クリスのお勉強
その後マークがどうなったのかは知らない。お父様が説教するようにとニコのお父様に言われていたが、どう説教したのかなど簡単に聞けるものでもない。
「マーカスどのはだいじょうぶだっただろうか」
「にこ……」
お兄様が先生の日、朝城に出かけるとニコがふとつぶやいた。ニコも心配していたんだね。三歳児に心配される20歳児というのも笑えない話ではあるのだが。もっとも、ニコが言うにはもう少しで4歳になるらしい。
「マーカスどのがこれなくなると、リアのいうえんそくにでかけられぬではないか。まだしろのあちこちにいってみたいのに」
「にこ……」
けっこう利己的な理由だった。私自身もそうだが、子どもの行動範囲は狭い。大体はおうちの周りで十分だし、あんまり遠出するとかえって疲れてしまうくらいだ。だから、そんなにあちこち連れて行ってもらえるわけでもない。
お前は辺境にまで行っただろうって? 好きで行ったわけではないのである。選べるのなら、町に行って屋台で食べ物を買ったりする方がいいに決まっている。もっとも、トレントフォースではよく屋台でご飯を買ってもらったものだ。
そういう意味では、活発なニコは、あちこち行ってみたいのだろう。気持ちはわかる。
「えんそくってなにかしら」
「しゅこしとおくにいくことでしゅ」
「りょこうのこと?」
今日はクリスもいるが、こないだ魔石の間に行った騒ぎについては何も知らないようだ。それならその方がいい。ニコ一人でも好奇心を持て余すのに、私より行動力のあるこの2人が一緒だと何をしでかすかわからない。私がちゃんとしなければ。
「うで、くめてないわよ」
「くめてましゅ」
遠足のことは、なんだか遠くに遊びに行く楽しいことと理解してもらえた。はて、そういえば遠足とは勉強だったような気がしないでもないが、まあいいだろう。
今日はクリスにとっては初めての魔力訓練になる。朝クリスを送りに来たフェリシアは、
「まだクリスには早いのではないかしら」
と気をもんでいたものだが、私はクリスには早急に訓練がいると思っていたので、ちょうどよかった。
クリスはちょっと甘やかされて育ってきた面はあるものの、きちんと話の聞ける普通の子だ。それが時々、イライラしてワガママになる。幼児とはいえ、心の中に何を抱えているかまでわかるものではない。
しかし、これだけはわかる。魔力量が多いのだ。
その魔力が不安定な日、不機嫌になる。ニコと同じだ。不機嫌になったからといって、ニコの時ほど苦しそうではないし、乱暴になるわけでもない。それでも、わけも分からず調子が悪いのはやっぱり嫌だろうと思うのだ。
そこで、それは兄さまにあらかじめ話しておいた。兄さまは最初は反対だったのだ。
「ふうん。私も基本的に10歳より前に魔力や魔力操作について学ぶのは反対です。小さい子は加減を知りませんから、訓練と称して行き過ぎることがあると思うからです。しかし、調子が悪くなるのならやってみたほうがいいですかねえ」
「たのしいやりかたがいいでしゅ」
私はトレントフォースからずっと持っている壊れた明かりの魔道具を持ってくると、兄さまに見せた。
「こうちて、こう」
ピカッ。
「うわっ、まぶしい」
私はキャッキャッと笑った。そう言えば兄様に見せるのは初めてだ。
「なるほど、魔石がなくても直接魔力で魔道具を使えるのか……」
「あい!」
「だから結界が張れるようになったと、なるほど、リア」
「あい?」
「ちょっとお父様のところに行きましょうか」
結局無茶をするなと叱られたのは失敗だった。まあ、それはいい。何も直接魔力をながせと言っているのではない。楽しいことならやる気になるだろうと言っているだけなのだ。
「あかり、ちゅけられる。たのちい。ちいしゃいましぇきなら、だいじょうぶ」
「そうですね。一番小さい明かりの魔石なら、動機づけになるかもしれませんね」
お父様の前でそう話す私たちを見ながら、お父様は納得出来ない顔はしていた。
「あまり意識して見たことはなかったが、クリスとはそれほど魔力量が多かっただろうか。そもそも、四侯の瞳を持っておらぬということは、魔力量が多いと言ってもたかがしれているのではないか?」
「私もあまり気にしていませんでした。そもそも、注意してみないと魔力量までわかりませんからね」
「りあより、しゅくない。でも、おおい」
少なくとも普通に魔力量の多い人よりは多いのだ。
「それも確認してみましょうね」
「あい」
こうして、兄さまが来る今日は、ニコとクリスと三人で、お昼の後楽しく兄様を待っているのである。
「あ、マーカスどのだ」
「なぜマーカスさまが?」
兄さまとギルが竜車で来る前に、マークが城の方から直接やってきた。
「ニコラス殿下、リア、それにクリス。今日はよろしくね」
「マーカスどの、ほんとうにべんきょうにきたのか」
まじめなニコの質問に、マークは苦笑いをした。
「あの後しこたま叱られてね。まずディーン殿に、それから父にね。やれやれだよ」
反省が弱い。私は厳しい目でマークを見た。
「リア、もう無茶はしないよ。無茶をしない、どこにいくかあらかじめ計画を立て、提出するという約束で、城の見学も出来ることになったんだよ」
「おやちゅ、もっていっていい?」
「もちろんだよ」
「しょれなら、いいでしゅ」
「えんそくか!」
ニコも大喜びだ。
「その代わり、ちゃんとルーク殿から勉強し直せとね。そういうわけで、遠足の時は先生、今は同級生だ。クリスもよろしく」
「しかたないわね」
クリスは全然仕方なくなさそうにそう言った。そうこうしているうちに兄様達がやってきた。
「まさか、本当にマーカス殿がいるとは……」
「ギルバート殿、もう面倒なのでお互いギル、マークでいいではないか。ルーク殿も、ニコラス殿下も」
「うむ。ではみな、わたしをニコとよぶがいい」
フランクに始まった授業は、クリスの段階でちょっとつまづくことになった。
まず、私と兄さまにジロジロと見られたクリスは居心地が悪そうだった。
「ふむ。これは」
「でしゅね」
改めて見ると、四侯ほどとは言わないが、市井の魔力持ちよりよほど多い魔力がある。
「クリス、ときどきイライラしたり、嫌な気持ちになったりはしませんか」
「どうして知っているの? そんなとき、何をしてもつまらないし、きもちがわるいの」
「魔力が悪さをしているのかもしれませんね。それを少しお外に出してみましょうか。そうすると楽になるかもしれませんよ」
「やってみたい」
兄さまは私を見た。
「あい。これがあかりのませきでしゅ」
私は、持ってきた魔道具箱から、小さい明かりの魔石をはずしてみせた。色が薄くなっている。
「ここに魔力をいれましゅ」
「ルーク! 小さい子に何をさせる! 倒れるぞ!」
「マーク、大丈夫です」
察したギルがマークを抑えている間に、私はゆっくり魔石に魔力をいれてみせた。濃い色に変わった。
「ばかな。なんともない、だと」
呆然とするマークと違い、クリスは楽しそうだ。目をキラキラさせている。
「わあ」
「いやなきもちを、ここにいれましゅ」
私は別の魔石をクリスに手渡した。
「いやなきもち」
「からだからあちゅめて、そう」
よほど嫌な思いをしていたのだろう。クリスの魔力は、体から追い出されるように魔石に入っていった。
「ほら、こくなった」
「なんだか、そう、すっきりしたわ」
クリスが体をあちこち動かしてみている。
「しょして、これを、こう、まわちて?」
「こう?」
クリスは鍵をカチッと回した。ピカッ!
「まぶしい!」
私はキャッキャッと笑った。
「それがくりしゅのまりょくでしゅ」
「私の、まりょく……」
「オールバンスはいったい何をさせているんだ……」
嬉しそうなクリスと私を見て、マークがそうつぶやいた。兄さまがそっと私から目を逸らした。
オールバンスがさせているのではない。私が勝手に覚えてしまったことなのだ。だが、いいではないか。こうして、ニコもクリスも体調がよくなったのだから。
「まーくも、べんきょうしゅる」
「そうなるか……」
マークが遠い目をした。
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