なかったことに
「宿の家族部屋というものを用意してもらったのだ」
部屋に入ったお父様は得意そうだ。
「それにしても狭いが。まあ、宿とはどこもこんなものだった」
そう言って満足そうに頷いた。その部屋はダブルのベッドが二つと、おそらくベッドにもなるソファが一つ、そしてその手前には小さなテーブルと椅子が用意されていた。
「では手前のベッドで私とリアが休みましょう」
「何を言う。リアは私と休むのだ」
「お父様はリアと休んだことなどないでしょう。私は既に二日もリアと一緒で、慣れていますから」
「二日も一緒なら、父様に譲ってくれてもいいはずだ」
相変わらず不毛な争いをしている。それならば、少し狭いけれど、
「みんな、いっしょに、ねりゅ」
でいいのではないか。
「まあ、それでもよい」
「いいんですか、お父様」
兄さまがあきれている。
「なに、みんなで床に寝転がっていたこともあるだろう」
「そうでした」
そのころにはハンナがいて、セバスがいた。誰も何も言わなかったが、三人ともそれを思い出していたのに違いない。
寝る準備をして、みんなでベッドに転がって。そうやって並んでいると、それが当たり前のようで、話すことなど何もないのだった。
「そういえば、これだけは先に話しておきたいのです」
「なんだ、ルーク」
私を挟んで兄さまとお父様が話している。眠い。
「リアは結界が張れます」
「結界」
お父様が上を向いたまま兄さまの言葉を繰り返した。
「結界とは、結界箱のあれか」
「あれです」
「魔石なしにか」
「なしにです」
「ふむ」
お父様は真ん中にいる私のほうにくるりと寝返りを打った。
「リア、見てみたい」
「ええ……」
夜遅いし、面倒くさい。そんなきらきらした目で見られてもね。
「にーに、できりゅ。にーに、やって」
兄様だってできたではないか。
「なんだ、ルークもできるのか?」
「ええ、リアにやって見せてもらって、できるようになりました」
「それなら」
お父様は勢いよく起き上がった。
「私にもできるはずだな」
こうなると思ったんだ。
「リア、私も一度しかやっていないので自信がないのですよ」
「ええ……」
兄さまにそう言われては仕方ない。半分寝かかっていた私は仕方なく起きた。目をくしくしとこする。
「ではリアは私が抱っこするから」
「抱っこしたら結界が作れません」
「そうか、仕方がない」
別に抱っこされていても結界は作れるけれども。
「ちいしゃいけっかい、しゅる」
私はそう宣言すると、お父様にもわかるようにゆっくりと魔力を変質させ、三人が入るくらいの小さい結界を作った。
「なるほど、これは結界箱の結界と同じだな」
お父様は口の端をわずかに上げると、自分の魔力を操り始めた。兄さまはあっという間だったが、父様はあと少しというところで首を傾げている。
「にーに、しゅぐできた」
思わず言ってしまった私は反省するべきだ。
「ではルーク、やって見せるがいい」
ちょっと目を細くしてそう言ったお父様をちょっとかわいいと思ってしまった。
「ではリア、結界を解いて?」
「あい」
私は一旦結界を解いた。つい二日前に大騒ぎになりそうになったばかりだからね。そう言えば、キングダムの中で結界を張っても、あまり響かないような気がする。
「では行きます」
兄様はすっと結界を作ってしまった。天才か。
「なるほど。ルークの結界のほうがなじみ深い。最新式の結界箱を参考にしているからか。なるほど、それなら私にも覚えがある」
私はちょっとむっとした。確かにアリスターの結界箱は古かった。こうやって兄さまの結界を見ていると、作り方は私の真似をしていても、魔力の質が洗練されたものであることがわかる。私はちょっと手を伸ばして兄さまの結界から手を出し入れしてみた。わずかの違いだ。例えるなら、お茶に雑味が混じっているか、いないか。
「しょれなら、まりょく、こう」
雑味を取ってすっきりさせていくと。
「こうか」
「こう」
お父様と声が揃った。
「「「あ」」」
キーンと、高く響くような結界の気配が、一瞬で広がった。うっかり三人で結界を合わせてしまったのだ。ただし、それはウェスターでの結界と違って、水にさらに水を注いで、ほんの少し水面が揺れたようなかすかなものだった。
「魔力を!」
「ああ」
「あい」
兄さまの声でハッとした私たちは一斉に結界を張るのを止めた。
「リア、結界がどこまで広がったかわかりますか」
「わかりゅ」
薄く広がった結界はおそらくシーベルを越えて届いたような気がする。
「人の作った結界も共鳴するのか」
お父様が一番呆然としている。無理もない。私たちは二回目だから、慣れている。
「少なくとも、同じことが二回起こったのだから、二回目にいなかった私たちに疑いがかかることはなくなったということです」
「にいしゃま、かちこい」
私が手を叩くと兄さまは照れたように微笑んだ。
「ルーク、リア、二回目ということは、すでに一度やらかしているということだな」
しまった。お父様にばれた。私たちはちょっとだけ目をそらした。
「先に言っておいてくれ。まったく」
お父様は私を持ち上げると、膝に乗せてぎゅっと抱きしめた。
「ごめなしゃい」
「ごめんなさい」
二人でごめんなさいをする。父さまは大きなため息をついた。
「まあいい。なかったことにしよう」
「そうですね」
「あい」
私達はなんとなく気が抜けてまたベッドに寝転がった。
「まあ、不思議でもないと言えないこともない」
お父様がわかりにくいことを言った。
「どういうことですか」
兄さま、よい質問です。
「魔道具職人は、魔力を伝える石板を変質させるのが仕事だ。結界箱を作れる職人はごくわずかだが、やつらはつまり、結界に変質する魔力をもっているということになる。もっとも」
お父様は私たちのほうを向いてにやりとした。
「キングダムの結界内で結界を張ろうと思うわけがない。魔力の高いリアがウェスターに出て、必要に迫られて初めてできたことというわけだな」
きっかけは面白かっただけのことで、必要に迫られたわけではなかったとは言えない雰囲気なのだった。まあ、これからは結界を張る機会があっては困るというものだ。
「早く王都の屋敷に戻ってこい」
「あい」
王都のお屋敷で、今度こそのんびり幼児ライフを楽しむのだ。もっとも次の日に、いろいろ察したギルやジュードにしこたま怒られたのだった。
次は月曜日の予定です。
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