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転生幼女はあきらめない  作者: カヤ
キングダム編

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大人は知らない

「リア様、いったいどうしたんですか。さあ、テントに、え?」


 最初に気が付いたのはハンスだった。私の様子がおかしいのに気づき、そして、私が何を見ているのか振り返ってみてくれた。


「ニコ殿下!」


 その声にニコは、魚に伸ばした手を一瞬引っ込めたが、また手を伸ばした。よほど昨日の魚つかみが面白かったのだろう。


 ハンスの声に気づいた他の者が、緩慢に動き出そうとする頃、ハンスはもう走り出していた。しかし、ほんの数メートルの距離でも、ニコの手が魚に届く方が早い。


 ニコまでおよそ3メートル。私は一瞬で自分の内側に意識を向けた。


「リア!」


 警告する兄さまの声にかまわず、私の魔力を結界へと変質させる。ぱーん、と結界が広がった。


 その結界はニコが触ろうとしていた魚を遠くへとはじいた。と同時に、ハンスがニコを抱え、結界箱の結界の中に引き戻す。その様子をすべて確認した私は、すっと結界を解いた。


「殿下! あれは虚族なんです! 魚の姿を映した!」


 ハンスは安全なところまでニコを運ぶと、そっとニコを地面に降ろし、かがみこんでニコの両腕をしっかりつかんだ。


「きょぞく、だと。しかし、きのうみたさかなそのままであった」

「いいですか、さっきちゃんと見たでしょう。虚族は人の姿もしているが、ネズミでも鳥でもその姿を映す。もちろん、魚でもです」

「さかなでも」


 ニコはハンスの言葉を繰り返すと、何のことかわからずきょとんとしていたが、はっと何かに気づいたように体を固くした。


「さかなのきょぞく。さわったら、いのちをすわれていたのか」

「そのとおりです。間に合ってほんとによかった」


 ハンスはニコの腕をつかんでいた両手を緩めると、そのまま安心させるようにぽんぽんと優しく叩いた。


「ニコ!」


 そこにやっと動けるようになったアルバート殿下が走って来た。どうしていいかわからず立ちすくむアル殿下にニコが手を伸ばす。


 そのニコを抱え上げると、アル殿下はニコをぎゅっと抱きしめた。


「ニコ! 何が起きたかと思ったぞ!」

「おじうえ。すまぬ。さかなをつかまえられそうだったから、つい」

「つい、ではない! 虚族には油断するなとあれほど言ったではないか!」


 言ったとて理解できるものではない。賢いニコのことだから、もしかしたら理解していたのかもしれないが、面白い物があったら、そんな注意などどこかに吹っ飛ぶのが正しい3歳児だろう。もうすぐ4歳であろうとなかろうとも。


「すまぬ、すまぬ」


 繰り返すニコはよく見るとカタカタと震えている。命の危険にはピンとこないとは思うが、急に大人につかまれて連れ戻され、大きな声で怒鳴られたらそれはショックを受けるだろう。


 私はニコとアル殿下の側に歩み寄った。ほんの数歩のところだ。そしてアル殿下の腿をパンパンと強く叩いた。


 なぜ腿かって? そこしか手が届かないからだ。


「これからは、な、なんだ」


 アル殿下はびくっとして下を見た。もちろん、愛らしい幼児が見上げている。


「ニコ、ねりゅじかん」

「何を言っているのだ」

「ニコ、リアも、あったかくちて、ねりゅ」

「ねる? しかし」


 動揺しているのはアルバート殿下も同じらしい。私の言っていることが頭に入っていかないようだ。


「あるでんか。にこ、みて」

「ニコはここに」


 アル殿下は腕の中の震えるニコを見てはっとした。


「ニコ! おい、誰か!」


 誰かじゃないでしょ、まったく。


「はんす、もうふとあったかいのみもの」

「わかりました」


 ハンスがすぐ指示を出し、簡易の調理セットでお茶を入れさせる。


「あまくちて」

「リア様」

「あまいのだいじ」


 自分が甘いのが飲みたいだけではないのかというハンスの疑いの目を振り切り、ニコ用に甘いお茶を作ってもらう。もちろん、私の分もだ。それを少し冷たい水で薄めて、ふうふうすればすぐ飲めるくらいにしてもらう。


「にこ、のんで」

「リア」


 毛布に巻かれてアル殿下に抱かれているニコに、お茶のカップを渡す。まだ震える手を、アル殿下がぎこちなく支える。


「あったかい」

「あまいでしゅ」

「あまいな」


 私は上着のポケットから紙に包んだおやつを取り出した。ナタリーに用意してもらった非常食だ。それをねじねじとほどいていく。なかにはカステラのようなケーキが入っている。私はそれを二つに割って、一つをニコに渡した。


「うむ。ありがたい」

「リア、それは」


 アル殿下が私の方を見るので、私は残ったケーキを渋々半分にした。


「ちかたがないでしゅね。あい」

「な、私は」

「おじうえ、おいしいぞ」

「……いただこう」


 甘いお茶とケーキはおいしい。食べ終わるころには、ニコはうとうとしていた。珍しい。


「リア」

「あい」


 側で待っていてくれた兄さまに手を引かれて立ち上がる。


「おやしゅみなしゃい」

「ああ。良い夢を」


 私も兄様に連れられて小さいテントに入った。ギルが毛布を用意して待っていてくれた。


「最初はギルと休んでください。ギルと私は交代で虚族を見張ります」

「あい。にいしゃま、きをちゅけて」


 兄さまは苦笑いしてテントの外に出て行った。すぐにギルが毛布で私をくるんで、隣に横になってくれた。


「リア、やっちまったな」

「ちかたなかった」

「そうだな。でもよくやった」


 そう言うと、毛布の上からとんとんと叩いてくれた。珍しくさえていた私の目も、あっという間に閉じた。さんざんな日だったなあと思いつつ。


 夜寝たら次の日だったのはいつものことである。急いで飛び起きてニコを見に行ったが、ニコは元気そうだった。


「おはよう。リア」

「おはよう、にこ」


 私が起きるとすぐにテントは片付けられ、ご飯を食べさせられるとあっという間に撤収となった。こんな島はすぐにおさらばするのがいい。私は島を離れる船の上で、腕を組んでふむと頷いた。


「なにをしているのだ」


 ニコが立ち上がると護衛が数人はっと腰を上げた。昨日のことがよほど響いているか、アル殿下に相当怒られたかどちらかだろう。


「ちまをみてまちた」

「れんごくとうか。おそろしいところであった」


 ニコも私の隣で腕を組んで島を見た。


「ブッフォ」


 平常運転で何よりである、ハンス。警戒過剰なニコの護衛に見習わせたいものだ。


「きんぐだむのそとのものは、あのおそろしさをまいにちかんじているのだろうか」

「にこ、ちがいましゅ」

「ちがう?」


 私はニコのほうを見た。船の残りの者が、聞き耳を立てているのが見えた。もう。


「きょぞく、やまのしょば。まち、しょんなにこないでしゅ」

「よるに、いつもいるものではないのか」


 私は首を横に振った。


「いるとこ、いないとこ、ありゅ。いえのなか、きょぞく、はいりぇない」

「いえにいればあんぜんなのか!」

「特殊な素材を入り口に使っていると聞きます。ローダライトの剣と同じ素材を」


 難しい所は兄さまが足してくれた。


「うぇしゅたー、たのちいところ。あしゃはやくおきて、よるまえにいえにかえりゅ」

「そうか。そうすればきょぞくにはあわないのか」

「あい」


 周りの人も感心して聞いていた。トレントフォースは結界の恩恵はあったけれど、夜はやはり外に出る人はほとんどいなかった。もしかしたら、国境付近では不公平感は大きいのかもしれない。しかし、私の通った沿岸部や草原の町は、虚族におびえて暮らしてはいなかった。


「これほどおとながいても、ちょくせつみてきたリアのほうがよくものをしっているのだな」


 ニコ、それは言っちゃダメなやつ。さすがにこのニコの言葉に笑いをこぼす大人はいなかったのだった。



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