お見合いに潜入
「リア、もうすこしそっちにいくのだ」
「そっちにいったらみちゅかりましゅ」
ニコと私は押し合いへし合いしながらこっそりと植物の陰に隠れている。
「何やってんですかね、リア様も殿下も」
「はんす、しじゅかに!」
「はいはい」
ハンスはすっと木の陰に姿を消した。ニコの護衛は最初から黙って木の陰に隠れているというのに、うちのハンスはこれである。
「リア、しずかに! ごえいがさきにはいってきたぞ。これからおじうえとおあいてのかたがすがたをみせるにちがいない」
私はハンスよりよほど静かにしていると思うし、何ならニコのほうがうるさいと思うのだが、静かにしているに越したことはないと思ったので、黙って頷いた。
入ってきた護衛は私たちのほうを見て、その後、後ろの木のほうを見たような気がしたが、私たちは上手に隠れているので大丈夫だろう。ハンスが手を大きく振っていたような気がしたが、振り返ってもそんなことはなかった。はて。
やがて、温室の入り口の両開きのガラスの扉が大きく開いて、アルバート殿下がきれいなお嬢さんをエスコートしながら温室に出てきた。
オールバンスのお屋敷と同じように、客室からそのままつながった温室は、寒さの厳しい北部でも、日が差せば暖房がいらないほど温かい。とはいえ、私もニコもしっかり上着を着こんでいる。
「おお、おじうえがかっこいいぞ」
「ふつうでしゅ」
確かに、少なくとも私は、旅装の殿下しか見たことがないし、途中に泊まった貴族のお屋敷でもそれほど華美な格好は見たことがなかった。だから、軍服を豪華にしたようないかにも王族といった格好や、きちんと後ろになでつけた金色の髪などはなるほどまあかっこよいと言えないこともないと思わないでもない。
しかし、女子として見るべきはファーランドの若い女性がどのような格好をしているかではないか? 私は熱心にお相手を見た。小麦の穂のような濃い色の金髪が色白の小さな顔の周りに上品に垂らされ、後ろは高く結い上げられている。胸元は豊かで、透けるほど薄いブラウスの上に濃いバラ色のドレスを重ねている。年の頃はフェリシアよりは上だろうか。
「きれい」
私はほう、っとため息をついた。いつか私もドレスを着るのだろうか。そして誰かにエスコートしてもらう日が来るかもしれない。まあ、面倒くさいからそんな日が来なくてもいい気もする。私のことはともかく、きれいなお姉さんはよいものである。
もっとも、よく考えたら、私はそもそもキングダムのお姉さんがどんなおしゃれをしているのかよく知らないのである。私は自分のポンチョを眺めてみた。去年着ていたポンチョを一回り大きくしたものだが、特徴は去年よりたくさん物が入るポケットで、実用を重視している。しかし、幼児の服を見ても流行などわかるわけがない。
「あのくらい、しろにはいくらでもいる」
ニコがちょっと手厳しい。少なくとも、ナタリーやニコのお付きのメイドはとてもきれいだし、ジュリアおばさまもアンジェおばさまもきれいだ。アンジェおばさまは、ちょっと口の端に意地悪なしわが寄っているが、ミルクティーのような髪の色はとてもきれいだと思う。
二人が腰かけ、その二人にメイドがお茶を入れ、お菓子などをテーブルに並べている。それなのに、二人はにこやかに話をして、たまにお茶のカップを傾けるだけで、お菓子には手も出さない。
「おじいしゃまのとこのおやちゅ、おいちいのに」
「なんだ、おなかがへったのか」
「へってましぇん!」
別にお腹が減っているわけではない。しかし、おやつを食べる間もなくここに逃げて来たので、今日のおやつはまだ食べていないだけである。
「ふむ。たしかにすこしおなかがさみしいきがする」
ニコが自分のお腹をさすさすしている。ポンチョのポケットにもおやつは入っているけれど、出来立てのきれいに飾り付けられたおやつではない。私はテーブルの上のおやつを悲しい目で見た。せっかくのおやつが、食べられもしないなんて。
待てよ。あのテーブルの端っこにあるおやつ、ちょっと下から手を伸ばせば取れるのではないか。
おあつらえ向きに、途中にいくつか大きな鉢植えがある。
「にこ、あれ」
「あれ?」
「あのはちっこのおしゃら、ちたからてをのばしぇば」
「ふむ」
ニコは顎に手を当てて、テーブルまでを静かに観察している。
「まずあのはちうえまではしる。そしてつぎにあのはちうえにいどうだ。さいごはしせいをひくくしてテーブルのしたにいけば、なんとかなるか」
「しゃいごは、はってもいいでしゅね」
「それがいいな。しかしひとつもんだいがある」
「もんだい?」
私は首を傾げた。
「リアははしれないではないか」
「はちれましゅ! いちゅもはちってましゅ!」
「しっ! こえがおおきい」
お相手の女性がこっちのほうを見た気がする。
「なにか声がしませんでしたか?」
「さ、さあ。温室は温かいので、鳥でも鳴いていたのではないかな」
「まあ、見てみたいですわ」
「い、いや、あー、今飛んで行ってしまったなー」
アルバート殿下、ナイスだ! そのまま二人は話に戻った。
「よし、でははしらずに、いそぎあしでいくぞ。まずわたしがさきにいってあんぜんをかくにんしてから、リアをよぼう」
「あい! りょうかいでしゅ!」
私はぴしっと手を上げた。
ニコは植物の陰から立ち上がると、左右を確認して最初の鉢植えに走った。
「ああ! そう言えば、このテラスのガラスのデザインは王都でも見かけないほど精緻なものだな」
「本当に。先ほどから美しいと思っていました。アルバート殿下は、建築にも興味が?」
ニコが来いと合図をした瞬間、大人二人が建物のほうを見た。今だ!
私はしゅたっと飛び出ると、走り出した。
「ああ、よちよちしてあぶな」
「よちよちちてない!」
「ハンス、リア、しーっ」
私ははっとして急いでニコのところに向かった。
「ふう」
「いちいちハンスのいうことにかまうでない」
ニコに怒られた。
「あい。ごめんなしゃい」
「よし、ふたりがあっちをむいているあいだに、つぎのはちうえまでいくぞ。さ、てをかせ!」
「あい!」
今度は二人で手をつないで次の鉢植えに急ぎ足で向かった。よし、まだ大人の二人は気づかない。
「あとすこしだ。よし、ではからだをひくくして」
「あい!」
二人でかさかさとテーブルの下まで急ぐ。
「む、虫」
ハンスは無視無視。後はおやつを取るだけだ。
「よし、てのながいわたしが」
ニコが短い手を伸ばす。
「リアほどみじかくないからな」
「しちゅれいな」
「あれ?」
「どうちたの?」
テーブルの下でこそこそと聞いてみた。
「ほら、てをのばしただけでいっぺんにこんなに」
ニコの手には、おやつが落ちないようにナプキンで覆われたお皿があった。
「においからちて、おかちにまちがいありましぇん」
「においでわかるのか……」
わかるでしょ? 普通。次はお皿を持ってここから脱出だ!
おじいさまのお屋敷についているところからスタートです。




