弟に妹(ルーク視点)
「キングダムというのは、私たちにとっても未知の国。結界に包まれて、夜に虚族に襲われる心配のない、自分に関係のない自由な国だとしか思っていなかった。キングダムの次代の王子がああやって自分の弟と遊んでいるのを見ると、不思議な気がするな」
結界のあるなしが実際どのように民の生活に影響を及ぼしているかという点について話していた私たちだが、話の合間にもやはり弟妹のことが気になる。仲良く遊ぶ四人をちらちらと眺めながらの話となったが、ポツリとロイドがそう口に出した。
ロイドというのはウェスターとの境界に位置するスティングラー領主の長男だ。私たちが学院に通うように、今は領地を離れて、ファーランドの領都にいるのだという。
「急にキングダムへ行かないかということで、誰もどうするか判断できないうちに、うちがさっさと名乗りを上げてキングダムに送られてきたというわけ」
ロイドが活発で行動的なのは話を聞けばよく分かる。見たところ、弟のほうも落ち着きながらも前に出ていくタイプのようだ。ではもう一組の兄弟はどうだろう。
「うちの弟くらい活発な子供じゃないと、親が心配して出してくれなかったというのが正解だ。ちなみに私は弟の監視役」
そう苦笑するのがジャスパー・グレイソン。ファーランドの最北の領主の息子だ。確かに弟のロークは言葉遣いも気遣いもなっておらず、周りの大人をハラハラさせている。もっとも、リアはやり返しているしニコ殿下はまったく気にしていない。
「ロークの相手をできるのはよほど活発な子か年上に限るんだが」
なぜそんな子供を連れてきたと言いたげな顔を隣でギルがしているが、ジャスパーが苦笑している通り、未だに何の問題も起こっていない。体を動かす活発な遊びをしているのに、楽しそうで全くもめるようすもない。
「キングダムはよい後継者をお持ちだ。それにルークの妹、あれはすごいな」
離れてみていても、遊びを仕切っているのがリアだということはよくわかる。動きは一番鈍くても、何らかのアドバンテージをとっており、全く負けていない。もっともソファの下にもぐりこんだときは少し心配だったが。
「あの行動力があったからこそ、生き延びられたと、そう思っています。しかしリアの魅力はそれだけではありません。なんといってもその愛らしさですが、お聞きになりますか」
私はにこやかにファーランドの二人に語り掛けた。
「い、いや、見ていればわかるから。いやー、本当に愛らしい。野性的でもあるが」
「そうですか。ラグ竜との愛らしい一幕などいかがですか」
「ははは」
遠回しに断られたが、リアのかわいらしさを聞く機会を損なうなんてもったいないことをする。
「実物がいるんだから、それを見れば十分だろ」
「それもそうですね」
ギルもたまにはいいことを言う。助かったという顔をしたロイドとジャスパーのことは、とりあえず棚上げしておこう。
リアがキングダムに戻ってすぐに、ニコラス殿下と遊ぶようになり、そしてそれにクリスが加わるようになると、私のリアに対する不安はどんどん減っていった。
かわいがっていたものの、ろくにリアのことを理解できないままだった11歳の始め、そしてやっとこの手に戻ってきた11歳の終わり頃は、とにかく目を離せず、リアの一挙一動にハラハラしていたように思う。
リアが戻ってきたとき、乱暴だという三歳児と遊ばせるなんて、それがたとえ王族だとしてももってのほかだと思った。でも、二人の先生になるという機会をもらって、一週間に半日だけだけれども、リアとニコラス殿下が共に過ごしているところを見ることができて本当に良かったと思う。
手を出してしまいたくなる私と違って、ハンスとナタリーはハラハラしながらも手を出さずに見守っている。おそらく3歳児にしては運動能力も高く、賢いニコラス殿下の動きは早く、リアと一緒に遊んでいても危険を感じることも多い。
それでも、リアはあきらめることなく、負けることもなく、自分からあれこれ物事を提案し、時にはニコ殿下をなだめすかし、対等に遊んでいる。幼児らしく体力に劣り、よく眠ってはニコ殿下を嘆かせてはいるが、そんなリアに合わせて手加減するということが、ニコ殿下はできるようになった。
王家と四侯は対等。そうは言うが、現実にはそうではない。四侯は王家の下だ。私は王家には特に思い入れも何もなかった。
民も貴族も、力ある王家と四侯をうらやむかもしれない。しかし、やりたくもないことをやらされているという点は彼らには理解できず、そのことを共感できるという意味でのみ王家と四侯は対等だと私は思っている。それでも、キングダムの民を守りたいという気持ちは同じだ。
ニコラス殿下と親しく接して初めて、私はこの方と共にキングダムの国を守っていくのだと思うことができたのだ。私もリアも、そしてニコ殿下も、クリスも、これからともに成長していくのだと。
不思議なことに、リアを中心に、ばらばらだった四侯の子供たちが集まっていく。オールバンスとリスバーンだけでなく、モールゼイ、そしてレミントンも。
楽しく遊ぶ年少の四人を見て思わず笑みを浮かべた私は、ちらりと隣を見た。もちろん、ギルとの友情が一番だが。
「なんだよ」
「別に」
「ああ、俺もあいつを連れてこられればよかった」
ギルがちょっとつまらなそうにつぶやいた。
「あいつ?」
「アリスター。おれだけ弟や妹がいないなんて、不公平じゃないか?」
「あれは叔父でしょう」
「それでもさ。俺よりは小さいんだから」
アリスターはいやがるだろうけどと私は思った。
「にいしゃま!」
リアが、よちよちと、いやすたすたと駆け寄ってきて私の膝にしがみついた。大人や年上の邪魔をするような子ではない。さすがに疲れたのだろう。リアを見守るようについてきたニコ殿下は、隣のギルの膝に自然に手を置き、寄りかかって休んでいる。
「そろそろおなかがすきましたか」
遊びは終わりにしますかという意味を込めて、私は二人に尋ねた。
「おなか」
「おにゃか」
二人はそう繰り返すと、おなかをさすさすとこすってみている。
「おお、わたしはおなかがすいたようにおもう」
「りあはへいきでしゅ」
「ほんとか」
ニコ殿下が疑わしそうにリアを見る。くいしんぼなのにと言いたいのだろう。リアは時々意味もなく意地を張るのがおかしい。絶対おなかがすいているだろうに。私はもう一押ししてみた。
「ではもう少し遊びますか」
「おにゃかがすきまちた」
その意地が長続きしないのもかわいらしい。
「では食事の支度を頼もうか」
ギルの言葉に、リアがほっとしたように笑った。リア、お疲れ様。頑張るのも意地を張るのもここまでで大丈夫だよ。
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