寝ている子ども
その後、
「マークだけではなくて、ほんとうはわたしがおしえてもらう日なのよ」
とクリスが主張して、クリスにも魔力の揺れを体験してもらった。マークよりさらに気を付けて魔力をちょっとだけ流すと、
「わあ、こしょこしょする。くすぐったいかんじ」
とおかしそうに笑った。そうして、幼いだけに魔力の自覚は早く、ニコほどではないけれど、なんとなく魔力の感覚はつかめたようだった。私はふうっと息を吐いて、額の汗をふいた。兄さまと一緒にいい仕事をした。それから兄さまに振り向いて、手を伸ばした。
「にいしゃま、だっこ」
「はい、おいで」
にっこりする兄さまに抱っこされて、ゆらゆらしてもらったらもう寝てしまった。だから、なぜ兄さまの来る日はお昼ご飯の後なのだろうか。
★ルーク視点
「その幼子が、ウェスターにさらわれたという」
「はい。妹のリーリアです」
私は図書室にしつらえられたお昼寝ベッドにリアをそっと置き、布団にくるみながら、アルバート殿下に答えた。リアはすやすやと寝息を立てている。
何が気になるのか、ニコもクリスもリアが寝ているところを必ず見に来る。マークも、殿下と旧交を温めていればいいものを、子どもが珍しいのかリアが寝ているところを興味深そうに眺めている。
「揺すっては駄目ですよ」
「もうやってみたけど、おきなかったわ」
「もうやったんですか」
「ニコがリアはゆすってもおきないって言うから」
私はあきれてちょっとハンスをにらんだ。ハンスからはどうせ起きないんだからいいじゃないですかと言う声が聞こえるような気がする。ナタリーは軽く首を左右に振っている。一応止めたけれど無駄だったと言いたいのだろう。
私だって、朝から来て、ずっとリアと一緒にいたいのに、学院生であるということは面倒なことだ。今12歳で、卒業する年まであと四年もある。
お昼を食べたばかりだというのに、リアの口がむにむにと動く。何か食べ物の夢を見ているのだろう。
「さ、ニコ殿下、クリス、せっかくギルがいるのだから、お外で遊んでいらっしゃい」
「いこう」
「そうね。リアも行けたらいいのに」
「リアはようじで、ちいさいからねなくてはいけないのだときいた。しかたあるまい」
「では私も一緒に行こうか」
そんな二人に、マークが声をかけた。口の端がちょっと上がっている。ニコ殿下だって幼児だろうと言いたいのだろう。
「ほんとか!」
「しかたないわね」
ギルが苦笑しながら三人を連れて行った。マークは久しぶりにアルバート殿下と会ったのに、話をしなくていいのだろうか。私もリアの頭をなでると、後を追おうとした。
「ルーク」
しかし、殿下に声をかけられた。正直面倒だと思ったのは顔に出てはいなかったと思う。
現在のキングダムは、現役の国王がいて、跡継ぎのランバート殿下も優秀で、しかもニコラス殿下という直系もすでにいる。その三人とも魔力量は申し分ない。第二王子のアルバート殿下は、学院を卒業すると、ランバート殿下とニコラス殿下を支えることを明確にしていて、後継者争いもない。あちこち視察にいくなど、王家で唯一活発に動いている人だ。
何しろ結界を守る王家は四侯以上に自由には動けないのだから。アルバート殿下が視察に行くと言った時も、監理局は反対したそうだ。しかし、
「王も王子も健在で、それ以上何か不安な事態でもあるのか」
と冷静に説得し、今は自由に動いている。キングダムの歴史の中でも四侯の魔力が十分でない時代もあって、そんな時は国が荒れたりもしたようだが、今は王家を始めとして、四侯の魔力も十分であり、それに恩恵を受けているキングダム内に特に問題はないと聞く。しかし、私はまだ12歳だ。知らないこともたくさんある。何かを考えて殿下が行動し、そして王家がそれを許していることについて、特に深く考えるつもりはなかった。
「はい、アルバート殿下」
「私は今日、驚くべきものを見たと思う」
「はあ、そうですか」
何を言い出すかと思えば、返事に困ることだった。
「兄上に挨拶するのも早々にニコが心配で見に来ようとすれば、ニコには遊び相手ができてもう癇癪は起こさぬと、今、ニコに会いに行けば面白い物がみられるかもしれないなあとニヤニヤ言われた」
ランバート殿下はどうやらいたずら好きの性格のようで、そんなことは別に知りたくもなかったのだが、アルバート殿下もそれで苦労していることがうかがえて少しすっきりした。
「驚いたことをいくつ上げていいかわからぬほどだ。それなのにそもそもメイドも護衛も止めもせぬ。いったいどうなっているのだ」
この場に残っている主な護衛とメイドはハンスとナタリーなのだが、微妙に目をそらしたのが気配でわかった。
「一つ。幼児に魔力操作をさせている。二つ。幼児に魔石を持たせている。三つ、幼児に魔石に魔力を入れさせている。四つ、幼児に魔力を人に押し込むなどということをさせている。五つ、幼児に」
「わかりました。つまりリアがあれこれしていたのに驚いたと、そういうわけですね」
「それに、ニコも当たり前にやっているようだった。まさかあれにも魔石を扱わせているのか」
お父様がリアを何より大切にするのと同じように、殿下も何よりニコ殿下が大切なのだろう。だが、言っておく。繰り返すようだが、私達は何よりリアが大切なのだ。
「ランバート殿下に詳しく話を聞いてくださっていたら助かったのですが」
言外に面倒くさいという雰囲気をたっぷりとまとわせた。
「ニコ殿下の癇癪は、身に余る魔力量のせいでした。それを魔石に移すことで、癇癪を起こすことなく穏やかに過ごすことができているのです」
殿下はそんなことがという顔をしている。
「そして、そのことに気が付いたのが我がオールバンスのリアです。そしてなぜ気が付いたかと言えば」
私は殿下をまっすぐに見つめた。
「辺境で何度も危険な目に遭ってきたからです」
そうして声を大きくした。
「ハンス、ナタリー」
「はい、ルーク様」
「私は先生として来ているので、これからニコ殿下とクリスを見るために外に出る。くれぐれもリアの側から離れないように」
「はい」
「はい」
ランバート殿下の邸宅の中である。ここで安全でなければ、どこが安全ということになる。だからこれはつまり、アルバート殿下への警告である。
リアのことを心配する口調で、ニコ殿下のことしか考えていないお前を信用していないぞ、と。
「失礼いたします」
「待て」
慌てたような殿下の声など聞かなかったふりをした。聞きたいことはランバート殿下から聞くがいい。そしてニコ殿下がどんなにリアを気に入っているか知って、後悔するがいい。
「オールバンスの跡継ぎは、あのようなはっきりした者であっただろうか」
当然、そんな声は聞こえない。私は図書室のドアを閉めた。
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