兄さまはよいもの
「リアいがいのあそびあいてなどいらぬ!」
ニコは無事に体調を戻したが、私のほうが、心配するお父様に連れ戻されてしまったので、結局その日はニコとは遊べなかった。ニコが少しへそを曲げていたのはその次の日のことだ。
「殿下。遊び相手ではありませぬ。まだ学院生といえど、先生にあたるのですよ」
ライナスがニコに余計なことを言っている。
「せんせいなどましていらぬ! オッズせんせいだけでもめんどうなのに」
ああ、ここにも余計な一言を言う人がいる! しかし三歳では仕方がない。それにオッズ先生もライナスも確かにちょっと面倒くさい人ではある。
「にこ、にいしゃま、よいものよ」
「にいさまもいらぬ!」
「でも、えほんよんでくれりゅ」
「えほんなどじぶんでよめる!」
なるほど。それでは兄さまがいてよいこととは何か。私は考えた。
「にいしゃま、だっこちてくれりゅ」
「む、だっこか」
それは自分一人ではできないものだ。これには心が動いたようだ。あとは何かないか。
「あと、あしょんでくれる」
「やっぱりあそびあいてではないか」
「あち、はやいでしゅ」
そう言ったら、ニコが私を気の毒そうに見た。
「……リアははしれないものな」
「はあ? りあははちれましゅ! いちゅもはちってましゅ!」
「わ、わかった。リアははしれる。な?」
ちょっと慌てたようなニコに、私はふんと鼻息を荒くした。当然、走っている。よちよちなどとうに卒業したのだ。
「あと、にいしゃまおひるねちない」
「リアがねすぎなのだ」
「ねるこはそだちましゅ!」
ニコの目がリアは寝ているのに小さいではないかと言っていてちょっとイライラする。いや、子どものレベルに合わせていてはいけない。冷静に。兄さまのよいところをアピールするのだ。
「けんも、つよいでしゅ」
「けん、か」
ニコがそれならまあいいかというように腕を組んだ。なるほど三歳になると腕も組めるらしい。私はこっそり腕を組んでみた。惜しい。
「ブッフォ」
これはハンスに違いない。
「いいですか殿下、リーリア様。ルーク様は、魔力の扱いを教えに来てくれるのです。遊びにではありません」
そんなことはわかっている。わかっているが、その合間を縫って兄さまとどう息抜きをするかという話をしているのではないか。ニコは私と目を合わせると、あきれたようにため息をついた。
「ライナス、ないな」
「にゃい」
ライナスは一瞬呆気にとられると、言われたことを繰り返した。
「殿下、リーリア様、ない、とは、え? にゃい?」
「にこ」
「ああ、いこう」
私達はライナスを置いて二階に走っていった。ニコがちょっと先なのは足が少し長いからである。私が走っていないからではない。それにしても、どうも大人は物分かりが悪くて困る。
「ええ? 何がないのです? ルーク様のことですか? え?」
さ、今日も勉強の時間である。なるべく早く終わらせて、外で遊ぶのだ。
兄さまは朝から来るのかと思っていたら、お昼を食べて午後からだそうだ。しかも週一回なので、しばらくは来ないと夕ご飯の時教えてもらった。
「しょんなばかな」
「リア?」
お昼からなんて、魔力の訓練をしたら、私は寝てしまうではないか。そんなのつまらない。それを伝えたら、
「リア、フォークを振り回してはいけません。そうですね」
と兄さまは私に注意しつつも嬉しそうだ。
「どっちにしろ、午前中はお勉強なのでしょう。私がいたら集中できませんよ」
「むー」
「お口を尖らせてもダメです。兄さまも午前中は勉強をしているのですよ」
それもそうだ。
しかし、待ちかねていた兄さまの来る日がやっとやってきた。
お昼を食べ終わって、ニコと外に出ていると、竜車がゆっくりと城の庭をやってくるのが見えた。
「あれは、リスバーンのりゅうしゃではないか」
「にこ、わかりゅ?」
「ああ。りゅうしゃにはもようがついているからな」
「しゅごい」
私は感心してニコを眺めた。
「リアもいずれまなぶであろう」
「うーん、どうだろ」
別に特に必要性を感じないのだが。
「では午前の勉強にそれも組み込みましょうか」
「いらにゃい」
ライナスは一言多いのである。やがて竜車はゆっくりと止まった。兄さまが来る。私もニコもわくわくして待った。
「よう、リア」
「ぎる?」
しかし降りてきたのはギルだった。
「にいしゃまは?」
「リア、久しぶりなのにつれないなあ。ギル兄さまって呼んでいいんだぞ」
「よばにゃい」
ちょっとうっとうしい。しかし、そう言う暇もなく、すぐに兄さまが竜車から降りてきた。
「にいしゃま!」
「リア」
兄さまは嬉しそうに私に声をかけると、表情を引き締めてすぐに隣のニコのほうを向いた。そしてニコと目を合わせるように片膝をつく。ちょっとふざけていたギルもそれに合わせた。
「ニコラス殿下。ルーク・オールバンスにございます」
「同じく、ギルバート・リスバーンにございます」
「うむ。だいいちおうじランバートがちょうし、ニコラス・マンフレッド・キングダムである」
さすが兄さまである。無事挨拶が済んだ。
「よんこうとおうけはたいとうである。ひざをつくひつようはないと、ちちうえがいっていた」
ニコもなかなか格好がいい。
「そうですね。殿下と目を合わせたかっただけなので」
兄さまの目が優しく細められる。とりあえず第一印象はいいようだ。
「では、ほら」
ニコが兄さまに両手を伸ばした。
「は? ええ?」
兄さまは戸惑っているが、私はニコの後ろに並んだ。いつもならまず私をというところだが、初めてのニコに譲ってあげるのだ。
「え、なんでリアは殿下の後ろに並んでるのですか? これはいったい」
「にいさまはよいものだとリアにきいた。だっこしてくれるというではないか」
「え、はい」
兄さまは訳がわからないながら、兄さま、リア、抱っこと言う単語からおそらく抱っこを求められていると判断したのだろう。ニコをよっと抱き上げて、腰に乗せ、ちょっとびっくりしたように言った。
「殿下、やはりリアより大きいですね」
「そうであろう。リアはすこしちいさすぎはしないか」
ニコは心配そうに兄さまにそう言っている。失礼な。そこで笑っているギルも失礼だと思う。
「リアは殿下より年下ですから。私がギルより小さいのと同じことですよ」
「む。たしかにリスバーンはおおきいな」
「ギルでいいですよ、殿下。ほら、俺にも」
ギルは兄さまからニコを抱きとった。
「ほう、ちちうえほどではないが、おおきいな、ギル」
「まあ、普通じゃないですかね。ほうら」
「ははは! たかいな! はは」
高く掲げてもらってニコは楽しそうだ。そのすきに私は兄さまに抱っこしてもらう。
「にいしゃま」
「なんだい、リア」
別に何でもないのである。二人でふふっと笑いあった。そこにパンパンと手を鳴らす音がした。
「さあ、遊びに来たのではありませんよ、ルーク様、ギルバート様。殿下のお勉強の時間です」
そう言えばそうだった。魔力の勉強はまじめにやらないと。まずは城の中に入ろう。
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