お父様が忙しい
マークの授業の時にフェリシアが、兄さまとギルの授業の時にフェリシアとマークが顔を見せるようになり、その日はいつもの護衛の他に、何人も余計に護衛が来るようになった。
たいていグレイセスがいるので、私はちょっと嬉しかった。グレイセスとは若干の因縁はあるが、お父様を守ってくれた人でもある。それに何やら私に負い目を感じているらしく、頼めば言うことを聞いてくれるのだ。
「ぐれいしぇす、あのきにのぼりたい」
「いいですよ、ほら」
このようにすぐ持ち上げてくれる。
「自分でできるところまではじぶんでやろうな」
というハンスとは大違いである。そうして、
「グレイセス、お前、護衛対象がいるのに、幼児にかまっている場合か」
とハンスに叱られている。
「いえ、これは城内の護衛であって、王都の外の護衛とは違います。外敵から身を守るより、四侯のお子たちの健やかな成長の手助けすることのほうが大事かと」
「屁理屈をこねるな」
まあ、実際、護衛隊は四侯の子どもたちが集まって何をしているのか監視しているのだと、ハンスが兄さまに話していた。一応、四侯の動向は押さえておきたいのだと。フェリシアもだが、もう成人しているマークが動いたのが大きいのだろうと。
マークめ。
こんな状況では、フェリシアが魔力の訓練に参加していることなど、レミントンにはとっくにばれているのではないかと思う。
しかし、それはフェリシア自身が説明してくれた。
「クリスと一緒に授業に参加しているのは知ってるわ。私がそんなことに興味を持っていること自体に驚いていたけれど。もう学院を卒業したのに、いまさら幼児に交じって勉強するのは恥ずかしいというようなことをちょっとだけ言われたわ」
フェリシアは寂しそうに微笑んだ。
「私がクリスと一緒に過ごしたがっているのも知ってるから、勉強しているというより、単にクリスをかまっているだけと思ってるみたいなのよ。何を目的にしてるとか、そんなことには興味がないから。邪魔されないだけましと思わないとね」
確かにお父様も私が何を学んでいるかにはあまり興味はないようだ。楽しければいいと思っているのだろう。おや、なぜハンスとナタリーは困ったように顔を見合わせているのか。
「まあ、遠回しに四侯はそれぞれ独立して互いに干渉しあわないとかなんとか言ってたわ。はい、と言って聞きながしておいたけど」
ふふっと笑ったフェリシアは、このところ随分笑うようになったと思う。クリスも楽しそうでよい。
しかし、こうしてたくさん遊んでいられるのも、実は城にいる時間が少しずつ長くなっているからなのだ。
お昼寝から目が覚めて、お父様がお迎えに来るまでが結構長い。
待っている間、私はニコと遊んでいるので、ニコが大喜びだし、私としても問題はない。家のメイドは私がなかなか帰ってこないことに気をもんでいるらしいが、それはちょっとどうでもよくて、問題はお父様なのである。
「リア!」
そう言って、竜車に乗っている間も、私を膝にのせて離さない。私は竜車の外が見たいのだが、仕方なく足をぶらぶらさせていたりする。お父様は、どうやら仕事がすごく忙しいようなのだ。
「最近、ラグ竜の流通が激しくなっているんだ。もともと各領地が、各領地にいるラグ竜の群れから必要な分を補充しているくらいで済むはずなのに、キングダムからウェスター、ウェスターからキングダム、そしてキングダムからファーランドなど、領地どころか、国をまたいで取引が行われているんだ」
「ふぁ」
仕事が大変だとぶつぶつ言うお父様に、それ以外にどう返事をしたらよいだろうか。
「それに魔石の移動も激しい。ウェスターとファーランドから入ってくる魔石の量は変わらないのだが、このところファーランドへの輸出が増えていてな。それに比べると目立たないが、ウェスターへもだ。もともとキングダムに魔石が集まる仕組みになっているから、多少輸出の量が増えたくらいで問題が起きることはない。しかし、なぜ、輸出が増えているのか」
「あい」
それは確かに気になる情報である。
「ファーランドに行って調べてみたい。いや、国境付近の町まで行く分には問題ないか。しかしリアとは離れたくないし」
これには返事をしないでおいた。それは私だって、お父様がいなくなったら寂しいが、仕事をするというのはそういうこともあるということだ。
「とりあえず、先行して調査団を送るか……」
私はお父様をよしよししておいた。養われている自分としては、お父様に頑張ってもらうしかない。しかし、他の人はいったい何をしているのだろう。例えばギルのお父様とか。
「リアは俺には厳しいよなあ」
「しょんなことないでしゅ」
スタンおじさまが嘆く。お休みの日、ギル、ジュリアおばさまと一緒に遊びに来てくれたのである。その時に、
「おとうしゃま、さいきんいしょがちい。すたんおじしゃま、いしょがちい?」
と聞いただけである。別にさぼっているだろうとか、仕事をしていないだろうとか言ったわけではないのに。
「なんとなくそんな気がしたんだが。まあ、聞かれたことに答えるとだな、俺も忙しいんだよ」
そう嘆くスタンおじさまは、確かに疲れた顔をしていた。
「ディーンも帰りが遅いってことなの?」
「あい、じゅりあおばしゃま。おとうしゃま、ちゅかれてる」
「まあ、うちもなのよ」
ジュリアおばさまが言うのなら本当なのだろう。
「そもそも竜の流れも、魔石についても、ファーランド方面が騒がしくてな。ディーンはどちらかと言うとウェスター方面の仕事だが、俺はファーランドなんだよ。業者は注文に応じているだけだというし、これはファーランドに行かなくてはならないかと思い始めているところなんだが、俺たちはいけないし、だれを調査に送るかで頭が痛くてな」
確かに、あまり有能な人はいない印象だった。
「リスバーンにしても、オールバンスにしても、自分のところの商会を動かしたほうが話が早い。が、実際に動かすのは城の文官ということになるから、これが問題でな。あいつらほんとに仕事ができないんだよ」
「できないというより、王都を離れたがらないんだよ。キングダムからファーランドに行って調査をして来いと言ったら、ひっくり返るだろうな」
ここでちょっと席を外していたお父様が戻ってきて話に参加した。
「スタンの言う通り、まず自分のところの商会を動かしてみるか」
「それが早そうだな」
何やら面倒そうだ。
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