘えてたんだな、俺たち」
「四人しかいないんじゃ、夜の見張りも一苦労だからな。たまたまアリスターと一緒に古い結界箱を手に入れたことが、俺たちをおごらせてたってわけか」
俺にそう答えたのはキャロだ。キャロはミルと同じような薄茶の髪を長めに伸ばしている。ちょっと女よりのかわいい顔をしてるんだが、背が低めなのもあわせてそれがコンプレックスになっているらしく、緑の目もその顔も前髪で隠している。そんなことしたって意味ないのに。
いや、にらむなって。
「結界なしでの狩りの訓練もさせないとアリスターのためにもならんしな。結界箱を持っていて使えるというだけで妬まれかねないんだしな」
そのキャロの言葉に、もう一人の仲間クライドが頷く。こいつは黒髪に濃い茶色の目をしていて、やたらでかい。そして口数が少ない。
「まあ、うちらの町は結界に守られてるから、アリスターにも何にも言わないけどよ、他の町じゃあそうもいかねえからな」
ミルがアリスターの寝ているテントを見ながらそう言った。
そうだ。俺たちの住むトレントフォースは、王都の西のウォルソール山脈を挟んで反対側に位置している。そしてウォルソール山脈が急峻なために、キングダムとの行き来ができず、それなのにうまいことキングダムの結界の端っこに入り込んでいるという幸運な街だ。しかもローダライトの鉱山が近くにある。
つまり、結界内をキングダムと言うなら、トレントフォースの町はキングダムの一部かもしれない。しかし、当のキングダムが自分の国だと認識していないんじゃしょうがないだろ。
じゃあよほど栄えているんだろうと思うかもしれないが、そこまでではない。なぜなら、食べ物も、便利なものも、皆キングダムからやってくるからだ。それなのに俺たちの町は、山脈の向こう側。キングダムとの国境までラグ竜をゆっくり走らせて三週間もかかる、しかも虚族が多く出る山脈沿いを通らなきゃならないときたら、物価も高くなる。
ただし、国境沿いの町のように、魔力持ちを巻き込んだ犯罪が起きることは少ない。さらったってどうやって他の町に連れて行くんだということになるからだ。
そんな町に、逃げるようにやってきたのがアリスターとその母さんのノーラだ。護衛を雇えばいいんだがそんな金はない。二人がこっそり持っていた結界箱は高く売れただろうが、辺境では下手に売ったら犯罪に巻き込まれる。
何とか二頭のラグ竜に乗って、結界箱一つで国境から一か月以上かけてトレントフォースまでやってきたらしい。町の手前で疲れ果てていたところを助けたのが、俺たちとアリスターの縁ってわけだが。
茶色の髪、茶色の瞳、目立つところのないおとなしい人だったが、小さい子供一人抱えての決死の旅をしてくるような人だ。俺たちよりいくつか年上で、そう、年の差なんて関係ないと思わせるような人で、いや、そうじゃなくて。芯が強くて、手に職を持ってて、レースの腕はトレントフォースでは歓迎されてな。
でも途中で結界の発動が遅れて、一度虚族に襲われかけたらしい。その時にノーラは一度弱ってしまった。そのせいでアリスターを残して先に逝っちまった。ただし残ったアリスターはしっかり者で、俺たちが手助けしなくてもきっと何をやってでも生き残っただろうと思わせる、強い子だ。それでも10歳にできることには限りがあるって俺たち四人はみんな知ってるから。
「アリスターは、瞳の色の意味を俺たち以上に知ってるだろう。それでもこの覚悟だ。アリスターの引き取った子どもは、俺たちの子どもでもある。それでいいよな」
「ああ」
「それでいい」
俺の言葉に、キャロとクライドが頷いた。ミルはちょっと返事が遅れた。何か考えてる。やめとけって、お前の考えてることなんてどうせろくなことじゃねえ。
「なあ、バート」
ほらな?
「赤子をよ、引き取って育ててる俺たちって、けなげじゃねえ? もしかして町の娘さんたちにキャーキャー言われたりしねえか?」
「そんなわけあるかよ、まったくお前は、なあ、キャロ、クライド、おい?」
なんでお前たちはそわそわして髪を直したりしてるんだよ。ここは町じゃねえぞ。まったく。
見えない結界の外では、虚族がうろうろしている。甘くない辺境の地で、そんな間抜けな俺たちだから、こんな状況にあるのかもしれないなと、ふとおかしくなる。幼子たちよ、とにかく今は眠れ。明日からは厳しい辺境暮らしが待っているのだから。
「もてもてかもな」
台無しだよ、ミル。




