煉獄島
今日「転生幼女」2巻発売日です!
「さすが四侯というべきなのでしょうな」
その声に私たちははっとし、同時に体が動くようになった。
「これは申し訳ありません。すぐに挨拶すべきところ、夜の湖に見入ってしまいました」
兄さまは私を抱え上げると振り返り、もっともらしい理由をつけてまず謝罪した。声をかけてきた人の隣にはくつろいだ顔のおじいさまと、少し焦った顔のギルがいた。つまり、このおじいさまと同年代の人がコールター伯爵なのだろう。
そこに部屋に案内されようとしていたニコが、やはり気になるという顔をしてこちらに急ぎ足でやってきた。
「ルークもか。きのうはなんともなかったが、きょうはやけにみずうみにめがいってしまう。なぜだろう」
「殿下、それは」
兄さまもなんと説明してよいかわからないようだった。説明するためには、前提からいろいろなことを話さなくてはいけないし、それは皆の前で大っぴらにする話でもなかったからだ。
「コールター、この二人が私の大切な孫である、オールバンスのルークとリーリアだ」
そこにうまいことおじいさまが紹介を挟んでくれた。
「ルーク・オールバンスと」
「りーりあ・おーるばんすでしゅ」
そう挨拶すると、コールター伯は、少しいかつい顔をほころばせた。
「ギルバート・リスバーン殿とルーク・オールバンス殿。ウェスターとの交渉の立役者二人をお迎え出来て光栄ですぞ。それにリーリア殿」
「あい」
「無事に帰ってこられて、ようございましたな」
「あい。ありがと」
こんな風に言われたのは初めてのことだ。兄さまたちも背筋が伸びている。コールター伯は、集まった私たち四人を優しい目で見ると、その目を湖に向けた。
「もうその役割がなくなってだいぶたつが、このコールターはそもそも断罪の地。ミルス湖の中央に浮かぶ島は、煉獄島と呼ばれております。なぜそう呼ばれるかは、明日明るくなってから話しましょう。まずは旅の疲れを癒してはどうですかな。おいしいご飯もできておりますぞ」
おいしいご飯だ! 気になる言葉もあったが、それは後でいいだろう。
「おしゃかな!」
「リーリア殿はお魚がお好きですか。魚料理があるかどうか見に行きましょうな」
「あい!」
私は兄さまから降ろしてもらうと、おじいさまとコールター伯に手をつながれて屋敷に向かった。
「ニコ殿下、私にもよくわかっていないのです。後で、そう、明日にでも、コールター伯にちゃんと話を聞きましょう」
「うむ。そうだな」
「では、私たちも行きましょうか」
そしてなんとなく悔しそうなアルバート殿下の横を、ギルと兄さまと手をつないだニコも屋敷に向かった。いつも授業と称した遊びで一緒だから、慣れているのだ。
どんなに相手を大切に思っていても、最初の頃のお父様や兄さまのように行動に出せないでいると、それは伝わらないものである。
というか、自分がつまらないではないかと私は思うのである。そんなにニコが大切なら、旅の間に触れ合えるようになるといいのだがと思う私であった。少なくとも、ニコのほうはアルバート殿下が大好きなのを隠してはいないのだから。
到着したのが遅かったせいもあって、その日はすぐ夕ご飯になった。伯爵というだけあって、昨日の貴族の屋敷より数倍は大きいのではないか。夜のことでよくわからなかったが、古い建物らしく、壁が厚く怖い感じもしたが、手入れもよくされていて居心地はよい感じだった。
数日滞在するからという理由もあるかもしれないが、夕食が終わったら、私とニコはすぐに、そして兄さまたちも比較的早く解放され、すぐに部屋に戻ることができた。
「にこ、きょうはごはんたべてまちた」
だから今日は夜食を用意しなくてよいのだと言うと、兄さまとギルは苦笑した。
「リアはほんとによく見ていますねえ」
「くいしんぼは見るところが違うな」
「ごはん、だいじ」
食べることは大事なのである。自分の分は、「ほしい」と言えば済むが、他の人のことまで口出しするのは難しい。昨日のようなことがあると、警戒心も強くなるではないか。
「そもそも問題がなくても見ているから、昨日のように気が付くんだろ。それがリアのいい所だってわかってるからさ。くいしんぼだけどな」
ギルが私の頭でぽんぽんと手を弾ませた。ギルだってくいしんぼではないか。
せっかく視察と勉強という名目でニコを連れて来たので、明日と明後日ここに滞在し、コールターの産業を見たり、湖に船で出たりするのだそうだ。アルバート殿下もコールターは初めてとのこと。
「みじゅうみ、べっそうありゅ」
普通王都から竜車で一日の場所に湖があったら、離宮とか別荘とかがあって、夏は避暑に来るものではないのか。しかし、何を言っているのかわからないという顔をしている二人のために、私は言い直した。
「なちゅに、みじゅうみくりゅ。みじゅ、ちゅめたい」
「確かに、夏の暑い時期に湖に足を浸したら気持ちいいだろうな」
ギルが頷いている。
「私は別の意味で涼しいです。この湖はぞわぞわする。おじいさまはなにか知っているのでしょうか」
やっぱり腕をこする兄さまに、ギルは首を傾げた。
「ものすごく注意すればなんとなく感じるものはあるけれど、よくわからん。それに、キングダムの歴史や地理を学院で学んだ時も、コールターについては湖以外の特徴はなかったと思う」
学校でも学ばないなら、大したことではないのだろうか。いずれにせよ、明日コールター伯は説明すると言ってくれた。それなら明日を待つしかないだろう。
次の日、私はわくわくしながら屋敷の外に出た。朝ご飯はもちろん済ませてある。
「コールターと言えばミルス湖。何より湖に行かねば話になりませんな?」
「うむ!」
「あい!」
いたずらっぽく微笑むコールター伯は輝いて見えた。少なくとも私とニコの心をわしづかみにしたと思う。
何かの気配でざわざわしたとしても、それが何だというのだ。ウェスターではそれが日常であった私には、あまり関係がないのだった。
屋敷からすぐのところに桟橋があって、その桟橋を覆うように大きな建物がある。そこには屋根付きの大きな船があった。といっても、屋形船を少し大きくしたような形で、真ん中にテーブルと座るところがあるだけのものだ。何人ものこぎ手が乗り込んでいる。
「本当は小さい釣り船がいいのでしょうが、湖に落ちたら危ないですからな」
どんな船でも大丈夫。私は意気揚々と乗り込んだ。
冬も終わりとはいえ、湖をわたる風はまだまだ冷たい。マフラーやいろいろなものでぐるぐる巻きにされた私は、それでも船の先頭にしっかり立っている。
「まったく、落ちないで下さいよ」
「ひとことおおいでしゅ」
もっとも、ハンスが後ろで腰を抱えているのは内緒である。船はまずぐいぐいと中央に向かった。途中で釣り船が見えたら手を振る。隣でニコも手を振る。するとみんな手を振り返してくれる。
「むこうもてをふってくれるぞ!」
「思わず手を振り返したくなるでしょうなあ」
海ではないから、舟もそう大きくは揺れないが、多少の揺れや景色の変化を楽しんでいると、やがて釣り船はいなくなり、どの方向を見ても向こう岸がかすかに見えるだけになった。
いや、一方向だけは違う。私たちは、小さな島に近付いていたのだった。
「転生幼女」2巻今日発売日なのですが、休日のため、13日に発売されたところも多いようです。16日の所もあると思うので、よき日に手に入れてくれるといいなと思います。
「いっぺんに通して読むのは最高」と、献本を先に読んだ家族が言ってくれました。そんなふうに本の形で出せることを、読者の皆さんに感謝いたします……!ありがとうございます!




