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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
辺境編

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目が覚めるとそこは


 私はどうやらそのまま熱を出したらしい。次に目が覚めたのは、ラグ竜の上ではなく、薄暗いテントの中だった。何より喉が渇いていた。


「み、みじゅ」


 どうも最近水のことしか口にしていない気がする。その声に隣からガバリと起き上がる気配がした。


「ちび、目が覚めたか」


 この少年はたしか、


「ありしゅた」

「そうだ、よく覚えていたな。熱はどうだ」


 そう答えると、おでこを合わせた。少年のほうが少し暖かいくらいだ。


「ん、どうやら熱は引いたようだな」


 そう安心したように笑うと、水筒のふたを開け、私を起こして水を飲ませてくれた。


「二日熱が下がらなくてな。川べりでキャンプしてたんだ。お前、ずっとうなされてて」


 そうだったのか。熱の出ている間の記憶はないのだけれど。


「ハンナ、にーに、おとうしゃん、って、繰り返してた。お前、家族に大事にされてたんだな」


 そうだ、ハンナはもういないのだった。そして兄さまにも、お父様にも、すぐには会えないかもしれないのだ。その時、テントの入り口が開いて、バートと呼ばれていた人がのぞきこんだ。


「ちび助はどうだ。え」


 その人は思わず口をつぐんだ。どうしたのだろう。同時に、アリスターが不器用に、しかししっかりと私を抱え込んだ。


「お前、気が付いてないみたいだけど、泣いてる」


 そう小さな声でささやくアリスターの服が濡れていたのは、私の涙だったのか。


「声を出していいんだ。声を出して泣いてもいいんだよ」


 生まれてすぐこそ放っておかれた私だが、その後は本当に幸せだったのだ。残された兄さまとお父様がどんなに心配して嘆くことか。お父様は私がいなくてもちゃんと兄さまを抱きしめてくれるだろうか。


 ハンナがいなくなったときみたいに泣きはしなかった。ただ、胸の奥が苦しくて苦しくて、息をするのが精いっぱいで、次から次へと涙がアリスターの服にしみこんでいく。


「う、うえっ」


 起きたばかりなのに泣き疲れてアリスターの胸にもたれかかる。


「何か食べられそうか」


 私は首を横に振る。食欲がない。竜に乗っていた時でさえがんばって食べていたのだが。いつの間にかのぞきこんでいたバートもいなくなっていた。


「俺も今あんまり食欲がないんだけどな。食べないと、力がわかないから」


 そう言われてアリスターの顔を見てみると、確かに顔色が悪いような気がする。私の看病のせいだろうか。いや、違う。アリスターは兄さまやギルと同じ。魔力がもう一人の自分のように、しっかり体に重なっていたはず。


 それが今、薄れているのだ。


「まりょく。にゃい」


アリスターはぎくりとした。


「ちび、わかるのか」

「しゅこし」

「仕方ないんだ。俺が小さくてもハンターとして狩りに連れて行ってもらえる理由の一つが、結界のためだからな」

「けっかい」


私は呆気にとられた。結界はお父様たちが維持しているのではなかったのか。いや、ちょっと待って。狩りに使うだけの結界。


「ちいしゃい、けっかい」

「そうだ、ちび。交代で眠れる程度の結界が張れれば、狩りの効率も安全性も飛躍的に上がるんだ。けど、個人持ちの結界用の装置は古いものが多くて魔力を大きく食う。だからまめな補充が必要でね。もっとも、いつもはこんなに補充はしないんだけどね」


 アリスターはちょっと困ったような顔をした。


「そんなこと言ってもわからないよな」


 わかる。小さい結界を作るのに、アリスターが定期的に魔力を注ぐ。しかし、私が熱を出して予定外にキャンプを張ることになったから、いつもより余計に魔力が必要だったに違いない。


「ごはん、たべりゅ」


 それなら、無理をしてでもスタミナを回復したほうがいい。ちょうどその時、私のことを卑しいと言った男がやはりテントの入り口から顔を出した。


「飯持ってきたぞ」

「ミル、ありがとう」


 湯気の立つスープのようなものを、アリスターは二人分受け取った。それからパンと、チーズ。


「お前、チーズ好きだっただろ」

「ちーじゅ」


 好きだ。覚えていてくれたのか。


「言ってもわかんねえだろうけど、ごめんな、意地悪なこと言って。お前ずっと父ちゃん呼んでて、つらくないわけないのに、わかってやれなくて」


 そう言うとちょっとうなだれて、それから食べ物を全部渡してさっといなくなった。


「ミルは思ってることすぐに口に出るけど、いいやつだよ」


 正直なところ、食べ物をくれるならまあ、だいたいは許せる気がする。スープはスプーンを使うのを手伝ってもらいながら、パンは小さくちぎってもらい、そうやってお互いに食べたかどうかを気にし合っていたら、いつの間にか食べ物は全部なくなっていた。


「案外食べれたな、俺たち」

「あい」


 ご飯を食べたら、少しは元気になった気がした。


「おーい、そろそろいいか」

「バート、ああ、大丈夫だ」

「で、悪いんだが、もう夕方だし、もう一晩キャンプをしなきゃなんねえんだ」

「ああ、結界か。わかった。今行く」


 アリスターはそう気軽に請け負うと、テントの外に出ようとした。


「ありしゅた。リアも」


 アリスターは熱が下がったばかりだろうという顔をしたが、ずっと閉じこもっているから仕方ないかと思ったらしい。抱え上げて、外に連れ出してくれた。


「よう」

「ちび、大丈夫か」

「もういいのか」


 途端に男たちから声がかかった。戸惑う私に、


「みんな心配してたんだよ」


 アリスターが教えてくれた。厄介者だと思っていた。仕方なく連れて行くんだと思っていた。それは本当のことだろう。それでも、小さい子供は大事にしようとする。そういう人間らしい温かさが、ここにもちゃんとあった。頑なになってやさぐれていた心がほどけるような気がした。


「ありがと」


 私は思わずそう言って、ニコッと笑った。


「はうっ」

「ちょ」

「お前」


 変な声がしてみんな悶えている。


「みんな、しょうがないな」


 アリスターは鼻で笑っていたけれども。


「なんだ、みんな。まあいい。アリスター、頼む」

「わかった」


 バートの声にアリスターは頷き、バートから魔石を受け取り、地面に胡坐をかいて座り込んだ。バートは大人の両手に乗るほどのオルゴールのような小箱を持っていた。そこから魔石を出したから、それが結界を作り出す装置なのだろう。


 私は座り込むアリスターの手元を見た。


「おおきい」

「お、ちび、魔石を見たことあんのか。さすがにキングダム育ちは違うな」


 ミルがのんきにそんなこと言って、


「バカ、キングダムだって魔石は貴重で、子どもの触れるもんじゃねえよ」


と怒られている。でも、私が見たことのある灯り用の魔石より五倍は大きく、少年の片方の手のひらにやっと収まるほどだった。やはり水晶のように透き通っており、紫色のはずのそれには色はもうほとんどなかった。


 危ない。頭の中で警鐘がなった。兄さまに、お父様は何と言っていた。思い出せ。お父様の声がよみがえった。

《作品紹介》

多少の困難はあるけれど、仲間と一緒に成長する物語は「この手の中を、守りたい」。長めで読み応えありの作品です。


現代もので、ファンタジーじゃないけれど、双子が親の愛情を取り戻していく話が、「紅と茜のサマーウォーズ」。


誤字の言い訳をつらつら書いているエッセイもあります。

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