見合い
「ネヴィルまでの同行ならこちらはいつでも準備ができていますものを、いかがなさいました」
まず口火を切ったのは義父である。さっきまでリアとルークに優しいおじいさまの顔をしていたのに、きちんとネヴィル伯の顔になっている。特に責めるでもなく、一体どうしたのかという素直にいぶかしがっている表情でもある。
「視察から帰って一週間ほど調整して、それからネヴィルの領地に向かうはずだったのだが。今日はその挨拶と計画を立てにくるはずだった」
とはアルバート殿下である。
「しかし、オールバンスよ、そなたも知っての通り、イースターがな」
イースターが、見合いだけというならば自分の国の貴族とも是非と申し入れをしてきたのは秘密でも何でもない。ランバート殿下が面倒そうに姿勢を崩した。だから王族としてそれはどうなのかと。
「いずれにせよ断るのなら、まあ見合いをしてもいいかと思ったのだが、向こうからはアルバートではなく四侯でもいいという話が来てな」
「四侯、でもと」
さすがにその発想はなかった。四侯の血筋は外には出さない。これは、四侯の当主がキングダムの外に出られないという明確な決まり事とは違い、そういうものだという慣習に過ぎない。現にリスバーンのところの子どもはウェスターにいる。
例えば四侯の当主、あるいは成人した次代はキングダムの外には出られないという決まりは、裏を返せば、成人していなければ出られるということでもある。慣習であって決まりではないと言い張れば、案外いろいろなことができるものだ。
「アルバートがファーランド方面に行くなら、その時期にイースター方面で、つまり四侯との見合いをと。年頃から行ってモールゼイかレミントンをとの希望だった」
「ばかな。次期当主を出すわけがない」
「出すわけではない。イースターの血筋をキングダムに入れろと、つまりはそういうことのようだ」
「それに何の意味がある」
我ながら口調もだんだんぞんざいになっているが、四侯側には婚姻によって得る利益がほとんどない。ウェスターに行ったルークからは、王族ですら魔力が多いというわけではないと聞くし、リアをさらった奴とかかわりがあるかもしれないイースターの第三王子などは魔力なしだそうだ。
まして、イースターには何に利益がある。
「次世代を見据えて、キングダムに手を伸ばしたいということであろうな」
「ウェスターの王族は、自分の領地で結界を展開させようとしていただけまだましということか」
イースターはウェスターとの境界に大きな山脈があるが、それ以外に大きな山地もなく、豊かな平地は、ほぼ虚族の被害もなく平和な国であると言われている。あえて言うのであれば、虚族から得られる魔石という恩恵がなく、しかしその恩恵にあずかろうとすれば、キングダムを通して高い魔道具を買うしかないのが問題ではある。
その分、イースターはキングダムの食を支えるということで、今まで特段不満もなく暮らしてきたはずなのだが。
「平和な時代が、少し長くなりすぎたということなのだろうな」
ランバート殿下がぽつりと言った。
キングダムに結界が張られてからも、結界を維持できない、不安定な時代もあったと聞く。ウェスターが、ファーランドがキングダムに攻め込んできたこともある。キングダムの中で内乱が起きたこともある。しかし、ここしばらくキングダムと三国の関係は安定しており、キングダムも強力な結界で守られ続けているため内側でのもめごともない。
「今のままの世界では満足できない、より上を、ということなのだろう」
「それならば、内政に力を尽くせばいいではないか」
アルバート殿下がドン、とテーブルを叩いた。
「平和な世界なら、その余力を民に回せばいい。このキングダムの中でさえ、町に出れば、生活できずに路上で暮らすものもいる。そのものをすくい上げるには、仕事を作るしかない。町から出れば、まだ農地にできるのに放置されている土地もある。それこそイースターに頼らずとも自給できるだけの余力はあるはずなのだ。そしてそれは辺境三国にしても同じだ」
ここ数年、キングダム内を視察して思うところがあったのだろう。
「確かに、虚族により夜の活動は制限されている。しかし、長年虚族と向き合い、無茶をしなければ被害に遭わずに生産できるだけの力はあるはずなのだ。私はウェスターの結界の試みを悪いものだとは思わぬ。民のために何もしないことこそ問題であろう」
上に立つものが理想に燃えるのはいいことなのだろう。しかし私は一言言わずにはいられなかった。
「その民への努力が、一部の者の能力にのみ頼るものであるなら、それはおごりというものだと私は思います」
「おごりだと」
ウェスターの王族が、民のための理想に燃えていたことは間違いがない。しかし、それは他国の魔力もちを当てにしないと成り立たない仕組みだった。
「この我らの力が、いつでもいつまでも安定的にあるとなぜ言えるのです。キングダムでさえ、たった一侯だけでも能力が足りなければそれで終わってしまう、危ういバランスで成り立っている仕組みなのですよ、アルバート殿下」
「しかしその場合でも、例えば私や兄上が補充すれば済む話であって」
「それは、今代がまれにみる魔力もちの時代だからというおごりです。歴史を紐解けば、各家一人ずつしか力を持たず、危うかった時代はいくらでもあった。現状で魔力もちに頼る仕組みを作ってしまったとして、ニコラス殿下の次代に魔力もちが減ってしまったらどうするのか」
アルバート殿下はぐっと詰まった。
「民のために仕事を作るもよし、農地を開拓するもよし、しかしそれは、魔力もちを当てにしない、魔力もちがいなくてもできる仕組みであるべきだと私は思いますが」
わずか20歳の若者にはまだ早い話だっただろうか。黙り込むアルバート殿下の肩をランバート殿下が叩いた。
「ははは。普段考えを語らぬオールバンスに、ここまで話をしてもらってアルバートは運がいいな」
何が楽しいのだ。しかし、ランバート殿下はすっと表情を戻して、私を正面から見た。
「内政については後でゆっくり語るとして、イースターの件だが」
「はい、それがどうかいたしましたか」
「レミントンが興味があると」
「は?」
レミントンが興味がある?
「確かにフェリシア殿はよい年回りでしょう。しかし自分の思いを貫いたアンジェが娘の意に染まぬ婚約を勧めるとは思わぬが」
「オールバンスよ、賢いそなたでも見えぬものはあるようだなあ? レミントンは野心家だぞ。それにフェリシアだと誰が言った」
「まさか」
「明言はしなかった。が、おそらく、当主の頭にあるのはクリスティンだろうな」
そこにまったく思い至らぬとは私も所詮甘やかされたキングダムの貴族ということだろうか。驚いたオールバンスの顔を見たのは面白かったとランバート殿下が笑っても気にならないほど驚いたのは確かである。
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