明日が楽しみ
しかし確かに城の者の段取りは悪かったと思う。それに、自分のことだけではない。
「おとうしゃま、よんこう。けっかいのちごとしゅる」
「そうだぞ、リアは賢いな」
「ときどき、けっかいのちごとしゅる。なのに、どうちていしょがちい?」
「ふむ。父様は他の仕事もしているからだよ。内政の、あー、なんというか、いろいろなことを決めるお仕事もあるのだよ」
結界の仕事だけではないようだ。そして代わりがきかない仕事だから、ああして朝のように急がされることになる、ということなのだろう。しかし、私がもしキングダムの人なら、ただでさえ影響力のある人に、大事な仕事をさらに任せたりはしない。だって、力を持たせすぎることになるではないか。
ここから導き出されるのは、キングダムという国が、よく言えば平和であり、悪く言えば無能の集まりということだ。
そんなことを考えていたら、ご飯を食べ終わってしまった。竜車で食べるのも楽しいものだ。ナタリーが手を拭いてくれる。そして私の手を握ったまま、手の甲をそっとなでた。
「なたりー?」
「リーリア様、ずっと気になっておりました。叩かれたところは痛くはありませんか」
「あ、ああー」
そんなこともあった。
「いまはだいじょぶ」
「無茶をなさってはいけません。私もハンスも驚きました」
そう言ったナタリーは本当に心配そうな顔をしていた。
「なんのことだ」
「あの、殿下をかばわれて、木の枝でお手を叩かれてしまって」
「なんだと」
お父様は私の手をとると、しげしげと眺め、ほっと息をついた。
「跡はついていない。木の枝とは、つまり殿下は家庭教師に叩かれたと言うことか」
「そのようです。学校の先生も勉強をさぼる男の子を叩いたりしていましたが、まさか三歳のお子にそこまで厳しいとは思わず、驚きました。リーリア様はそれを見て思わずかばったように見えましたが」
「あい。いたい、だめ。たたく、いけましぇん」
叩いても覚えたりしないんだから。
「アレは確かランバート殿下の家庭教師だろう。代々王家の教育は厳しくと言ったところか。ばかばかしい」
一刀両断だ。
「おとうしゃまも、たたかれた?」
「そもそも叩かれるようなミスをしたことはない。もし叩かれたとしたら、速攻追い出すしな」
お父様ならやりかねない。
「おうじしゃま、たいへん」
「なんてことだリア、同情が好きに変わることもあるかもしれない。ランバートめ、リアの優しさを利用してニコラス王子に同情させ、好意を勝ち取ろうなどとよもや考えてはいまいな?」
「おとうしゃま……」
そんなことを考える頭があの人たちにあるとはかけらも思わないのだが。それに王族を呼び捨てはやめようよ。自分も王子をニコと呼んでいるだろうって? 遊び相手だからいいのである。
「あしたもいきましゅ。そちて、おにわであそびましゅ」
結局今日は遊べなかったではないか。楽しそうに座席で弾む私をお父様は一見無表情だがにこやかに眺め、その話を後で聞いた兄さまがとても悔しがったのだった。
嵐のような子(ライナス視点)
「遅くなった」
ばん、と、ノックの音もせずに扉が開いた。その音にもピクリとも動かない二人のお子は、よじ登ったソファで絵本を膝に乗せながらお互いに寄り掛かって眠りこけている。まだ昼前だというのに寝てしまった二人をどうしたものか皆でおろおろしているうちにオールバンス侯がやってきてしまったのだ。
「これは……、よほど疲れたのだろう。昼を一緒にとろうと思って連れに来たが、ちょうどいい。今日はこのまま連れ帰ろう」
そうつぶやくと、殿下を一顧だにせず、リーリア様をそっと抱き上げると、すたすたと歩き去ってしまった。慌ててメイドと護衛も付いていく。残された我らは唖然として立ちつくした。
「オールバンスの身勝手さよ……」
思わずつぶやいてしまったのも仕方のないことだろう。しかし、リーリア様がいなくなってしまった気配で、ニコラス殿下も目を覚ましてしまった。もともとなかなか昼寝をしない方である。リーリア様につられて寝てしまっただけであろう。
「りあはどこだ」
はっと隣を見て誰もいないことに気づいた殿下はすぐにそう口にした。
「眠ってしまったので、オールバンス侯が連れて帰りました」
「べんきょうしたらあそべるといったではないか!」
確かにその通りなのだ。午前中は勉強、午後からは体作り。合間に遊ぶ、殿下の生活はそんなふうに進む。遊び相手が来るというのを、わくわくして待っていたのをなだめて勉強させていたのだから、殿下が怒るのももっともである。
「リーリア様は殿下より小さいのです。疲れてしまったのでしょう」
私のその言葉に殿下はリーリア様のことを思い返しているようだ。確かに小さかったと納得している。
「ではあしたは! あしたはくるのか!」
「そういうことになってはいますが……」
オールバンス殿がどうするか次第なので何とも言えない状況ではある。教師の意図しないこととはいえ、もしリーリア様が枝で叩かれたことを知ってしまったら、あの子煩悩なようすからして、もう城には来させないと言いかねない。
「ならいい」
殿下はそう言うと癇癪を起こすこともなく、絵本をメイドに手渡している。
「殿下」
「なんだ」
その時、家庭教師のオッズが殿下に声をかけた。本来彼の仕事はここまでである。
「もう一度、あ、から順番に字を書いてみましょう」
「もうべんきょうのじかんはおわりだ」
「書いたものを明日リーリア様に見せたら、きっと驚かれることでしょうね」
「む」
殿下はその言葉にちょっと考えると、机の前におとなしく座って鉛筆を持った。
「あ、はえんぴつをもつてのほうに、りあのかみのようにくるんと」
そうつぶやきながらつぎつぎと鉛筆を動かしている。そして数分とかからずに書き終えてしまった。
「はい。殿下、すべて正しく書けておりますよ。今日はこれでおしまいにしましょう」
「うむ。ぞんがいかんたんだった」
殿下は満足そうに頷くと、椅子から立ち上がり、護衛を従えながら食事へと向かった。
「オッズ殿」
「ライナス殿、間違いありません。これまで何か月かかってもできなかったことをたった一日でできるようになりました」
心なしかオッズの手が震えている。
「だいたい覚えているのはわかっていました。しかし、字の細かい所はどうでもいいと、ちゃんと覚えるのに今一つ意欲がなかったのです。何とか意欲を持たせて、次に進みたいと思っていたのですがなかなか進まず」
オッズはその手をぎゅっと握りしめた。
「それをたった数時間で。しかも、つまり、あの一歳のお子は、殿下より正確に字の書き方を知っているということになります。殿下を飽きさせず、楽しく、しかも自尊心をくすぐりながら教師のように覚えさせた」
「まさか、それこそ偶然だろう」
「そうでしょうか。叩くのは、禁止だと。そう私を見た目は、私より年上のようで……」
「それこそあり得ない。なんにせよ、殿下の遊び相手どころか、勉強すら共にできる相手ならよかったではないか」
結局は勉強の邪魔にはならなかった。
「あとは、殿下の癇癪に耐えられるかだが」
「それこそいつ来るかわかりませんからね……」
一番の問題がまだ残っている。それにしても。
「ふ、ふふっ」
「どうしました、ライナス殿」
「物おじしない、嵐のような子どもだった」
「ああ、確かに」
なぜだか明日が楽しみでならない。
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