顔を上げたら
私はよほど落ち込んでいるように見えたらしい。あんなに城に行かせることに反対していた兄さままで、
「とにかく一度行ってみてから考えましょう」
と考えを変えたほどだ。このまま家に一人でいさせては駄目だと判断されたようだ。
「だれか、おうちに、あしょび、こない?」
一応、誰かが来てくれないか聞いてみたが、一度誘拐されているせいでなかなか難しいらしい。オールバンスとしても身元の不確かな者を家に入れたくはないし、誘拐される危険性のある子ども、つまり私の側に自分の子どもを置くことが敬遠されているということもある。
それなら王族こそそんな危険な子どもをそばにおいては駄目なのではと思う。しかし、城にいてもさらわれる可能性があると思われることは、王家にとっては信用問題なので、私が城に行く分には全く問題がないそうなのだ。
難しいものだ。良く考えたら、ウェスター王家の小さい男の子たちとも楽しく遊んでいたし、エイミーとも、トレントフォースの子どもたちともうまくやっていたのだから、今更男の子一人の遊び相手になるくらい、何の問題があるだろうか。お城のあちこちを探検するのは面白いはずだし、いろいろな本があるかもしれない。
さらわれて、いきなり環境が変わっても何とかやっていたはずなのに、ちゃんと家に戻ったらどうしていいかわからないなんて、不思議なことだ。帰るのに必死だったころには気が付かなかったけれど、たくさんの人に迷惑をかけた自分が、これ以上迷惑をかけてはいけないと思い込んでしまっていたらしい。でも、その時はそれが自分でもわからないまま、私は兄さまにもお父様にも、そしてナタリーにも護衛にも心を開かないままうつむいて暮らしていたのだった。
一方で、ずっと私が遊び相手になるのを渋っていたお父様が、突然私を連れてくると言い出したものだから、城側でも大騒ぎだったようだ。
「すぐに連れていけると思っていたが、護衛を増やすだのメイドを誰にするかだの言い始めてな」
「かていきょうし」
「王家では三歳になったころから、読み書きやいろいろなことを勉強し始めるのだそうだ」
「にいしゃまも、しゃんしゃい」
王子じゃないのにという意味を込めて尋ねると、お父様はちょっと気まずそうな顔をした。
「ルークはまあ、他にすることもなく、本人の希望でもあったし、だが、普通は5歳くらいからだな」
「おうじしゃま、たいへん」
「まあ、そうだな」
だいたい遊び相手としてつれて来いと言いながら、最初から準備していないとか正直王家とは無能なのかと思ってしまったあたりから、少しずつ気持ちが上向いていたように思う。なんだかんだ言って、環境が変わることは私にとってプラスに働いたようだ。
城側で準備ができるまでの一週間、行きたくない気持ちと微妙な期待感と共にいつも通り暮らし、楽しい週末が過ぎて、ようやっと城に連れて行ってもらうことになった。ようやっとということは、やっぱり私も微妙ではなく期待していたのだろう。
私にはナタリーと、家の護衛一人がつけられることになった。ナタリーは思いもかけず城に来ることで緊張しているようだ。いつもよりさらに無表情になっている。
私ももう二週間一緒に過ごしてきて、ナタリーという人が少しずつわかってきた。要するに、仕事はできるけれど、まじめで融通が利かず、ハンナと違って内緒でおやつを一緒に食べるというようなことができない人なのだ。一方、何人かいる護衛の中で主に昼に付いてくれているのはハンス。40歳を過ぎていると思うが、少しやんちゃな感じがする人だ。護衛隊に入っていたらしいが、数年前に辞めてそこからは貴族の護衛として個人で雇われて働いているということだった。
週末明け、学院に泣く泣く戻る兄さまを見送った後、いつもよりほんの少しおめかししてお父様と竜車に乗る。どのくらいおめかしかと言うと、頭にリボンを巻いて、ふわふわした髪を少し抑えたくらいだ。
いつもはお父様はラグ竜でさっさと城まで行ってしまうのだが、今日は竜車だ。四人掛けのこぢんまりとした箱型の竜車に、お父様、私、ナタリー、外に御者と護衛。
「おとうしゃまに、ごえい、いない?」
「必要ない。あんなもの面倒くさいではないか」
「ブッフォ」
この声は外の護衛に違いない。どうやら話が聞こえていたようだ。面倒くさいのに娘には護衛をつけるという親バカっぷりがおかしいのだろう。護衛も失礼だが、お父様はさらっと無視している。
「オールバンスは先祖代々ラグ竜を飼っているので、その関係で屋敷が少し町から離れているのだ。それに城の近くだとしょっちゅう呼び出されて面倒だしな」
「ぐっ」
今度は護衛は耐えたらしい。
「そう言えばリアは、昼にちゃんと王都を見るのは初めてか」
「あい!」
よく考えたら、ウェスターから帰る時に通ったけれど、あの時は町をゆっくり見る余裕などなかった。
「ほら、窓の側においで」
お父様が座席の上に私を立たせて後ろから支えてくれた。
「わあ」
王都の朝は辺境に比べるとゆっくりだ。これから仕事に向かうだろう人がたくさんいた。辺境は夜に活動できないから、朝早くから働く。私も父様と優雅に朝ご飯を食べてからの出発だから、時間にしたら今は9時ころではないだろうか。トレントフォースなら、もうみんなしっかり働いていた時間だ。
オールバンスの屋敷のそばではまばらだった竜車は、町に近付くにつれてどんどん増え、人を乗せているものもあれば、荷車のように野菜をたくさん積んでいるものもある。人々の顔は明るく、活気に満ちている。
まだ朝ご飯の時間なのか、パンを焼くようなにおいや、肉の香ばしい匂いが漂い、道端には屋台が出ていたりする。
「みんな、まりょく、ありゅ」
私は思わずぽつりと言った。
「そこまで違うのか。辺境のハンターには魔力があったと思うが」
「あい。はんたー、きょぞくしゃがしゅのに、まりょくちゅかう」
「町の人達には?」
「まりょく、ない」
結界内で、魔力がないことで受ける不利益はない。そもそも魔力を使おうとすら思わないのに、なぜキングダムの国民には魔力もちが多いのか。いつか答えが出るまで、その疑問は大事に頭の中にしまっておこう。私はそう思いながらも、主に屋台をチェックしていた。いつか食べに行こう。
「あの、お嬢さまはにぎやかなものがお好きですか」
ナタリーが遠慮がちに、私にともなくお父様にともなく、聞いた。家族の会話なので、口を挟んではいけないのではないかと思っているんだろう。
「そういうわけでもないだろうが……リアはつまり、好奇心旺盛で、いろいろなことに興味があるということなのだろうな」
お父様が町を見るのに一生懸命な私の代わりに答えている。確かに一人で本を読んでいて何も言わない子に、一体どうかかわればいいのかメイドとしても悩むだろう。
そうか。私はナタリーを見た。外に出たせいか少し不安そうなナタリーは、いつもより若く見えた。ナタリーは、私に興味がないわけでもなく、面倒と思っているわけでもなく、ただどうしていいかわからなかっただけなのか。
このところうつむいて暮らしていた私には、どうやら何も見えていなかったらしい。
「なたりー」
ナタリーは驚いて私を見た。
「はい、なんでしょう、お嬢様」
「りあ、やたいいきたい」
「はあ、やたい?」
「あしょこ」
突然私からきらきらした目で見られて、ナタリーはちょっと戸惑っているようだ。ここはすかさずいけませんと言うべきところだろうに。ナタリーも案外残念かもしれない。
「リアを連れてきてよかった」
立っていた私を支えていたお父様の腕が、私をくるりと包み込んだ。
「おしょと、たのちい」
「そうか、そうか」
ナタリーの事をすっかり忘れてニコニコする私達だった。
「転生幼女はあきらめない」発売日決定!
2月15日、サーガフォレストさんからです。
イラストレーターは藻さん。とてもかわいくリアを書いてくださっています! とても楽しみです!
明日金曜日は「異世界癒し手」更新の予定です。
「転生幼女」は次の月曜日です。




