人の姿を映すもの
レディの部屋に夜に訪れるとはいかがなものか、という付き人が一人くらいいてもいいのではないか。しかし残念ながら私は幼児でまだレディではないので、誰も指摘してくれなかった。
「にこ、どうちたの」
「うむ。ききたいことがある」
私たちの部屋も、今回は居間付きの広い部屋だ。私はニコをソファに誘った。
「普通にテーブルのところに座ればいいんじゃないですかね、いちいちソファによじ登らないで」
ハンスがあきれたように言うが、ソファが好きなのだから、別によいではないか。そもそもソファが高すぎるのが問題かもしれない。ニコの隣に腰を落ち着けて、私はふむと首を傾げた。ここはおもてなしが大切なのではないか。
「なたりー、おやちゅ」
「リーリア様、この時間からおやつをいただいては、朝に食欲が落ちてしまいます」
「むー」
せっかくだからおやつを食べようと思ったら、ナタリーにやんわりとお断りされた。おとといの夜のおやつは例外だったらしい。
「リア、よい。きょうはおなかがいっぱいだ」
ニコはお腹をさすさすとこすってみている。
「おなかがすいていることがわかったからこそ、おなかがいっぱいだということもわかるぞ」
「ふむ」
私もお腹をさすさすとこすってみた。
「まだはいるようなきがしゅる」
「ブッフォ」
「リア様、気のせいです」
すかさずナタリーに止められた。まあ、気のせいだろうと自分でも思った。だが、言ってみて損はない。しかし、このナタリーの有能さとハンスの無能さの違いときたら。あきれていたら、ニコが話し始めた。
「リアがいっさいになってからずっと、いつしろにくるかとたのしみにしていた」
急に昔話で驚いたが、私もそのころのことを思いだしてみた。
「いっしゃい。りあ、おうちにいまちた」
「なかなかこないとおもったら、あるひちちうえがまじめなかおでいった。リアはこないかもしれないと」
「りあ、しょのときは、うぇしゅたーにいまちた」
「うむ」
ニコは重々しく頷いた。
「そのとき、わたしもまだにさいであった。くわしいはなしをきいたのは、リアがくるほんのすこしまえのことだ」
「そうでしゅか」
「さらわれて、ハンターにたすけられて、ウェスターのりょうとからかえってきたと」
「あい」
ぜんぜん詳しくないではないか。しかし要点を押さえてはいたので、私は素直に頷いた。ニコは隣の私の方に体ごと顔を向けた。
「リア、もしかしてウェスターで、きょぞくをみたのか」
ニコのいつも真剣な黄色の瞳。それは一番最初に、あの悪いやつを思い出させたけれど、中身が違うとこんなに違うのかというくらいニコの瞳はきれいだ。私がどう答えようかと迷っていると、ニコの手がふと私のほっぺに伸びた。
「こうしてよくみるとリアのむらさきのめはきれいだな」
「ぐはっ」
あの悪いやつも私の目を紫だと言った。しかしニコの言葉は、純粋にきれいなものをたたえる言葉で、ぜんぜん違った。それと、今噴き出したやつは確実に減給だと思う。
「にこもきれいでしゅ」
「そうか。こんどかがみでみてみよう」
ちょっと話がずれてしまったが、聞かれたことには答えないと。
「りあ、きょぞく、みまちた」
「やはりそうなのか」
ニコがわかっていたというように頷き、部屋の他のものは思わず息を呑んだ。ナタリーとハンスは冷静だが、それでも一瞬目をつぶったのを私は見逃さなかった。お父様は詳しいことは話していなかったのだろう。
「りあをたしゅけたひとたち、はんたーでちた」
「ハンター。きょぞくをかるものたち」
「そうでしゅ。よる、いちゅもいっしょにかりにいきまちた」
今度こそ完全に沈黙が落ちた。偶然見たことがある程度に思っていたのだろう。
「お嬢様、まさか」
ナタリーが驚きすぎて、リア様ではなくお嬢様に戻っている。
「辺境は結界がないはず。虚族を狩っている間、リア様は一体どのように過ごしていたんですか」
「りあ、けっかいばこのちごと。けっかいのなかにいまちた」
「結界箱。本当にあるのか……」
ハンスが顎に手を当ててなにか考えている。ハンスでも辺境に出たことはなかったのか。
「俺は元護衛隊だから、立場上も辺境の外に出たことはないんですよ」
私は驚いてハンスを見た。護衛隊だったとは知らなかった。
「ぐれいしぇすとおなじ」
「グレイセスは元部下ですよ」
それで連携がとれていたのかと思う。
「リア、いつまでもそのすがたがのこる、とはどういうことだ」
「にこ、しょれは」
よく聞いていたと思う。なんと説明したものだろうか。
「うぇしゅたーで、おとうしゃま、きょぞくにやられたこども、いまちた」
「おとうさま」
「そうでしゅ。きょぞく、しょの、おとうしゃまのしゅがた、ちてた」
ノアのことだ。
「こども、おとうしゃま、てをのばちた。けど、はんたー、きりしゅてまちた」
「おとうさまのすがたをしたものを、きりすてた……」
「こども、きょぞく、しゃわったら、いのちしゅわれてた」
「それはそうであろう」
当たり前だというニコに、私は首を横に振った。
「こども、おこりまちた。なぜ、とうしゃまをきった、って」
「リア様、虚族は切ると魔石に変わるはずです。その様子を子どもも見ていたのでしょう」
ハンスが大切なことを問いかけてくれた。
「あい。でも、だめでちた。こころが」
私は自分の胸を押さえた。
「たぶん、こころが、しょれを、だめだといいまちた」
「こころ」
ニコがお腹を押さえた。
「しょれはおなか。こころはこっち」
「こっちか」
「たのちい、くるちい、かなちいところ」
二人で胸を押さえてみる。
「おかあしゃま、おとうしゃま、にいしゃま、だいしゅきとおもうところ」
「だいすきなひとが、いなくなったら、ここがくるしい」
「あい。わかっていても、ちゅらい」
私もニコも、胸を押さえて黙っていた。
「リア、かんしゃする。はなしてくれて」
感謝することでもない。知っていることを話しただけだ。しかし、次の日に、やっぱり話さなければよかったと思ったのだった。
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