まだ二歳
私たちは、まず魔力を感じるために魔力を揺らすところから訓練を始める。クリスも数回やったことがあるので、手順はわかっている。
見ているだけと言ったフェリシアは、やったこともない訓練を見て驚き、クリスは大丈夫かと心配し、そして自分もできないものかとやきもきし始めた。
本当に見ているだけなのだが、なんだか目にうるさい。兄さまもそう思ったのか、ついにフェリシアに声をかけた。
「フェリシア、ちょっとやってみますか?」
「いえ、その。見ているだけと」
「子どもたちにちょっと混ざったくらいは大丈夫ですよ」
「そうかしら」
そうかしらと言いながらそわそわしている。
かわいいではないか。
「俺が魔力を揺らす手伝いを」
「結構よ」
ギルは瞬殺である。まあ、手をつなぐので、女性にとっては微妙ではあるだろう。
「じゃあ、りあがしゅる」
「まあ。いいの?」
小さくても、私がニコとクリスの指導者的立場であるということはわかったのだろう。フェリシアもなかなか見る目がある。
「りあ、まりょく、こっちから」
「私の右手から流すのね。魔力を流すなんて不思議だわ」
「あい。ほら」
「まあ!」
フェリシアは驚いたように声を上げると、思わず手を離そうとした。離してもいいのだが、つないでいたほうが管理しやすい。兄さまがアドバイスする。
「そのまま、魔力を左右に揺らしてみてください」
「魔力を巡らせるのではなく、揺らす」
フェリシアは目をつぶって体を揺らしている。ここらへんでもういいだろう。私は手を離した。
「あら、なんだかずれてきたわ。不思議」
「それをいつも通り、ゆっくり巡らせてみてください」
「わかったわ。でも」
フェリシアは目を開けて困ったように首を傾げた。
「魔力がずれたからか、うまく回らないの」
「それに気づくことが、魔力をうまく使うことにつながるのですよ」
兄さまがよく気づきましたというように笑った。
「マークの時も思いましたが、フェリシア、あなたもマークも、魔力量に劣るところは全くないと思います。ただ、魔力の巡らせ方に無駄があるのです」
「魔力を巡らせる訓練はずっとしてきたわ」
ギルがそれはそうだというようにうなずいた。
まだ私が歩けないくらい小さかった頃、お父様は兄さまにそれほど関心を持っていたようではなかった。それでも、学院で魔力訓練が始まったと同時に、家でも訓練を始めていた。
つまり、四侯はどこの家も、後継ぎにはきちんと魔力訓練をしているのだ。もちろん、ギルのところのリスバーン家もである。
「俺はそれに加えて、ルークと一緒に考えて自分で訓練しているけどな」
「ぎる、しゅごい!」
「まあな」
ギルの本当にすごいところは、兄さまのほうが年下なのに、そういうところをまったく気にしないところだと思う。
「普段は魔力を回すことしか意識していないと思うのですが、濡れた布から水が染み出すように、魔力が染み出して無駄になっているというか」
兄さまが説明している。これはニコやクリスには説明していない。小さい子は理論を話してもわからないからである。今は楽しく魔力を動かせていればそれでいいのだ。
「体という枠から、少しもはみ出さないようにすると考えていくのです」
正確に言うと、はみ出してもよい。例えば結界を作るときは、体の外側に丸い球を作るようなものだ。大切なのは、そこから魔力を外に出さないこと。
「ということは、私は魔石に魔力を注ぐ時に、魔力を全部注いでいないということになるのかしら」
「おそらく。見たことがないので何とも言えませんが」
フェリシアは理解が早い。そしてまじめすぎる。私はフェリシアの目を見てニコッと笑った。
「ふぇりちあ、まりょく、おもちろいもの」
「面白い? いいえ、魔力を扱うことは四侯の義務。面白いことではないのよ」
フェリシアはむしろ私を諭すように、丁寧に言い聞かせている。そうやってクリスにも言い聞かせているのであろう。
「にいしゃま、ちいしゃいましぇき、くだしゃい」
「いいですよ」
私は兄さまから小さい魔石を受け取った。これは明かりに使うもの。その空の魔石に、そっと魔力を注いで見せる。フェリシアは止めようとして、何とか思いとどまった。今、先生は私たちなのだ。
「これ、おかね、なりゅ」
「「お金?」」
クリスとフェリシアの声が重なった。
「これ、おちごと。まりょく、いりぇる。ぱん、おやちゅ、かえりゅ」
「パンとおやつになるの? こんなことで?」
びっくりしているのはクリスだ。ニコも新たな目で魔石を見ている。彼らにとって、魔石は結界のための物であって、生活必需品という感覚はないのだ。
「まりょくもち、しゅくないでしゅ」
「だから市井には、魔石に魔力を入れるというお仕事があるのですよ。それが明かりとなり、料理をする熱となるのです」
兄さまが説明を足してくれる。
「まりょく、ゆらゆらしゅる。まりょく、はみだしゅ。まりょく、ぱんになりゅ」
「パンだけちょっと違いすぎませんかね」
「たべもの、だいじ」
うっかり口を挟んでしまったハンスは、私のまじめな返事にふっと口元を緩ませた。
「すみません、リア様。パンは大事でしたね」
「あい」
私はしっかりと頷いた。結局のところ、こういうことである。
「まりょく、おもちろい。あしょんでいい」
「まあ」
フェリシアはぽかんと口を開けて、慌てて閉じた。なるほど、ぽかんと口を開けるのはやはり淑女らしくないと。私は心の手帳にメモをした。
「私とリアは、寝る前にも魔力を動かす訓練をしますよ。といっても、遊びのようなものですけれど」
「俺もだな。俺には兄弟がいないから、一人でだけどな」
兄さまにギルも答える。一人でと言ったギルは、ほんの少し寂しそうだった。
「じゃあ、私はねるまえに、ねえさまとくんれんすればいいのね」
黙って話を聞いていたクリスがぴょんぴょんと跳ねた。淑女は跳ねないほうがいいのではないか。しかし、フェリシアは戸惑って注意する余裕はなさそうだ。
「単純に楽しいですよ」
「おもちろいの」
クリスのように、単純に楽しめばいいのだ。フェリシアの顔が明るくなった。
「そうね、別に家にいるのだから、いつ一緒にやってもいいのよね」
「やった! ねえさまといっしょ!」
それから毎週、フェリシアは授業に来るようになったが、毎週授業を受けるばかりで、自分がやるべき礼儀作法の授業のことをすっかり忘れている。でも、私にとってはそれでいい。だって、
「まだ、にしゃい」
私は人差し指と中指をぴんと伸ばしてみた。
「リア様、親指も伸びてるから、それじゃあ三歳だな」
「おやゆび、みない」
「……だいたい二歳ってことだな」
「あい」
礼儀作法はまだしなくていいと思うから。
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