おじさまとおばさま
「これは面倒ですね」
兄さまが小さな声でつぶやいた。アルバート殿下はともかく、兄さまたちは特に何も予定が入っていなかったはずである。ということは、あの一団の一部は、兄さまが担当することになる。
「アルバート殿下のお相手が二人、いや、一人はギルにでしょうか。おそらく四侯と合わせて同世代二人、ニコ殿下とリアに合わせて二人。さすがに幼子はいませんか」
「りあにも?」
私はびっくりして兄さまを見上げた。
「ニコ殿下に二人かもしれませんね」
「10歳程度の年の差はよくあることだから。ほら、リアに10歳足したら12歳まではいけるってことだぞ」
「ギル。現実を持ち込まないでください」
兄さまが茶々を入れてきたギルに嫌そうな顔をする。
「おそらく、将来、『一度リア殿とは顔を合わせたことがあります。小さくて覚えていないかもしれませんが』と言わせるための布石だろうなあ」
「それを言ったらギルだって同じですよ」
「藪蛇だった」
肩をすくめるギルには、もう婚約の話がたくさん来ていると兄さまから聞いている。こんなふうに出会いが設定されることにも慣れているのだろう。ちなみに兄さまにはそんな話はまだほとんどないそうだ。
うっかり若い人の一団に気を取られていたら、大人の挨拶が始まっていた。
おじいさまにお帰りの挨拶をするとすぐにアル殿下とニコ殿下を丁重に迎えたのは、きっと私のおじさまとおばさまに違いない。おじさまはお父様よりは年上で、おじいさまにそっくりの茶色い髪と茶色い目をしており、厳しいながらも口元にはユーモアを感じさせる。おばさまは明るい金髪に濃い青色の目の落ち着いた人だ。
そのままファーランドの一行の紹介を屋敷の者に任せたおじさまは、おばさまにたしなめられながら、走るようにこちらにやってきた。
「ルーク! ギル! よく来たな! そしてこれが、おお」
兄さまたちに声をかける間も惜しむかのようにしゃがみこんで、私と目を会わせた。
「クレア。クレアだ。本当によく似ている」
そして口元を震わせておかあさまの名前を繰り返した。
オールバンスの屋敷では、お母さまの話はほとんど聞いたことがない。さみしがらせるからと、お父さまがあえてお母さまの気配を感じさせないようにしていたと聞いたが、そのお父様の告白からまだそれほどたっておらず、結局お母さまのことはよくわからないままなのだ。
だから今回、お母さまの事を知るのをとても楽しみにしていたのだ。そしておじさまの反応からも、すぐに追いついておじさまの後ろで思わず口に手を当てて目に涙をためているおばさまからも、お母さまが愛されていたんだなあということは伝わってきた。ここで私自身のアピールもせねばなるまい。
私はちゃんと顔を上げると、お披露目の時のようにほんの少し膝を曲げた。
「りーりあ・おーるばんすでしゅ。りあとよんでくだしゃい」
ほら、ちゃんと挨拶できたでしょ。私は胸を張ってふんと鼻息を吐いた。するといきなりグイッと抱き上げられ、たちまち視界が高くなった。
「リーリア、いや、リア。なんてかわいい子なのか。幼い頃のクレアにそっくりだ」
私をしっかりと抱きしめ、揺らすおじさまの声はやっぱり少し震えていた。
「あなた。私だってクレアの子にちゃんと挨拶したいわ」
ずるいでしょという副音声が聞えて来そうな言葉は、隣にいるおばさまだ。おじさまは私をぎゅっと抱きしめるとしぶしぶ地面に降ろした。おばさまはスカートが邪魔でしゃがみこめなかったけれども、優しい目をして私に手を伸ばした。
「グレイス・ネヴィルよ。クレアとは仲良しだったの」
「おかあしゃまと」
「そう。お利口ね。クレアがお母さまだと、ちゃんとわかっているのね」
そう呟くと、私をそっと抱き上げて腰に乗せた。私は素直に一番の望みを言った。
「おかあしゃまのえ、みたい」
「まあ。オールバンスの家にはなかったの?」
おばさまは驚いたように言った。
「姿を知らなければリアがさみしがることもないだろうと、お父様が最初から見せずに隠してしまったのです」
兄さまが正直にそう伝えた。
「あの男はまったく。クレアを会わせてしまったのが失敗だった」
いやいやいや。私の前で言ってはいけないことだよね? でも、人とのつながりでは微妙に失敗の多いお父さまだから、それを否定できないのは事実なのである。私はちょっと困って兄さまを見たら、兄さまも微妙な表情で私の方を見た。
そういう人だものね、お父さまは。兄さまと思いが一致した瞬間だった。
「リアはこんなにクレアにそっくりなのに、ルークともよく似ているのね。そしてルークはディーンにそっくり。人の血のつながりって、不思議ね。リアとルークを通して、二つの家がつながっているのね」
おばさまが私と兄さまを見比べて感心したような声を上げた。
「とりあえず、階段のところにクレアの絵があるから、後で見に行きましょうね」
「あい!」
楽しみなのである。
「ルーク、ギル! 一応リアも、こちらに来なさい!」
親戚と交流している場合ではなかったか。私たちはアル殿下に呼ばれてファーランドの一行のもとに向かった。私は幼児なので優しいおばさまに抱かれて行こうと甘えたことを考えていたが、それは駄目だったらしい。そっと地面に降ろされてしまった。
仕方なく、兄さまと手をつないでてくてくと歩いていく。
兄さまの言っていた通り、フェリシアと同じか少し年上くらいのお嬢さんが二人、兄さまとギルよりそれぞれ少し年上と思われる少年が二人、そして、6、7歳くらいの男の子が二人、寒そうな顔もせず立っていた。さすがファーランド出身である。
「寒いんだから、よちよちしてないで早く来いよ、いてっ!」
一番小さい子が素直な気持ちを表して、兄さまよりちょっと大きい子に拳骨を食らっている。案外武闘派なのかもしれない。しかしまず自分でちゃんと言っておこう。私は兄さまの手を離すと、腕を組んで胸を張った。
「よちよちちてない!」
「おまえ……」
「おまえじゃないもん。りあでしゅ」
私はふふんと言う目でその男の子を見た。自己紹介だってできるんだから。
「なんだよ。うでだって組めてな、いたっ」
再び鉄拳が落ち、あたりに微妙な空気が漂った。
「ぷっ」
珍しく兄さまがほんの少しだが噴き出した。その声と共に、兄さまが、そしてギルが前に一歩出た。
「初めまして。キングダムへようこそ。私はギルバート・リスバーンです。ギルと呼んでください」
年上のギルからの挨拶である。
「ルーク・オールバンスです。そして妹の」
兄さまが優しく私を見て、背中にそっと手を当てた。
「りーりあ・おーるばんすでしゅ」
これでどうだ。私はますます胸を張った。
「あーあ、リア様、ひっくり返っちまう」
ハンス、いくらなんでもひっくり返らないから。
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