おやつが待っている
一周して戻ってきた時には、ニコがつまらなそうな顔をしていた。
「リア、ほんとうにきょうはあそべないのか」
私はお父様のほうを見た。一通り挨拶はすんだし、大人は旧交を温めるのに夢中で、主役の私がいなくても何の問題もないように見える。
「おとうしゃま」
「うーむ」
あまり遊びに行かせたくなさそうなお父様に、モールゼイ家の人が近寄ってきた。
「ディーン、どうした、いつも以上に難しい顔をしているぞ」
「ハロルドに言われたくない。いや、そろそろ子どもたちが退屈になってきたようでな」
「お披露目などそんなものだろう。一歳だからというのもあるが、顔を見せたらたいていは引っ込むではないか」
たしかに、小さい子どもににぎやかなのは疲れることだろう。
「なるほど。部屋に戻るのではなく、子どもたちで遊びたいということなのですね」
マークが私とニコを見て納得したように頷いた。
「リーリアにもニコラス殿下にも護衛はついているのでしょう」
「もちろんだ」
マークは何かを探すように会場を見渡した。
「ああ、来ていますね。外にも中にも護衛隊がいますから、まず心配ないでしょう。それに私もちょうど息抜きがしたかったことですし」
苦笑したマークが見た方には、若い女性が固まっておりこちらをちらちらとうかがっている。
「私も付いて行きましょう」
「そんなのずるいわ!」
後ろの方から声がした。そこにいたのはクリスティンだ。
「あ、くりしゅちん」
「クリスでいいって言ったじゃない!」
クリスは腕を組んで胸をそらしている。クリスで本当にいいんだ。私はちょっとおかしくなった。
「べつにいいぞ」
ニコが偉そうにそう許可を出した。私のうちなんだけどな。
「そうですね、もう大人の時間のようですし、私も少し飽きました。私も一緒にいいですか」
「もちろんだ。ルークのいえなのだからな」
私のうちでもあるんですけど。ギルはもう15歳だが、ついて行くのが当然のような顔をして兄さまの側に立っている。
「クリスったら。また勝手にうろうろして」
「だって、大人のお話はつまらないんだもん」
「それはそうだけれど」
慌てたように、しかしおしとやかにクリスを追いかけてきたのはフェリシアだった。クリスを見つけてほっとしたのか、フェリシアは後ろを振り返ったが、アンジェおばさまは別にこちらを気にしているようではなかった。
「これからリアとニコ殿下と遊びに行くのよ」
別にお誘いはしていないが。当然ついてくるつもりのようで、私はやっぱりおかしくなった。
「この子たちだけですか?」
フェリシアはまっすぐにお父様を見た。お父様は本当はまだ迷っていたようなのだが、そのフェリシアの言葉についこう答えてしまっていた。
「いや、護衛も付いて行くし、なによりマークとギル、それにルークもいっしょだ」
「マーカスさまとギルが。それなら大丈夫かしら」
兄さまが自分は数に入らないのかとちょっと不満そうにしている。まあ、はたから見たらまだ12歳だし、線が細くて優し気に見えるから、兄さまが実は結構頼りになるということは伝わりにくいかもしれない。それに、マーカスさまにギル。四侯男子の序列がものすごくよくわかる。
そろそろ笑いの限界が近づいてきた。
「では私が案内を。外はさすがに時間がないので、温室はいかがですか? 結構広いですよ」
オールバンスの温室は有名らしい。私も数回しか行ったことがないが、走り回れるほど広かったはずだ。なんで数回かって? そもそも行動範囲が増える前にさらわれたし、帰ってきてからは城通いなのである。
「はい」
兄さまが手を差し出した。何はともあれ妹から。ゲストは差し置いて、妹から。兄さまの愛がちょっと重い。
「よし」
その手をニコが握った。城に遊びに、違った、魔力の扱いを教えに来てくれているから、ニコは兄さまにはとても懐いているのである。兄さまはちょっと困ったように私を見たが、それでいい。私はうむと頷いて見せた。
しかし私も誰かに手をつないでほしい。
「あい」
「ちょっと、なんで私なの」
背が近いからに決まっている。
「くりしゅち」
「クリスよ! まったく、しかたないんだから」
クリスはしぶしぶ手をつないでくれた。
「さ、にいしゃまについていきましゅ」
「リアは自分のおうちなのに温室の場所がわからないの?」
「ひろしゅぎましゅ」
「そうね、私もおうちでは行ったことのないところ、いっぱいあるわ」
そんなものである。私たちは後ろを振り返りながらゆっくり歩く兄さまの後をすたすたと歩いた。
「もっと早く歩けないの?」
「やさしいひとがしゅきでしゅ」
「もう」
それをたぶん微笑ましく眺めながら、ギルがフェリシアに手を差し出したのだと思う。
「さ、どうぞ」
「いえ、けっこうよ」
「では私が」
「マーカスさまも、そういうのいりません」
結局ギルもマークも断られ、三人で普通に歩いてついてくるらしい。
「姉さまはね、じりつしているのよ。人にたよるのが好きじゃないの」
「しゅごい」
「そうでしょう。なんでも一人でできるのよ。私も姉さまみたいになりたいの」
その割に礼儀からしてなっていないではないか。
「まじゅ、あいしゃつから」
「リア、いがいときびしいわね」
クリスは顔をしかめた。
「だって、みんなに大切にされて、うらやましかったんだもの」
クリスだって大切にされているのではないか?
「ふぇりちあは」
「姉さま? 姉さまは大好きよ。ちゃんとあいてをしてくれるもの。でもおかあさまは」
クリスは小さい声でそう言うとうつむいた。
「いしょがちい?」
「そう。リアのお父様も?」
「まいにち、おちろにいってましゅ」
「そうよね、よんこうだものね……」
四侯は誰もが城でなにかしらの仕事をし、何日かに一回結界の魔石に魔力を注いでいるのだという。
「リアは目が紫でいいわねえ」
「ちゃいろもしゅき。おかあしゃまのいろ」
「私のこの目の色も、どちらかというとお父様に似ているのよ?」
「きれい」
「きれい?」
私はつないだ手をぶんぶんと振った。
「きれい。おちゃにみるくのいろ。おいちい」
おいしいことはいいことだ。
「おちゃがのみたい。おやちゅ!」
そう言えばおやつを食べていない。
「温室のほうに、お茶と軽食とおやつをご用意いたしますよ」
「なたりー、ありがと」
さりげなく控えていたナタリーがそっと教えてくれた。
「くりしゅ、おやちゅがまってましゅ!」
「そんなに手を引っ張らないで! どうせ急いでもよちよちしか歩けないんだから」
「よちよちちてない! むちろはちってる!」
「走ってって、リア」
なにか戸惑っているが関係ない。さっきから飲み物しかお腹に入っていないのだ。その前に軽食をもりもり食べていただろうって? それは軽食であって、おやつではないのである。
「へんな子ね」
「ふつうでしゅ」
「そうかしら」
前で兄さまがくすくす笑い、後ろでギルが噴き出している。
「リアはねすぎなほかはふつうだろう」
「むしろ寝すぎのほうが普通だと思いますよ」
「そうだろうか」
人の話を勝手に聞くのは失礼ではないかと思った。
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