レミントンの思惑
「いーしゅたーに」
思わず繰り返した私だが、イースターが何のことかその時はピンと来てはいなかった。だってお父様は、まるでレミントンが何かからはみ出してしまったというような言い方をしたからだ。
「まさか。四侯はキングダムから出てはならぬはずです」
兄さまがありえないというように首を横に振った。そうか、キングダムから出てしまったということか。そこですとんとイースターの意味が頭に入ってきた。
え? クリスは? フェリシアは?
「レミントンの屋敷も使用人もそのままに、レミントンの家族だけがイースターに出奔した。おそらく計画的なものと思われる」
「なんということを! レミントンは四侯の義務をなんと考えているのです! キングダムの民のことを何とも思わぬのですか!」
兄さまが悲痛な声を上げた。
「くりしゅは? ふぇりちあは? いつもどりゅ?」
「リア、それは」
お父様は首を横に振った。わからないということか、それとももう戻らないということなのか。
「今まではレミントンがフェリシアを連れて国境近くに行っても、クリスを残しているからそれほど重大なこととはとらえられていなかった。むしろ、私もスタンも最近よく王都を離れるので、レミントンの行動も当たり前のように思われていたところがある。それでも、護衛隊は監視を強めていた」
「ぐれいしぇす」
そうだ。最近、グレイセスの姿を見なかったような気がする。四侯の子どもが集まる日は必ずと言っていいほど私たちのところに来ていたグレイセスが、最近は来ていなかった。
「そうだ。あいつはあれで、王都外を担当する特殊部隊の隊長だ。今回、出奔したと知らせてきたのもグレイセスだ」
「しかし、国境は容易には越えられぬはずです。ましてや護衛隊が付いていながらなぜ……」
兄さまがそう指摘したのは、お父様が国境際で阻止されたことを念頭に置いているのだろうと思う。
しかしお父様は、それにも首を横に振った。
「国境際に線が引かれているわけでもなく、柵があるわけでもない。あるのは四侯の心の中の理性だけなんだよ」
どんなに息苦しいと思っても、自分たちがキングダムの民のために結界を維持していると思えば、国境を越えることなどできないのだとお父様は続けた。
「しかし、逆に言えば、結界を維持さえできれば国境の外に出てもいいのではないかと私は思っているよ。結界を維持するためにきちんと戻ってくるのならな」
「レミントンは……」
「グレイセスによると、国境沿いを散策していたところをラグ竜の群れに巻き込まれ、いつの間にかレミントンに国境を越えられていたらしい。国境の向こう側にはご丁寧にお迎えが待っていて、そのままイースター方面に移動してしまったということだ。つまり、自分の意志で、計画的に出て行ったとみるべきだな」
怪しい動きはしていた。しかし、まさかキングダムを出ていくとは思わなかった。
権力と富が集中する四侯は、傍目にはうらやましく見えるだろう。しかし、お父様を見ているとわかる。実際は、ゆっくり休暇を取ることもなく、日々城に通い、結界に魔力を充填する、忙しいサラリーマンのような毎日だ。
旅行にもいけないため、貴族なのに別荘すらないのだから。
それでも、結界を維持するために、四侯一つ一つがきちんと努力するものだと思っていた。
「実はアルバート殿下も魔力量は多い。王家には今、ニコ殿下を除いても三人、魔石を充填できる人がいる。当面は結界を維持するのに何の問題もない、しかしな」
レミントンが戻ってこなければ、四侯ではなく、三侯になって、体制を作り直す必要がある。また、勝手なことをしたレミントンの始末をどうつけるか。イースターとの国交はどうなるのか。
「余計な仕事を増やしてくれた」
お父様の言い方は苦々しかったけれど、まるで部下がほんのちょっとミスをしたみたいな感じだった。
「お父様はなぜ怒らないのですか」
兄さまのほうが腹を立てているようだ。
「怒る、か。あきれてはいるし、全くその気配に気づかなかった自分に腹を立ててはいるよ。だが、もう起きてしまったことに怒っても仕方がないだろう。怒ったとしても、レミントンをどうにかできるわけではない」
確かにそれはその通りなのだが、納得はしがたい。しかしお父様は肩をすくめた。
「私にとっては、キングダムもその民も、ましてやレミントンもたいして意味がない。意味があるのはルーク、リア、お前たちだけだ」
「お父様」
「おとうしゃま……」
これは喜びよりあきれのほうが大きい。
「それに、レミントンがイースターで本当に幸せかどうかもわからぬのだぞ。キングダムの王都は、何でもそろった華やかな場所だ。その華やかさを最も享受してきたのがレミントン、いや、アンジェだろう。イースターの田舎でどれだけ満足できるか」
私なら田舎でも大歓迎なのだが。
「まずはレミントンもだが、イースターがどういう意図をもってそれを後押ししたのかがわからなくては対策を立てようもない。リア、ルーク、しばらくはお前たちにも余計に護衛隊が付くことになるが、少しの間我慢してほしい。特にリアは」
「あい」
もうさらわれたりしないと思っていたが、この状況では何が起こるかわからないので、素直に聞き入れる。
「くりしゅ」
もう会えないのだろうか。
「リア、考えすぎるな。少なくとも、レミントンの家族は共にあるのだから。てっきり」
お父様はそこで言葉を止めた。でも、私にはわかる。「クリスは置いていくだろうと思っていたが」と続けるところだったのだろう。
クリスも後継ぎになれるほどではないけれど、魔力の量は多い。それを知ってのことか、それとも。
「ふぇりちあが、ゆるしゃなかった」
「そうだろうな……。恋を貫き通したアンジェなら、人を愛する大切さを知っているだろうに……」
恋を貫き通したとしても、それは自分しか愛せないからという場合もあるのだ。お父様も、そろそろアンジェおばさまに夢を見るのは止めたほうがいい。
「とりあえず、リアは城にいるほうが安全だし、ルークも人の多い学院にいたほうがいい。二人はこれまで通りの生活を続けてくれ」
「はい」
「あい」
「父様はちょっと忙しくなるな……」
ため息をついたお父様だったが、ちょっとで済めばいいのだけれど。
ステイホーム週間ですが、この機会に、カヤの話を読んでみませんか?
既読の方は、ぜひもう一度!
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