落ちた先は
足元が急になくなったような感じだった。私とロークは、手をつないで立ったまま下に落ちたようだ。
呆然としながらも上を見ると、暗い中でわずかに空が見えた。どうやらほんの少しの地面の隙間から落ちたらしい。ありえないとも思うが、実は電車とホームのほんの少しの隙間にも人はすとんと落ちたりする。
目が慣れていなくて暗いから、立ち上がりはしないが、どうやらケガもないらしい。
「たちかに、あながあいてまちた」
思わずポツリとつぶやくと、握ったままの手がピクリとした。今の一言で驚きから戻ったようだ。泣いてはいないということは、たぶんロークもけがはしていない。しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「ちがうんだ」
「ちがう?」
何が違うというのだろう。
「行きたかった穴は、ここじゃないんだ」
「しょれは……」
「本当は、この先の丘に、ちゃんとした穴があるんだよ。人がほったやつ」
そうなんだ。ということは、この場所は誰も知らないかもしれないということになる。それに、上をばたばた走られたら天井が崩れてしまうかもしれない。
「ろーく、おおきいこえ、だちて」
「大きい声?」
「たしゅけてって」
そうなのだ。二人いるから何となく落ち着いているが、今は非常事態なのである。ロークははっとしてさっきの私のように上を見上げると、その穴に向かって叫んだ。
「おーい!」
なるほど、確かに、「助けて」より「おーい」のほうが言いやすいし、大きな声が出やすい。私もそうしよう。
「おーい!」
「おーい!」
二人で叫んでいると、すぐに上から人の気配がして、まず土が落ちてきた。
「うわっ」
「ぺっ」
私たちは、四つんばいになってそろそろと移動し、頭から土を払い落とした。
「リア様?」
その時、頭の上から慣れ親しんだ声がした。
「はんす!」
「いた! ここだ! まて! 走るな!」
ハンスの声はいつも楽しいのだが、ハンスの声にここまでほっとしたことはなかった。ハンスはどうやら腹ばいになったらしく、片手をそっと穴に入れると、壁を慎重に触ってみている。しかし、触ったところから土がパラパラと落ちてきた。
「はんす、つちが」
「リア様、無事だな。落ち着いて。必ず助けるからな」
「あい」
「しかし、こんな狭いところになんで落ちた」
最後の一言は独り言だろう。しかし、私は前世で、そんな隙間に落ちた人を見たことがあった。案外狭い隙間でも人は落ちてしまうのである。ましてや子どもだ。
ロークがそろそろと立ち上がると、手を一生懸命上に伸ばしてみている。しかし、案外深くまで落ちたようで、とてもではないが手が届きそうもないし、上の穴は大人の肩までしか入らない大きさだ。
「リア様、今、縄を持ってこさせるから、そこでおとなしくしていてくれよ」
「あい」
縄を輪にしたものを下ろしてもらって、脇の下に回して引っ張り上げてもらうのがいい。そうとなったら、土の落ちないところで座って待っていよう。
「ろーく、しゅわろ」
「うん。ごめんな、リア」
「だいじょぶ。しゅぐたしゅけてくれる」
二人身を寄せ合って座っていると、次第に目も暗闇に慣れ、穴から差し込む日の光で、落ちた穴の先がぼんやりと分かるようになった。
「あんがい、先までつづいてるんだな」
「まるでどうくちゅみたい」
「そうなんだ。丘にもこんな穴が開いてて、先までずっとつながってて」
そんなに大きな丘には見えなかったのだが。
「ここらへんな、戦いになったことがあって、もともとあった穴を広げて、めいろみたいなかくればしょにしてあるんだって。ぜったい入っちゃだめだっていわれた」
それはそうだろう。洞窟と迷路など、6歳男子には絶対に入らせてはいけないものだ。そうやって周りを観察していると、なるほど先のほうは壁が滑らかで、人の手が入っているような気がする。
一方で私たちの落ちたあたりは、壁も柔らかく人の手が入っていない。
「あとからあながあいたところ」
なのだろう。そう観察している間にも、上ではなにやらばたばたした気配がしている。
「まさかこちらに来るとは。穴があるから危ないといったではないですか!」
「そ、それは丘のあちらの穴だとばかり」
怒られているのはニコの護衛かもしれない。ハンスはそもそも知らなかったようだし、護衛も情報を共有しておいてほしいものである。
「縄もすぐ持ってきますが、丘の穴からこちらに回ってきたほうが早いかもしれませんね。明かりも持ってきましょう」
「向こうとつながってるのか! 確実に行けるのなら、縄よりはリア様に安心かもしれん」
「では両方試すということで、人手を集めてまいります」
上でハンスと屋敷の人が相談している。きっとニコの護衛はおろおろしているだけに違いない。
「つながってる……この先に?」
隣でロークがつぶやいた。これはまずい気がする。
「ろーく」
「行ってみる!」
「ああ!」
ロークは立ち上がると、おぼろげに見える穴の先の通路のほうに走っていった。
私はここでハンスを呼ぶべきだったのだと思う。しかし、ロークは通路が迷路になっているといっていた。ここで大事なのは、私がまず助かることか、それともロークを一人にしないことか。
「ばらばらは、いけましぇん。ろーく!」
私も立ち上がると、ロークの向かったほうに動き始めた。すたすたと。
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