私だった(フェリシア視点)
「さあ、こちらが跡取りのフェリシアよ」
順番としては私なのだろうが、主役はクリスだろうにと、もやもやする気持ちもある。
「はじめまして。ブラン様、ハリー様。そしてサイラス殿下。フェリシア・レミントンです」
順番に挨拶し、軽く目礼する。
「そして、もう一人の娘、クリスティン」
「はじめまして。クリスティン・レミントンです」
クリスがはきはきした声であいさつした。素晴らしいわ。こないだまでまともな挨拶もできなかったのに。子どもは子ども同士、緊張よりも楽しそうな様子に私はほっとした。
「それでは中にどうぞ」
春が近いとはいえまだ冬だ。無事顔合わせが済んだので、応接室に招く。旅の様子などをはきはきと話す少年たちは感じがいいが、さすがにクリスが飽きてそわそわしてきた。あらかじめ打ち合せしていた通り、子どもは子どもで交流を深めようということになった。
「お外とおうちとどっちがいい?」
クリスがそう言いながら嬉しそうにぴょこんと立ち上がった。
「外だな」
「ハリー。幼い子には外の空気はまだ冷たい」
お兄さんのブランに言われて、ハリーははっとした顔をした。
「いいのよ。いつもお外であそんでいるから。さむくなるまえにおうちにはいればいいのよ」
クリスの言葉に私は微笑んで立ち上がった。
「私もついて行きますので、無理はさせませんわ」
大人の話に入るのは面倒だ。いずれそうしなければならないのかもしれないが、今は少しでもクリスと一緒にいたい。
「では私も」
サイラス殿下が立ち上がる。
「いえ、私だけで十分です。子どもの相手など、殿下はお気を使わず、父や母と共にお過ごしくださいませ」
私はそう断ったが、殿下はお父様お母様に目礼すると、私の後をついてきた。ついて来てもいいけれど、クリスを見なければならないのでお相手はいたしませんよ。
護衛も引きつれて、クリスはいつものように、それでもブランとハリーの様子を気にしつつ外に向かう。
「おにごっこに、木のぼり、なにがいいかしら。もちろん、お花がみたければおんしつもあってよ」
花と温室という言葉にお兄さんのブランのほうがピクリとしていたが、弟のハリーは「木のぼり」に引かれたらしい。せっかくおしゃれした服も何のその、私も連れて行かれたばかりの木のところで、二人で一生懸命木登りをしている。私はクリスが十分木登りできることを知っているので、落ち着いて見守ることができた。
自然と、残りの三人で幼い二人を見守るような形になった。
「クリス殿は、その、ずいぶん活発なように思われます」
「ええ、ブラン様。体を動かすのが大好きなのです。でも学問の方も頑張っておりましてよ。ニコラス殿下のお勉強の相手も務めておりますもの」
このお見合いはできれば成功しない方がいい。でも、クリスのことをついつい自慢してしまうのは許してほしい。
「大変残念なことに、ニコラス殿下は視察にお出かけとうかがいました」
「はい。幼いうちに見聞を広めさせたいと、アルバート殿下が北部の視察にお連れになったと」
「まだ三歳だとか。それに、せっかくだからリスバーンとオールバンスの次代にもお会いしたかったのですが」
確かにブランの年回りだと、あの二人はちょうどいいだろう。私よりほんの一つ年下のブランは、私にはあまり興味がないようだ。私は少し気が楽になった。
「レミントンで我慢してくださいませ。よろしければ後で温室をご案内いたしますわ」
「我慢などと」
ブランは慌てて私の方を見て、頬を少し赤くしてすぐに目をそらした。
「はい。よろしければお願い致します。私は植物に興味があるのです」
かわいらしい。ギルとルークに見せてやりたいわ。私は今頃北部に行っているだろう二人を思い浮かべた。普通15歳くらいって、こうじゃないかしら。よく考えたら、ハリーはルークと二歳違いなのね。
「ギルバート殿とルーク殿、そして愛らしい妹君とは、ウェスターでお会いしたことがある」
「殿下! 私は知りませんでした。ウェスターで、ですか?」
今まで影のように静かにしていたサイラス様が、名前を聞いてふと思い出したというように口に出した。ブランが驚いてサイラス殿下のほうを振り返った。
「ウェスターに用事があった際、お三方とも偶然にもいらしていたのだ」
「しかし、ルーク様の妹といえば、まだ幼子ではありませんでしたか」
「二歳になったばかりだ。だが、ニコラス殿下の遊び相手を過不足なく務め、北部の視察にも同行しているという、変わった幼児だぞ」
いくらリアとはいえ、変わった幼児というのは失礼極まりない言い方である。私はルークの代わりに、一言言わねばなるまいとサイラス殿下のほうを向いた。でも待って。
確かに四侯は有名だ。この間二歳のお披露目もした。しかし、リアがニコラス殿下の遊び相手であるということはそれほど広がっていないはずだし、まして過不足なく務めるとか、北部へ同行しているとか、なぜこんなに詳しいのかしら。
「フェリシア殿。私は既に、キングダムの王へのご挨拶は済ませておりますゆえ」
サイラス殿は、私の疑念を感じ取り、その時にいろいろ聞いたのだと暗にほのめかした。ということはクリスのことも知られているのかしら。それならなぜ、ブランは知らないのかしら。サイラスが王族だから?
「さすがアンジェリーク殿の娘御。はかなげに見えて、頭がよく回る」
褒めているようでいてカチンとくるのはなぜだろう。サイラス殿下とは気が合いそうにない。私はその後はブラン様を中心にお話し、サイラス殿下と話すのは儀礼的なものにとどめた。サイラス殿下はそれを片方の口の端を上げて面白そうに見ていたが、失礼というほどではないと思う。
その後温室に案内し、クリスとハリーが飽きた頃を見計らってお母様とお父様のところに戻った。
「おかあさま! たのしかったわ!」
ニコとリアがおらず退屈な思いをしていたクリスは、見合いがどうということではなく、久しぶりに思い切り遊べて本当に楽しそうだった。
「それはよかったわ。少しお茶を飲んで休みましょうか」
そう言ってお母様は私の方を見た。何だろう。
「クリスはとてもお利口にしていましたし、ハリー様もブラン様も素晴らしい方ですのね」
一応付き添いとして、見たことはきちんと伝えておこう。
「そう。それはよかったわ。それでフェリシア」
あなたは? というように首を傾げた。私? 私は付き添いで。私は。
私ははっとしてサイラス殿下のほうを見た。ハリーやブラン、お父様と話していた殿下は、すぐ私に気が付いてこちらを見、口の端を上げた。
あきれた。あれがもしかしたらサイラス殿下の微笑みなのかしら。
なんとなく苛立った私は、お母様を見、そしてその期待するような目を見て初めて気が付いた。
私。
私なのね。
お母様は、クリスを隠れ蓑にして、私とサイラス殿下を会わせたかったのだ。




