大人って
「さ、邪魔が入らないうちに、魔石に魔力を入れるところを見せてあげるよ」
「だめでしゅ」
それはない。幼児に魔石に魔力を入れるところを見せたら、やりたくなるに決まっているではないか。
「リア、なぜだ。わたしはみてみたい」
「にこ。おおきくなってからでしゅ」
向き合う私たちをちらりと横目で見ると、私の駄目を無視して、マークは、薄い色になっていたモールゼイの魔石に魔力を注ぎ始めた。
こうなったら、集中を邪魔する方がかえってよくない。私とニコは、それを見ているしかなかった。騒がしさが増す外。次第に濃い色に代わっていく魔石。顔をしかめ、集中しているマーク。
それからすぐに、ドアがバン、と開いた。
「ちちうえ!」
誰かと思ったら、ニコのお父さまだ。ニコのお父さまは嬉しそうに自分を呼ぶニコをちらりと見ると、魔石のテーブルとマークを見、部屋全体を見、そしてニコにまた戻り、そして私とマークを見た。
「モールゼイ。何をしている」
「城内見学です。殿下。城の中を少し見せてやりたいと思ったものですから」
「城の中を見せることは許可したが、結界の間に入る許可は出してはいない」
マーカスは驚いたというように眉を上げた。
「どこは駄目とも、言われませんでしたから」
普通は常識として、こんな大切なところに子どもは連れてこない。ニコのお父さまも、まさか固そうに見えるマークがこんなことをするとは思わなかったのだろう。
実際、四侯と王家、そしてその直系の者以外が入ってはいけない以外の決まりはないのだと思う。だから部屋の前の衛兵も私達を中に入れたのだろうし、ニコのお父さまも厳しく追及できずにいる。
しかしそれは、当たり前と思っていることを誰もがちゃんとするという前提だ。まさか責任を持つ四侯の跡取りがこんな無謀なことをするとは誰も思わなかったのだろう。
「ここは駄目だ。いくらその二人が賢い幼児だからとて、子どもはいたずらをしたくなるもの。まして魔石などさわってみたくなるものだろう。二人が倒れるくらいならともかく、そのことによりキングダムの結界に支障が出るようなことは万が一にもあってはならない」
ランバート殿下はそう静かに道理を説くしかなかった。マークは話している間にそっと魔石から手を外した。魔力を充填した魔石は濃い色になっており、マークの額にはほんの少し汗がにじんでいた。ほんの短時間のことだが、相当量の魔力が動いたことはわかった。
「しかも、魔力を入れるやり方を見せたのか! ニコならともかく、リアにまで! ある意味一番無謀な子どもだぞ!」
失礼な。私はマークを止めたではないか。
「ちちうえ、リアはマーカスどのをとめていた。リアはいいこだぞ」
「ニコ、いい子でないとは言っていない。無謀だと」
ニコのお父さまは私の方を見て気まずい顔をした。
「つまり、その、リアは無茶をすることがあるだろう」
ありませんけど、なにか。私は腕を組んでプイっと横を向いた。
「ああもう、これをオールバンスが知ったら」
「オールバンスがどうかしましたか」
「おとうしゃま!」
私がお父様に駆け寄ると、お父様はすかさず私を抱き上げた。その時扉の陰からハンスが見えたような気がした。ハンスが連絡をしてくれたに違いない。さすが私の護衛である。
「えんそくでしゅ」
「遠足?」
お父様は説明する私に怪訝な顔をした。
「おちろ、けんがくでしゅ」
「なるほど、城の見学か。リアはなんでもわかっていて偉いなあ」
「あい!」
私はお父様の腕の中で胸を張った。
「だが、なぜその見学が結界の間なんだろうなあ、マーカス殿」
お父様の声が氷点下まで冷え込んだ。
「そ、それは、城の中で一番大切なところをまず見せるべきと思ったからで」
「そうか。しかし、よもや魔石に魔力を充填するさまを、まだ力の使い方も十分でない幼子に見せたりしてはいないだろうな」
マークは今度は違う汗をかいて目をそらした。
マークは20歳だという。ギルより、フェリシアより年上で、最近知った四侯の子どもたちの最年長である。それでも、バートやミルたち22歳、今は多分23歳組よりはちょっと若いし、何ならヒュー王子より若い。
そして、跡継ぎとして大事にされ、特に問題なく毎日を過ごしている。
私は少し目を細めてマークを見た。
つまり、子どもなのだ、マークは。
働いて自活し、ハンターとしていっぱしの名を上げていたバートたちとは違う。また、第二王子として国を支えようとしていたヒュー王子も、まず国と民のことを考えていた。
彼らよりほんの少ししか年下ではないけれど、自分の身の回りのことしか考えてこないと、こんなものだろう。
今回もきっと深い意図があったのではない。単に、勉強に縛られている小さい子どもたちを遊びに連れ出そう、どうせならびっくりさせよう、そしてちょっと尊敬されたらいいなくらいに思っていたのに違いない。
それに、魔石に魔力を入れているのを見てわかった。
マークは、兄さまより、ずっと魔力の扱いが下手だ。アリスターにもかなわないし、なんなら魔力量は段違いに低いけれど、バートたちだってもう少し効率的に魔力を扱えたと思う。
つまりだ。
「まーく、しぇんしぇい、ない」
大事になろうとしていた部屋がしん、と静かになった。
「まーく、もっと、べんきょうしゅるべき」
大人は驚いて固まっているが、ニコは気の毒そうにマークを見上げた。
「マーカスどの、まず、ルークがせんせいのひにきてはどうか。いっしょにまりょくについてまなぼう」
そうしてマークの腿をぽんぽんと励ますように叩いた。
「なっ、私は! すでに四侯として魔石に魔力を注ぐ身! なぜいまさら」
「いまさらでもよい。どうせオールバンス家に行って教わる時もあるではないか。この際、幼子と一緒にルーク殿から学ぶがよい」
「お父様!」
マークがしまったという顔をした。ついに当代のモールゼイ登場だ。
マークは恐らくこっそり結界の間に連れてきて、ばれないように見せて、さっさと別のところに行こうと思っていたのだろう。兄さまだってそんな雑なことはしないのに。いや、兄さまはそもそも雑なことはしないのだが。
「申し訳ありません。もう成人している息子に今更こんなことを言うのは親として恥ずかしい限りですが、一人息子のため、どうやら甘やかしてしまったようだ。罰は受けさせます。それに先生などとおこがましい。ニコラス殿下の言う通り、しばらく幼子と一緒にルーク殿から魔力操作を教わるがいい」
父親の厳しい言葉にマークはうなだれた。政務の手伝いでも、魔石に魔力を充填するのでも、今まで過不足なくやってきたのだ。
「結界の魔石を支える者に罰則などないのは知っているだろう」
ニコのお父様が忌々しそうに言った。確かに、例えばお父様が魔石に魔力を注げなくなってしまったら、オールバンスの分の結界はどうしようもなくなってしまう。
「オールバンス。幼子の大切さを知るそなたが、マーカスによく道理を言い聞かせてほしい。それでは皆、解散」
つまり私とニコも部屋に戻れということだ。それでは遠足はどうなってしまうのか。
「おりりゅ」
「どうした」
お父様に降ろしてもらうと、私はその場に座り込み、ポシェットからおやつを取り出した。
「にこ、おやちゅ」
「リア、おまえ……」
「かしゅてら。ましぇきながめながら、たべりゅ」
「そうだな、しろのけんがくだものな」
「あい」
ニコは私の隣に座り込んで、おやつを受け取った。
「リア」
「あい」
「テーブルしかみえぬ」
「そうでしゅね」
「ブッフォ」
ハンスではない。振り向くとニコのお父さまだった。
「仕方ない。マーカスよ。二人を中庭にでも連れていくがいい。おやつを食べ終わったら部屋に返し、それからオールバンスに説教されてこい」
「承りました」
マーカスはちょっと駄目な先生だが、遠足の引率ならいいのではないか。結局その日は中庭見学で終わったのだった。
リアルが忙しくなってきて、更新のペースが保てなくなってきました。おそらく今週から週一回の更新になります。申し訳ないですが、ちょっと頑張ってきます!
※追記→今週から月曜更新になると思います
「転生幼女はあきらめない」1巻発売中!
そしてコミカライズ進行中です!
【おまけの宣伝】
「異世界でのんびり癒し手はじめます」2巻は先週、4月12日、発売しました! こっちはこっちでカッコイイ女の子が登場ですよ!恋愛は薄いけど、溺愛はあります!




