手のかからない子
結局玄関に行っても、やはり兄さまが帰るには早すぎて、部屋までとぼとぼと戻ってくることになった。
こんな時、幼児は何をするべきだろう。トレントフォースから持ってきた積み木はある。でも、1セットしかないし、それならたくさんの木切れがあったブレンデルのお店のほうがいろいろあって面白かった。
絵本だってあるものは全部読み終わった。そんなに動かないから、お腹も空かないし、お昼寝だってなかなか寝付けない。
結局、兄さまが帰ってくるまで、壊れた結界箱を膝に抱えて、ナタリーに背を向けこっそり魔力の変換の訓練をして過ごすことになった。
「リア!」
「にー、にいしゃま!」
帰ってきた兄さまに抱っこされ、くるくると回される。
「リア、にーにでよいのですよ。にいさまなんて、大きくなったらいつでも呼べるのですから」
そう、私は家に戻ってきたのをきっかけに、兄さまをちゃんと兄さまと呼ぶことにしたのだ。
「やっと帰ってこれました。なぜ寮に入らなければならないのでしょう。ここから学院に通ったとしても、たいして時間は変わらないのですよ」
「あい」
私はやっと深く息を吸えた気がした。
「同世代の貴族と同じ食卓を囲む、寮の中で規律を学ぶなど、いろいろ目的はあるようだぞ」
一緒に帰ってきたお父様が兄さまをなだめるようにそう話している。
「それでお父様、同世代の人とは仲良くできたのですか」
「そうだな」
お父様は少し遠くを見た。
「同世代……スタン?」
「一人ではないですか」
「他には、あー、特には思い出せないな」
「では規律は?」
「人に決められた規律になんの意味がある」
兄さまはやれやれと肩をすくめた。
「やっぱり、寮など意味がないではないですか」
「うむ。さあ、食事にしようか」
お父様が面倒になってごまかした。特に会話に参加しているわけでもなくただ兄さまに抱かれて、仲のいい家族の話を聞く。これが充実した一時というものだ。
食後は私の部屋でみんなで遊んだり話したりし、兄さまに寝かしつけられてやっと安心して眠ることができた。
リアがおかしい(お父様視点)
リアがやっと屋敷に戻ってきて、どれだけほっとしたことだろう。もう二度と連れ出されないように、部屋もバルコニーに出られないものにし、護衛もつけた。
母のいない子だから、専属のメイドもつけなければならない。ハンナと面影が重ならないよう、しかも優秀なものをと、人選には苦労した。結局レミントンで下の娘を見ていたというメイドを雇うことにした。
レミントンの下の娘は5歳になるが、とても活発だという。お付のメイドも1人では足りず、幾人もいるということなので、その中から最も冷静なものを一人回してもらうことができた。
様子をみて必要なら人数も増やすつもりだ。ルークは早いうちに人を付けられるのを嫌がったので、5歳頃から1人だが、少なくともルークにはクレアがいた。
万全の体制で臨んだつもりだったが、ルークが学院に行ってから1週間、リアのようすがおかしい。
赤子の半年は大きいと聞く。片言からだいぶ流暢に話せるようになっていたし、背も随分伸びた。それでもお父様と手を伸ばすその愛らしさはこれっぽっちも変わってはいなかった。
だが。
こんなに静かな子供だっただろうか。
いや、静かは静かだった。泣いているのもほとんど見た事がない。それでも色々なものに興味津々で表情が豊かで、ハンナをからかっては大きな声で笑い、一生懸命這い、歩けるようになってからは相変わらず一生懸命歩き回り、じっとしているかと思えば虫を捕まえている。そんな子どもだったはずだ。
しかし、今のリアはそうではない。夕食の時こそ楽しそうに、ご飯を食べ、今日あったことを話してくれる。しかし、メイドのナタリーとは距離があり、家のもの達にも、私やルークにも、なんというか、そう、遠慮しているような気がしてならないのだ。
私だけでは判断できない。ルークが寮から帰ってくるのを待って、日常一緒にいるメイドと護衛に話を聞くことにした。
「やっと寝ましたが、おかしいです。リアは寝つきがよかったはずなのに、いつまでも寝なかった」
「1週間ぶりにルークに会ってはしゃいでいたのではないか」
「はしゃいだ?リアがはしゃいでいたようには見えませんでした。むしろ何かを押さえ込んでいるような」
「やはりか」
私はルークと顔を見合わせた。
「シーベルではどうであった」
「生き生きとしておりましたよ。顔を輝かせて、なんでも楽しいというように」
「ふうむ」
私は顎に手を当てて護衛とメイドを見た。
「ナタリー、一週間ついてみて、リアの様子はどうだった」
「はい、あの」
いつもはどちらかと言うとキビキビして落ち着いているはずのナタリーが困惑した様子を見せた。
「あの、お嬢様は落ち着いていて、なんの手もかかりません」
「ふむ、ハンナの手は焼かせていたようだが。トカゲを手渡されたりはしなかったのか?」
「お嬢様はそんなことなさいません!いつも絵本を読んでいるか、積み木やおもちゃで1人で遊び、時々は外に行きたいとはねだりますが、泣きもせず、騒ぎもせず」
ナタリーは困惑した様子を見せた。
「レミントンのお嬢様は活発な方で、一時もじっとしておられず、走り回り、気に入らないことがあると癇癪を起こし、メイドはそれに振り回されるという毎日だったので、静かなお嬢様にどう接していいかわからず、正直なところ戸惑っています」
「そ、そうか」
「食事の手伝いをしようにも、ゆっくりとですがおひとりで食べてしまいますし、朝も起こされる前に起き、着替えもできるだけ自分で、粗相もなく、私はお嬢様を見守る以外に、一体何をすればいいのでしょうか」
リアの話を聞くはずがメイドの悩み相談になってしまった。
「護衛の君たちはどうなのだ」
「まあ、私達は何もないように見張るのが仕事ですが、正直なところ走り回る子どもの面倒も見なければならないと思っていましたのでね」
護衛はちょっと困ったように身動ぎした。
「なんにもです。なんにも困ることがないんです。あのくらいのお年頃なら、疲れたなら抱っこでしょう。けど、時間がかかっても、自分で歩いていってしまう。機嫌が悪くなることも、ぐずることもない。楽といえば楽だが、正直なところ、変わったお子だとは思います」
ルークが暗い顔をしてそれを聞いている。ルークも寮に入らず、家から通うこともできるだろう。しかし、結局リアは一人で昼を過ごすことになるのだ。
「無理にハンターたちと引き離したから……」
「しかし、逆にこちらに彼らを連れてきたら、彼らから将来を奪うことになるだろう」
私たちからリアを奪った奴らへの憎しみがこみ上げる。それさえなければ、のびのびと暮らせていたものを。
「受けたくなかったが、受けるしかないか……」
「お父様、何をです?」
「要は昼に一人なのがよくないのだろう。王子から、子どもの遊び相手にリアをと言われている。リアを外には出したくなかったが、それなら私と城に一緒に行けるしな」
「反対です」
ルークが大きな声を出した。
「学院にも聞こえてきます。リアより一つ上だし、それこそやんちゃで乱暴者で、だから遊び相手がいないのだと」
そんなものに大切なリアを差し出すのかと、憤っている。
「だが、しおれた今のリアを元気にする方法が思いつかぬのだ」
「それは!」
ルークにも手立てがあるわけではない。そばに来たからと言っても、何もかもが上手くいくわけはないのだった。
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします(´ω`)




