思いがけない提案
「それだけではない。イースター側も相手は貴族だが、勉強のために王族を一人つけると言うことで、なんとも断りづらいことになってしまってな」
「それはまた珍しい」
辺境三国から王族や貴族が来ることは何も禁じられていないので、旅行と称して遊びに来ることはある。だとしても王族が来ることは珍しいのだ。
「そしてそれは第三王子だという」
「なんだと」
私は思わず立ち上がった。
真偽のほどはわからない。しかし、イースターの第三王子はリアを辺境で襲ったという犯人だとリアはそう言っていた。それは幼児の話に過ぎないとはいえ、王家にはきちんと報告していた。
「そなたの報告によると、イースターの第三王子はウェスターの城にも平然と顔を出したという。もし、リアを襲撃した犯人であれば、そんなことはできないはずだというのが正直なところだ。ましてキングダムに顔を出すことなどできまい」
私もこのことは悩んできた。独自に第三王子の噂を調べてみても、そういったことを裏付ける事柄は出てこない。正妃の子どもではないが、王家の瞳を持つため第三王子として認められていること、キングダムの第二王子アルバート殿下と同じく、あちこちに視察に派遣されていること。
それだけを見てみれば、視察と称してウェスターやキングダムに出入りすることは可能だし、口裏を合わせれば、何をやっているのかを隠し通すこともできるだろう。
しかし、それをやって本人に何のメリットがあるのか。また、個人ではなく、国がやらせていることだとしたら、イースターはいったい何がしたいのか。リアをさらう、あるいは亡き者にすることの意味がわからないのだ。
「直接会ってみたいとは思わぬか。リアの言っていることが本当かどうか確かめる好機だと思うのだ。少なくとも、どのようなひととなりなのかこの目で確かめられるのだぞ」
「確かに。確かにそうですな」
ランバート殿下がリアと気さくに呼ぶのに若干苛立ったものの、他国の王族のことゆえ、ほとんど調査できなかった相手が自分から来てくれるというのだ。これは好機だ。
「しかし、リアはイースターの王子がいることに心穏やかではなかろう。いや、そなた自身が会わせたくなかろう。そこでだ」
殿下は意味ありげにアルバート殿下を見た。
「私は第二王子ということで、比較的自由に国内を回ることができた。その結果得たものは大きいし、機会があるなら、王族でももっとキングダムの中を見て回るべきだと思った」
王族とはいえ、現王、ランバート殿下は王都を動けない。ということは。
「まさか、ニコラス殿下ですか」
「その通りだ」
アルバート殿下が頷いた。
「しかしニコラス殿下はまだ三歳、いくら賢いお子とはいえ、視察に連れて行ったとしても、幼すぎて教育にもならないでしょう。監理局ではないが、安全のことを考えると、次代の要を連れて行くなど無謀とも思われますが」
私は冷静に指摘した。
「しかしなあ、私は好機だと思うのだ。今までキングダムどころか、王都すら出ようと考えもしなかった四侯が外に動き始めた。監理局はなし崩しに許可を出さざるを得ない状況になっている。それに、アルバートもあちこち動いているしな。今までなら王族はほとんど王都を出なかったはずだ」
好機と言い出したのはランバート殿下だ。
「ニコは確実に次代の王になる。つまり、早々に自由に動けなくなるということだ」
代々の王がそうだった。四侯以上に動けないのは確かである。
「だから、今回、ニコを研修の目的でアルバートについて行かせようと思う。ファーランド側がごり押しした見合いだ。ニコの身を必死で守るだろうよ」
やっと本題に戻ってきた。しかし、それがオールバンスに何の関係があるというのだ。
「そこで、教育係として、ギルバート・リスバーンとルーク・オールバンスを同行させたい」
「ルークを」
これは意外なところに話が来た。
「ついでに、ニコの学友ということでリアも付いて行けば、少なくとも、イースターの第三王子に会う可能性はなくなるだろう」
そう来たか。学友という響きにうっかり笑いそうになったのは仕方ないとして、私は腕を組んで考えてみた。
ルークにもイースターの第三王子の話は聞いている。はっきりと言葉にはできないが、ルークにもなにがしかの執着を感じたという。いずれかの王族が来たら、四侯として、ルークも必ず会わなくてはいけない立場だ。二人を会わせてそのようすをしっかり観察したいという気持ちもある。
しかし、リアには会わせたいとは思わない。幼児だからと公的な場に出さなければいいのだが、やはり距離があれば安心ではある。しばらくの間、リアとルークとは離れることにはなるが、どうしたものか。
随分考え込んでしまっていたようだ。殿下の一言で我に返った。
「それほど子どもらと離れたくないのか」
「離れていた期間が長すぎましたので」
「ディーンよ」
私ははっとした。殿下方に気を取られていて義父のことを忘れていたからだ。
「アルバート殿下だけなら、通常の付き人、護衛に我ら一行で構わないでしょうが、ニコラス殿下を連れて行くとなるとそれだけではすみますまい。さらにオールバンス、リスバーン二家の跡取りが同行するとなると、相当大掛かりになりますぞ」
「むろん、城からも護衛をつける。ネヴィル伯よ、どうにかならないか」
ランバート殿下が義父のほうを向いた。
「そうしたいというのであれば、かまいますまいと答えるしかありません。ただし、しっかり子どもらを守りたいということです。私にとっては」
義父は私を見て口の端を上げた。
「夏休みまで待たねばならぬと思っていましたが、ルークとリアをわが領地に迎えることができ、しかもそのうえ道中まで一緒ということであれば、むしろ感謝したいくらいのことです」
「お義父さん! それは」
私も何とかしてついて行けないだろうか。私はウェスターからリアを連れ帰った時のことを思い出す。草原をかごに乗せたリアを真ん中に囲むようにラグ竜で移動したことを。いつ顔を上げてもリアがいて、ルークがいた。プーと間の抜けた音が響けばラグ竜が踊るように足を急がせる。
休憩中には草の上に座り込んで、水筒から直接水を飲む。新しい草笛を作っては試しに吹いてみると、竜がはしゃぎすぎてしまいには護衛隊に怒られる始末。
「それはずるいです。私もネヴィルに一緒に行きます!」
「オールバンス……」
残念なものを見るように殿下がつぶやく。
「そなたは王都にいてもらわねば困る」
頭ではわかっているのだが。
こうして家に帰ってきたばかりのリアは、また長い遠足に出かけることになってしまったのだった。
イースターの第三王子。何事もなければいいが、何事かを起こしたら破滅させてやるのに。
「ディーン……」
そう思っているだけですよ、お義父さん。
「くくっ、その何かをごまかそうとする顔、リアにそっくりで、ははっ」
失礼な。




