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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
辺境編

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結界箱

 兄さまに、お父様は何と言っていた。お父様の声がよみがえる。


「いいか、ルーク、お前の力は十分大きいが、大きいまま力を注いでも自分の命を縮めるだけだ。効率よく、無駄なく、魔石に魔力を注げるようにならなければならない」


 アリスターの魔力が動き始めた。それは勢いよくどんどんと魔石に吸い込まれていく。魔石はわずかに赤味が増しただけだが、吸い込まれる勢いは変わらない。


 私はアリスターから目を離して周りの男たちを見る。誰もアリスターのようすに異変を感じていない。まずい。


 私はアリスターに近づいた。


「なんだ、ちび、危ないぞ」


 ミルがまたのんきに声をかけてくるが、仕方がない。私は大きく手を振り上げて、アリスターの手を叩いた。魔石が地面にぽろっと落ちた。


「な、何をする! お前、遊びじゃないんだぞ!」


 私はミルに後ろからグイッと引っ張られた。引っ張られても、怒られてもいい。


 だって、見てみるといい。


「アリスター。おい、どうした」


 バートの声と同時に、アリスターは前のめりに倒れこんだ。バートが慌てて助け起こす。


「アリスター! なんだ、意識がない! どうした」

「まりょく、にゃい」

「は?」


 は、と言われても仕方がない。私はもう一度繰り返す。


「ありしゅた、まりょく。もうにゃい」


 かすかに残ってはいる。しかし、これ以上魔力を注ぎ込んだら、魔力が完全になくなる。そうなったら、命を縮めるのだろう。お父様は兄さまにうるさいくらいに繰り返していたのはこのことなのだろう。


「だが、今までは何とも……今回は使いすぎか!」


 そういうことなのだろう。


「仕方ない。結界にちょっと頼りすぎていたようだ。ミル、アリスターをテントへ。それから二人ずつ交代で見張りだ。厄介な夜になるな」


 バートはそうてきぱきと指示を出した。そして落ちた魔石を拾おうとしたその時。


 ヴン、と。私ははっと顔を上げた。


 ヴン、と。遅れてみんなも同じ方を向いた。


「もう出やがった。ちっ! こんな時に限って数が多い。わかってるな! 数が多くても、体に触れさせなければこっちのもんだ!」


 バートははっとして私を見た。


「お前、ちび、言ってもわからないだろうが、正直なところ、お前とアリスターに割く戦力はねえ。テントに入って、アリスターと一緒にいろいろかぶっておとなしくしてろ」


 そう言うと、置いてあった剣を腰に差して虚族のほうに走り出した。残りの三人も同時に走り出した。おそらく、いくらかでもアリスターや私から遠い所で戦うために。


 しかし、まだ明るさの残る向こうには、10体どころではない虚族が見えた。それを四人で。彼らの力のほどはわからない。ただ言えることは、彼らが死んだら、私もアリスターも死ぬということだ。


 私は足元の魔石を拾った。私が持つと、両手にすっぽりと収まるほどだ。私は小箱のそばにすとんと座り込んだ。石を置いて、小箱を持ち上げる。外側には、スイッチのようなものはない。蓋を開けてみると、魔石がちょうど収まるサイズのくぼみがあった。中にもスイッチはない。


「いしをいりぇる。ふたをしゅる。このかぎをまわしゅ」


 一つずつやってみるとキーンと空気が変わり、すぐに消えた。簡単な手順で結界は発動するのだ。ただ魔力がないだけなのだ。


「まりょくを、いりぇないと」


 魔力を一定以上魔石に入れないとおそらく結界は発動しない。


 ヴン、と、さっきより近くで音がする。顔をあげると四人、一人も欠けずに戦っているが、少しずつこちらに下がってきている。


 できるか。魔力循環の仕組みも、やり方もわかってはいる。経験は一度だけ、しかも小さい魔石一つ。だが、やらなければいずれにせよ、死ぬ。それならば。


 私は足元に蓋を開けたままの小箱をそっと置き、両手で魔石を握った。石と私の魔力が響き合っているのがわかる。


 死にたくない。コントロールするんだ。私はフッと息を吸い、吐くと、魔力を魔石に注ぎ込み始めた。ものすごい勢いで石に流れようとする魔力を必死で抑える。効率よく、無駄なく。流れを細くして、一定に。


 こんなことなら、転生した物語の赤ちゃんのように、夜中にこっそり魔力循環の訓練をしておけばよかった。セバスに怒られても、お父様に怒られても。見つかったらたっぷり怒られるだろうなと思ったら、なんだかおかしくなってきた。


 魔石の色はだいぶ濃くなってきた。そろそろ止めてもいいだろうか。


 私は久しぶりににやりと笑った。駄目だ、止め方はわからないや。明かりの魔石の時はいっぱいになったら向こうから反発してきたし。


 いざとなったら放り捨てる。いざとなったら? だるくてたまらなくなった時だ。つまり、今のこの状態、まずい、石を持っていられないくらいだるい。


 ヴン、と思いがけず近い所から音が聞こえた。だるい顔をあげると、何体かが揺らめきながらこちらに近寄ってきていた。


「ちび! なんで外に出たままなんだ! テントに入れ!」


 バートの声が聞こえる。その時、石からフッと反発が来た。


 急げ、急げ! ヴン、と虚族が私とテントの二手に分かれた。急げ!


 震える手で石をそっと小箱に収め、ふたをし、鍵をかちっと回した。キーンと、さっきとは比べ物にならないほど空気の質が変わる。私に手が届きそうだった虚族は、結界に押されるように跳ね飛ばされていった。テントのそばにいた虚族もだ。


 どのくらいの時間もつかわからないけれど、少なくともこれで今死ぬことはなくなった。


「うわ、なんだ! 虚族がこっちに飛んできた! もしかして」


 私は、バートに小箱を掲げて見せた。これでわかるだろう。


「結界か!」


 私は頷いた。


「テントまで戻れ、結界が復活してるぞ!」

「なんだって?」

「考えるな!もどれ!」


 そこまでは覚えている。男たちが結界の中に飛び込んできたときは、私は小箱を抱えたまま倒れていたらしい。熱が下がったばかりなのに、ちょっとハードモード過ぎない? 目が覚めた時に一番に思ったのはそれだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いくら担当メイド拉致して 夜に動いたとしても 侯爵家の保安が弱すぎる。
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