お友だちでいい
私はどう話したらいいか悩んだ。
「お見合いはね、キングダムが受け入れた以上、しなくてはいけないの。でも、お見合いの相手を、必ず旦那様にしなくちゃいけないことはないのよ」
「そうなの?」
クリスはかわいらしく首を傾げた。
「クリスはどんな人だったら旦那様にしたい?」
「お父さまみたいな人!」
「私もよ」
お父様は優しい人なのだ。レミントンは国内外の農作物の取引もしているから、お父様は視察で忙しく、お屋敷にいないことも多いのが寂しい。
「でも、お相手がお父様みたいじゃなかったら?」
「それはいや」
「ね?」
クリスはわかったという顔をした。もう一つ、難しいことを話さなくてはならない。私はふうと大きな息を吐いた。
お母様はクリスには冷たい。というより、あまり興味がない。それをクリスもわかっていて、お母様にかまってほしくてわがままになっていた。そして今度は、お母様の言うことを聞くいい子になれば好きになってくれるかもしれないと思っている。
多分無理だ。何をしても、お母様の興味がクリスに向くことはない。
どうしてそんな冷たいことを言うのかって。
私は、かすむ温室の窓の向こう側を眺めた。
クリスだけではない。お母様は私にも興味はないから。クリスが経験してきたことは、私の経験してきたことだから。
せめてお母様が満足して、いい子ねと言ってもらうためだけに、どれだけ努力をしたことだろう。跡継ぎだから、必要な機会には一緒にいてくれる。でも、どんなに頑張ってもそれ以上ではないと、お母様の中には子どもに対する興味はないのだと本当に分かったのはクリスが生まれた時だ。
ただでさえ少ないお母様の愛情を小さい赤ちゃんが奪うに違いないと、生まれてくる妹を憎んでいた私は、その憎しみを忘れるほど愛らしい赤ちゃんに、ほとんど興味も示さないお母様に愕然とした。
あまりにも愛らしいクリスと、この赤ちゃんが私からお母様を奪うことはないのだという安心感から、私はクリスをかわいがることができた。けれど、子どもはやっぱり親の愛情が欲しい。求めては振り払われ、私ほどいい子ではなかったクリスがもがくのを見て、自分とすっかり同じだと驚いた。自分も愛されていたわけではないとだんだんと心が冷えていったのを覚えている。
だから、お母様の役に立とうとしても無駄なのだ。
役に立っても、愛情をもらえるわけではないのだから。
「でも、せっかく会いにきてくれるのでしょ」
クリスの楽しそうな言葉に、私ははっと我に返った。
「そうね」
「それなら、ニコやリアのように、おともだちになれるかもしれないわね」
「旦那さんじゃなくて?」
「そう」
お母様の愛はどうせ得られやしないのだと、そんなことを説明できるわけがない。無理に旦那様にしなくていいのだと、友達でいいのだとクリスが思えるのなら、それでいいと私は思う。
「そうか、親善だと思えばいいのね」
「しんぜん?」
「国同士が仲良くするお手伝いってこと。クリスの言う通り、お友だちになれたらいいなってことよ」
「それならなんとかなるかしら。こんどはさいしょにくりしゅちんって言われても、おこらないようにするわ」
私はリアとクリスとの出会いを思い出して、くすくすと笑った。フェリシア様も声を出して笑うのですねと、こないだメイドに言われてハッとしたのを思い出す。クリスが楽しく過ごしているおかげで、私までなんだか楽しいのだ。
「きっとお相手は年上よ?」
「じゃあ、ギルやルークのようにだっこしてくれるかしら」
「まあ、あの二人、そんなことをしていたの?」
「だってリアもニコも抱っこしてもらっているから」
それなら私もって思って、とクリスが続けた。ずるいわ。私だってクリスを抱っこしたいのに。
「なら私だって。クリス、お膝にいらっしゃい」
「いいの?」
私は隣に座っていたクリスを膝に抱き上げた。
「よいしょっと。あら、クリス。けっこう重いわ」
私が小さいせいか、クリスが重く感じた。ルークなど私より年下なのに、クリスを抱えて平気なのかしら。
「ねえさま、失礼ではなくて? ギルなんて、クリスは羽のように軽いぞって言うのに」
「まあ、ギルが?」
どうもあの人は軽い所があって苦手だ。それでも、そんなふうに気軽に話せる人がいてうらやましい。でも、これだけは言っておかないと
「あのね、クリス。姉さまのこと、好き?」
「大好きよ!」
「それは、姉さまがクリスの役に立っているから?」
「ちがうわ」
クリスは不思議そうな顔で私を見上げた。
「ただ好きなの。リアもそうよ。ニコも」
私はクリスをぎゅっと抱きしめた。
「そうでしょ? だからね、クリス。誰かの役に立とうとしなくていいの。姉さまはね、無理しているクリスじゃなくて、楽しくて笑っているクリスが好きよ」
「そうなの? じゃあ、おべんきょうはしなくても」
「それはやらなくちゃダメ」
私とクリスの笑い声が温室に響く。あまり考えすぎても仕方がないのかもしれない、なるようになると、少し気持ちを和らげることができたのだった。
そして数日後、レミントンの屋敷にイースターからの客人を招くという形で、お見合いの席が設けられた。




