殿下が多すぎる
私が昼寝から起きてきた時にはアルバート殿下はもういなかった。髪の短いお兄さんだなあくらいしか印象がなかったが、そういえば、おじいさまが殿下についてなにか言っていたような気がする。
「リア、忘れちゃったのか。まあ、忘れてもいいくらいのことだが」
忘れてもいいことだっただろうか。私はラグ竜のかごの中でちょっと首を傾げた。次の日はお休みだったので、午前中からおじいさまとラグ竜に乗りに来ている。もちろん、兄さまも一緒である。
「おじいさまはな、リアのお披露目もだが、アルバート殿下を辺境近くまでお送りするために、殿下が視察から戻ってくるのをここで待っていたのだよ」
「おみあい!」
忘れては駄目なことではないか。楽しいからうっかり忘れていただけで。
「ちゃんと覚えているではないか。リアは賢い子だなあ」
おじいさまが嬉しそうに隣の竜の上で微笑んだ。しかし私の胸にはすっと冷たい風が吹いた。アルバート殿下が戻ってきたということは、つまり。
「おじいしゃま、かえっちゃう」
「リア、すまない」
小さい声でつぶやいた私の声は、放牧場の風には流れてくれなかった。おじいさまもさみしそうな顔をしている。
「いつまでもリアとルークと一緒に、オールバンスの屋敷でぬくぬくしていたいのはやまやまなのだが、仕事は仕事だ。それにそろそろ領地にも帰らないとな」
「おじいさまが領地にいてくだされば、私とリアが遊びに行くこともできますよ」
「あい」
兄さまが先のことを提案して、楽しい気持ちにさせようとしてくれている。そうだ。兄さまの春休みや夏休みにはもしかしたら、北の領地に遊びに行けるのかもしれないのだ。
「りゅう、いっぱい」
「そうだぞ。大きいのも小さいのも、広い草原にたくさんいるぞ」
その草原でうちのミニーと一緒に走るのだ。
「ミニー? それは何ですか?」
「えっと、ちっちゃいもの」
「ちっちゃいからミニー? 竜に名前を付けるなんて変わっていますね、リアは」
兄さまにそう言われたが、私の竜とかちっちゃい竜とかいちいち言っているのは面倒なのである。問題は、
「みにー!」
「キーエ」
「キーエ」
「キーエ」
このようにミニーを呼んでもたくさんの竜が集まってくることであった。ちっちゃい竜にしか用事がないとわかると去っていくのだが、本当にあまり名前を付けても意味がないのだと思う。
だからあの短い髪の王子が自分に関係するのは、おじいさまのことだけだと思っていたのだ。お休みの二日目に、殿下方が家に訪ねてくるまでは。
「本当にあなた方は王族の自覚を持つべきだろう。ふらふらと先ぶれもなく人の屋敷に訪れるとは」
「オールバンスよ、前も言ったが、王家と四侯の間柄ではないか。気にするな」
大人は火花を散らしていたが、私はお休みの日にニコが遊びに来たので大喜びだった。つまり殿下方とは、ランバート殿下、アルバート殿下、ニコラス殿下なのである。
「にこ!」
「リア! あそびにきたぞ!」
笑顔のニコに私も笑顔になるのだった。
「オールバンスの金と紫の怜悧な色あいが、なぜあの幼児では間が抜けた感じになるのだ」
思わずと言ったようにそんな声を漏らしたのがアルバート殿下だ。私はそんなことを言われても気にしないが、今アルバート殿下は、オールバンス全体を敵に回したと言っても過言ではない。思っていても口に出さない方がいいことはあるのだ。ニコがあきれたようにアルバート殿下を見た。
「おじうえ、ひとのようしのことをあれこれいうものではない。まのぬけたかおだからなんだというのだ。かわいいではないか」
「あるでんかはれいてん、にこは50てんでしゅ」
「おじうえはれいてんでよいが、わたしの50てんはひくくはないか」
ニコが不服そうだ。
「にこもあれこれいいまちた」
「そうか、それはすまぬ」
ニコが一番王族らしい。謝ったのならそれでいい。
「アル殿下だと……私のことか」
「私などランおじさまだぞ。お前もアルおじさまに変えてもらうか」
「いえ、私はけっこうです。兄上」
何やら楽しそうだが、大人は大人、子どもは子どもである。兄さまは大人の仲間に入らず私たちを外に誘った。顔に面倒くさいことは避けると書いてある。
「ではリア、ニコ殿下、私たちはラグ竜を見て来ましょうか」
「それはよい!」
「りあのみにー、みしぇたい!」
「みにーだと? それはなんだ」
私は腰に手を当ててふんと胸をそらせた。
「りあだけのらぐりゅうでしゅ」
「なんだと! それはみにいかねば」
兄さまが振り返った。
「ニコ殿下もリアのかごに乗せて差し上げたいのですが、お父様、どうしますか」
「ふむ。殿下、いかがか」
「いかがと言われても」
この場合の殿下とはランバート殿下である。ニコのお父様は苦笑した。
「リアが大丈夫ならニコにも大丈夫だろう。護衛をついて行かせるので、無理はしないようにな。よろしく頼む」
「承知いたしました」
私たち子ども組は楽しく放牧場に向かったのだった。
面倒なこと(ディーン視点)
義父は正直なところ、ルークやリアについて行きたかったようだが、わざわざ王族が来たものをもてなさないわけにはいかない。まして、アルバート殿下のためにここに滞在しているようなものだから、殿下をないがしろにしては本末転倒ではある。
私も城で国の中枢として働いているので、今回のファーランドからの申し出が厄介なものになっていることはわかっている。
そもそもの発端が、リアがさらわれたことと関係するので、オールバンスとしても関係ないとは言っていられない。
それにしても、もしリアがさらわれておらず、ウェスターの領都にいたのがリスバーンの落とし子だけであったら、キングダムはどうしていただろうか。
私は殿下の希望で、温室に面した部屋に案内しながら、何度も考えてみたことを改めて考えてみる。
スタンはあえて迎えにはいかなかっただろうと思う。もしかしたら、のちにひとを差し向けて暮らしぶりなどを確認し、援助したかもしれない。しかし、キングダムに戻そうとはしなかっただろう。
監理局はどうか。四侯の血筋は、キングダムの中にあるべきで、迎えには行くが、ウェスターに援助をするべきではないと主張しただろう。そんなにキングダムに都合のいいように世の中が動いてくれるわけがないということを理解していないからだ。
そして王家はどうだっただろうか。
円卓会議は開いただろうと思う。そしてこの間のように、反対も賛成も、そして中立も同じように出たはずだ。その中で、もしリアがかかわっていなかったら私はどちらの立場に立っていたか。おそらく、リスバーンが迎えに行く必要がないというのであれば、援助する必要もないという立場だろう。
しかし、円卓会議は多数決ではない。領地を治める全ての者が忌憚なく意見を出し、結果を共有して帰る場だ。
今の王家の殿下方は、今までの王家の者より辺境とのかかわりを重視している。したがって、王家は、賛成が多くても反対が多くても、そしてリアのことがなくても、援助を出した、と思う。
つまり、リアのことでオールバンスが何をしようともしなくとも、今回のこの結果は変わらなかったということになる。
そこまで考えて私は肩の力を抜いた。
今回の問題は、ファーランドだけではなく、イースターまで婚約の打診をして来たということだ。
面倒くさいことこのうえない。
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