リアがいない!(お父様視点)
「まだ、出発しないのか!」
どうしようもないとわかっていても、私は護衛隊の隊長に大きな声を出してしまった。
「町から夜に出発した不審な竜については三件まで絞り込めているのですが、そのどれがリーリア様を連れているのかはっきりしません。今人手を三方向に割くのは無意味です。もう少しお待ちください」
正論だ。わかってはいる。リーリアがいない、ハンナもいない、二人がさらわれたと気づいたのはもう午前も半ばのことだった。そもそもリーリアを朝起こし支度をさせるのはハンナだし、朝食もハンナがリーリアの部屋に持っていく。厨房の者が朝の片付けがひと段落したところで、ハンナがリーリアの食事を取りに来ていないことに気づいたのだ。
そして今はもう昼過ぎになる。
私は城に出仕していたが、屋敷からの連絡にすぐ護衛隊を呼び出し、調査に当たらせている。
この国は、周辺からは単にキングダムと呼ばれているが、護衛隊とは、キングダム軍の中の、特に結界を維持する力を持つ貴族を守る精鋭部隊だ。
普段何をしているか知らないが、貴族にかかわる案件では、軍全体を動かす権利を持つ。
われら貴族にとっては有能な護衛であり、一方で厄介な監視人でもある。
と、伝令が駆け込んできて、急いで隊長に耳打ちした。隊長は頷き、すぐさまこちらにやってくると、
「どうやらリーリア様は南のラズリーに連れ去られたようです。目的ははっきりしませんが、行先はおそらくそのまま南下した辺境であると思われます。このまま追っ手を差し向けます」
と言って身をひるがえした。
「待て!」
隊長は私の制止にやや迷惑そうに振り向いた。
「私も行く」
「失礼ですが、時間との勝負です。訓練もしていない方は足手まといになります」
「竜の騎乗についての私の実力は知っているはずだが」
趣味でラグ竜に乗っているが、城で私にかなうものは軍にもいない。私と隊長はわずかの間にらみ合った。
「身内は私情で動く。指揮に従っていただけなければそこまで。よろしいですか」
「わかった。すぐに準備する」
「では王城前に。間に合わなければ出発します」
今度こそ身をひるがえし隊長は出て行った。ラグ竜は丈夫なので、積もうと思えばかなりの重さのものも積める。しかし、今回はなるべく身軽にしなければならない。辺境まで行くとすれば最速で3日、途中で補給をして竜を替えることも考え、素早く一人分の用意をする。
「お父様!」
「ルーク、必ずリアは連れ帰ってくる。オールバンスの長子として、しっかり留守を守ってくれ」
「はい!」
半年前には興味すらほとんど持たなかった息子を、今は渾身の力で抱きしめる。本当の家族というものを、幸せというものを教えてくれたリアを、取り戻す。
屋敷の前に用意されたラグ竜に飛び乗ると、王城前に向かった。
「ふむ、間に合いましたか」
まるで残念だとでも言うように隊長は言った。私は無言で頷く。そこに集まっていた護衛隊は10人ほどだった。
「少ないように思われるかもしれませんが、組織的な犯行という証拠はありません。むしろ相手は少人数で行動しているように思われる。相手が多少人数が多くても、この精鋭なら立ち向かえるし、何より機動力を優先したいと思います」
私はまた無言で頷いた。
「相手は女子供連れ。ラグ竜に乗っていても追いつくことは可能だ。では行動開始!」
隊長の掛け声とともに、ラグ竜と隊員はいっせいに駆け出した。
ラズリーの町までは、一定の速度でしかし休憩なしで進んだ。我々が到着したのは軍の駐屯地だ。そこでいったん竜を降り、休ませている間に自分たちも休憩する。その間に少数で先行していた隊員が町中で聞き込みしてきたことを隊長は確認している。苛立たしいが隊長だけあって有能らしい。
すぐにもたちたい気持ちを押さえて休んでいると、隊長が報告に来た。
「今日の早朝、それらしい一行が竜車屋に来たようです。病気の親に会いに行くと言っていたが、嫁が若く、しかも疲れておびえていてようすがおかしかったとか。人身売買の場合、辺境にはこのキングダムの法は及ばない。このまま辺境までの最短距離を行くことでしょう」
「人身売買だと……」
予測はしていたがはっきり言葉にされると思わず怯む。
「リーリア様は閣下と同じ容姿とか。それだけ目立つ色合いの者をと思うでしょうが、特に女性の場合、成人まで隠して育てることは容易です。辺境でそのまま誰かに買われることも、キングダムのだれかに買われることも考えられます」
私は怒りで立ち上がり、思わず隊長に詰め寄ろうとした。
「だからこそ、ここで休みます」
「なんだと」
思ってもみなかったことを隊長に言われた私はそのまま固まった。
「数時間の休みを取りつつ進まないと、体がもちません。もちろん、すでに先行して少人数を先に向かわせています」
しばらくの沈黙ののち、私は静かに座り込んだ。
「三時間休み、四時間後には出発します」
とにかく、今はこの男に従うしかない。
そうして各町の駐屯地で竜を替え、補給しながら私たちは確実にリーリアを連れ去った奴らに近づいていた。
そして三日目に国境まであと数時間というところまでやってきたが、長距離の移動に私も疲れ果てていた。
「ここからは休まず、一気に追いつきます。遅れたら置いていきますので」
この隊長は常に冷静だ。おかげで私も冷静でいられる。
「わかった。よろしく頼む」
私はそう言うと静かに竜の背に乗った。護衛隊と自分、ギリギリの体力でここまで飛ばしてきた。半日以上の先行にやっと追いつきつつある。いや、追いつかねば愛しいリーリアを取り戻せなくなる。さあ、時間との勝負だ。




