王都では(フェリシア視点)
少し王都編になります。
「ねえさま、つまらないわ」
「クリス、そんなふうに言うものではないわ。でも」
夕食後、私の部屋に来てソファに座り、足をぶらぶらさせて口を尖らせているクリスを一応たしなめたが、その気持ちはわかる気がした。
「そうよねえ、つまらないわよね」
「ねえさま」
クリスの隣に座ってそっと腰に手を回すと、クリスもしがみついてきた。
たった一か月前はクリスもこんな暮らしだった。私が学院に行ったり、お母様と一緒に王城に行ったりしている間、屋敷でなんとか一人で過ごしていたはずだ。でも、ニコラス殿下の遊び相手の一人として城に行くようになってからは、毎日楽しそうで。
せめて夜だけでもと思い、夕食後のひととき、こうやって一緒に過ごすようにはしていたが、不満だらけの毎日とは打って変わって、毎日何をしたか楽しく話してくれるようになっていたというのに。
「殿下やリアがいない間も、お勉強はしているのよね」
「しているけど、おしろとおなじことをしていてもどうしてだかつまらないの」
私だって四侯の跡取りとして、五歳にはきちんと家庭教師をつけてもらって勉強していた。つまらないこともあったけれど、やらなくてはいけないこととしてまじめに取り組んでいたと思う。クリスは跡取りではないから、それほどしっかり学ぶ必要はないのだけれど、だからと言ってさぼっていてよいということにはならない。
以前のクリスはさぼってばかりだったが、最近はきちんと勉強しているのはえらい。でもそれを面白く思うことまでは強制はできないだろう。
「少なくとも、明日は私はお休みだから、一緒に遊べるわね」
「ほんと? ねえさま、木のぼりをしましょうよ」
「木のぼりだなんて! まあ、姉さまは見ているわ」
クリスはソファの上で、座ったまま嬉しそうに上下に弾んだ。
もちろん行儀が悪いことなのだが、かわいくて思わず笑ってしまった。殿下のもとでリアと遊ぶ、いえ、勉強するようになってから、こうして子どもらしいしぐさが出てきて本当にわが妹ながらかわいらしい。本当なら行儀が悪いとたしなめるべきなんだろうが、まあいい。
それにしても。
私はクリスとおしゃべりしながら、見合いの件を話すべきかどうか悩んでいる。本来なら私の婚約が決まりもしないのに、妹の婚約を決めるべきではないし、そもそもがクリスは幼すぎる。形だけと言っても、これからのクリスの交流の妨げともなりかねない。
かといって、私が代わりに受けるわけにもいかないし、お母様は何を考えているのだろう。
本来なら当主であるお母様がきちんと説明すべきことだ。けれども、あのお母様がクリスにちゃんと話すかどうか。将来の旦那様を決めるから、お行儀よくするのですよくらいしか言わないのではないか。それなら私から、クリスに言って覚悟を持たせておくべきではないか。
もう見合いは五日後に迫っている。悩んだ私は、ほんの少し先延ばしして、明日遊んでいる時に話すことにした。
「ねえさま!」
「ああ、危ない!」
「あぶなくないわ。こうしてね、手をはなしても」
「ああ、手を離さないで!」
「もう一つの手と、足が二つともしっかりくっついていればだいじょうぶなの。リアがそうおしえてくれたわ」
そう言いながら着実に木を登っていくクリスは、貴族の子女とは思えない。確かに木登りは許可したし、いつもクリスにつけている侍女も、まったく気にしていないということは、このくらいの木登りはいつもしているということなのだろう。
「でもね、リア、じぶんではのぼれないのよ。のぼれましゅ、っていってるけど、けっきょくハンスやギルにささえてもらうの。それなのにまるでじぶんがのぼったみたいにおおよろこびで」
大きな枝に座って落ち着いたクリスがそう言って笑う。ハンスとは、リアについている護衛のことだろう。周りの者のことなど気にかけもしなかったクリスが、人の護衛の名前まで覚えるなんて。それに、今までならそんなリアを馬鹿にしていただろうに、リアが喜んでいると楽しいのだという気持ちが伝わってくる。
城に行かせて良かった。
「あのね、クリス。姉さまね、少しお話ししたいことがあるの」
「なあに?」
「お茶を飲みながら話しましょうか」
レミントンにも温室はある。私は温室にお茶を用意するよう指示を出すと、喜んで木から下りてきたクリスと手をつないだ。
「リアはじぶんでは下りれないのよ?」
という話を聞きながら。
お茶よりもおやつに夢中なクリス。
「クリス、知ってるかしら。今度イースターから貴族の方がやってくるって」
知っているわけがない。そもそもイースターですら知らないだろう。
「知ってるわ。わたしがおみあいをするのでしょ」
「クリス! なぜそれを……」
「メイドたちが言っていたわ。まだクリスさまは五さいなのに、おみあいだなんてって。よんこうにへんきょうの、えっと、へんきょうのちがまじることになるのよって」
「まあ」
私の向けた視線に、お付きのメイドたちは青い顔で首を振る。おそらくは直属でないものの噂話か。レミントンも質が落ちたものだと思う。
「どうせメイドたちに聞いてもこたえてくれないから、りゅうのうまやのじいやにきいてみたの。おみあいってなにって」
「まあ、クリスったら」
「おじょうさまもそんなとしごろですかなって、そんなわけないのだけど、ちゃんと教えてくれたわ。しょうらいのだんなさまをきめるんですって」
私は何を言っていいのかわからなくなった。でも、驚きはそれだけではなかった。
「おあいてはイースターのひとなんですって。わたしね、おしろのべんきょうのじかんに、ちりもならっているのよ。せっかくリアがウェスターに行ったことがあるのだから、このさいキングダムのまわりのくにのこともまなびましょうって。オッズせんせいがそうおっしゃったの」
「クリス……」
私が考えていたより、クリスはずっと賢く育っていた。わがままに隠れて見えなかったけれど、いつの間にこんなに注意深く物事を見るようになったのだろう。
「いろいろかんがえることはあるの。ねえさまでさえ、まだだんなさまはきまっていないのよね?」
「ええ、まだよ」
「なぜわたしなのかしらって。おうぞくとしてのぎむ、よんこうとしてのぎむはおしろでときどき聞かされるわ。でもリアは、てきとうに聞いてて『りあもくりしゅも、おまけみたいなものでしゅ。しゅきにちていい』って言うのよ」
クリスはくすりと笑った。
「でもねえ、おまけの子どもでも、お母さまのやくにたつのなら、それでもいいのかなって、そうおもうの」
そう話すクリスの目は、いつもお母様を寂しそうに見ている目そのままだった。




