結界の間
「おや、この城に四侯が行ってはいけない場所などないはずだが」
マークはドアの取っ手から手を外して肩をすくめた。しかしハンスは厳しく追及した。
「四侯の跡継ぎになら、でしょう。あるいは四侯の瞳を継ぐ者になら、と言い換えましょうか」
「くりしゅ……」
それでクリスのいない時に来たのか。
「おや、ルークの秘蔵っ子はやはり賢いな」
マークは私の頭をなでようとしたが、私はなんとなく避けた。避けられなかったが。
「ハンス。それなら問題ないだろう? ニコは王家の直系、リアは四侯の瞳を持っているから」
「しかし幼すぎます。それに本来それは親の役割でしょう。それこそこんなに幼いうちに連れてくることはないはずです」
「うるさいな。ハンス」
マークはハンスの言葉を切り捨てた。
「どうあるべきかという考えはあるだろう。しかし、禁止事項ではない。今日は私が先生だからな。私が学ばせたいと思ったことを学ばせる」
「しかし」
「はんす」
これは私である。
「はんす、このどあのしゃき、あぶにゃい?」
「リア様。いえ、危なくはありません。ただ、早すぎるのではと思っただけです」
「にゃら、だいじょぶ」
私はニコの顔を見た。ニコも頷いた。むしろニコは落ち着いている。
「やれやれ、開けるよ」
ドキドキして覗き込んだドアの向こうは、また廊下だった。ちょっとがっかりした。
しかし、マークは先に進むとドアを開け、また先に進むとドアを開けていく。本当にまるで迷路のようだ。そう、まるで城の中心に行けないようにするための迷路みたいな。
「さ、今日はね、結界の間に連れて行こうと思うんだ」
「けっかいの、ま」
「リアはどのくらい知っているかなあ」
マークは楽しそうだ。
「リアはもしかすると一生入ることがないかもしれない場所だよ。キングダムの結界を維持しているところ、キングダムの四侯と王家を縛り付けているところ」
そんな大切なところに入ってはいけないのではないか。私はハンスを見た。悩んでいるかもしれないが、仕方ないという顔をしている。
結界の間に入れるかどうかが問題なのではない。
「おとうしゃま、がっかりしゅる」
「リーリア様……」
「おとうしゃま、みしぇたかった、って」
きっとお父様が最初に見せたかったといって、嘆くことだろう。
「そうだね。きっとそうだろうね」
マークはさらりとそう言うと、私の言うことを無視して今度は護衛のいるドアを開けようとした。
「閣下。閣下はともかく、他の者の入室は禁止です」
しかし止められている。
「四侯の瞳を持つものと、王家の直系だ。護衛はここに置いていく」
「しかし」
「ランバート殿下の許可は取ってある」
それなら仕方ないというように護衛は引いた。
「リーリア様。この先は俺たちはついていけねえ」
「あい。だいじょぶ」
マークは若いけれども、どちらかというと落ち着いて無茶をしないタイプに思われた。それに一応今日の先生なので、信頼してついて行くしかない。それに結界の間とはわくわくするではないか。
マークがドアを開けると、入りなさいと私たちに合図したので、マークがドアを押さえている間に入りこんだ。
「わあ」
予想と違って、広い部屋だった。中央にテーブルのようなものが置いてあり、部屋のあちこちには明かりがついていて、こうこうと輝いている。
そしてそれだけだ。
窓もない。入り口の他に二つドアがあるが、部屋の中には何もない。静かである。
「さあ、こっちにおいで」
マークが中央のテーブルに私たちを呼び寄せる。ニコが私に手を差し出した。私はニコの手をぎゅっと握り、そろそろと中央に向かう。
「リアは抱き上げたほうがいいかな。ほら、こんなふうになっているのさ」
丸いテーブルのようなものは、テーブルではなく床に埋め込まれた台であった。
マークに抱き上げてもらうと、そこには四角の枠の中に、五つの大きな魔石が配置されていた。真ん中に一つ。四隅に一つずつ。
「真ん中が王家。ドアに面したところがレミントン。そこから時計回りに、オールバンス、リスバーン、モールゼイが担当する魔石だ」
「大きい……」
思わずつぶやくほどには大きい。しかし、思ったよりは大きくない。私は思わず右側にラグ竜のポシェットを探した。いや、あれは今は私の枕の横にある。
この魔石は、魔物のめったに出ない草原で倒した虚族から出て来たものと同じくらいの大きさだ。私の手にはあまるけれども、大人の手には収まるほどの。
「担当が決まっているだけで、石はほぼ同じ大きさなんだよ。これほどの魔石はほとんどとれないから、市場に出回ったら、それは城で買い上げることになっているので、予備はいくつかあるんだ」
私は抱き上げられて、そしてニコは自分でいすによじ登って、テーブルの上を眺めている。石の色は、少しピンクがかっているものから濃い紫までと様々だ。
私の力では、これをどこまでいっぱいにすることができるだろうか。アリスターは結界箱の石をいっぱいにするだけで、最初は倒れたことを思い出す。それからアリスターたちの魔力の訓練に付きあい、やがて自分でも魔力の訓練をするようになって、私の魔力は一層大きくなり、コントロールする力も付いたとは思う。
少し色の薄くなっている魔石に魔力を足すくらいならできる。しかし、ピンクになるまで薄くなっているものを濃い紫にすることはできないだろう。
これが四侯の力。お父様が背負っていて、やがて兄さまが背負っていく義務。
ふと気づくとニコが魔石に手を伸ばそうとしている。
「にこ」
手が止まった。
「おや、殿下、いけないよ。やり方はわからないとはいえ、もし何かのきっかけで魔力を吸われてしまったら、干からびてしまうからね」
マークが驚いたようにそう言い、抱いていた私を下ろし次にニコも椅子から下ろした。
私とニコは顔を見合わせた。
やり方は知っているのだ、私達は。そして、私は結界のための魔石をいっぱいにすることはできないけれど、魔力のけた違いに多いニコはおそらく、今の時点の力でも、一つの魔石をいっぱいにすることができるだろう。
できるなら、やってみたい。ニコの目がそう言っていた。
「だめでしゅ」
「どうしてもか」
「だめでしゅ」
「リアがいうならしかたない」
私の問題ではない。ニコのお父様にもしこたま怒られるだろう。私はニコの気をそらすことにした。
「まーく、あっちのどあ、なんでしゅか」
「ああ、休憩所だよ」
「みたい!」
私が手を引っ張るとマークはクスクス笑いながらドアのところまで移動した。
「にこ!」
「わかった」
じっと魔石のテーブルを見ていたニコも声をかけたらついてきた。
「さ、ドアをあけるよ」
マークが開けて見せてくれたドアの向こうは、小さなホテルのようだった。
大きなベッドが二つ。小さいテーブルと椅子。お茶のセット。
「そっちの扉は、小さな浴室とお手洗いだよ」
本当にホテルのようだ。
「もっとも、使っている人はいないと思うが。みんな仕事をしたらさっさとこの部屋を離れてしまうからね」
「もうひとちゅのどあは?」
「別のところへつながってるけど、それはまだ秘密だな」
その時、護衛のいたドアの前が騒がしくなってきた。いったいなんだろう。
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