帰る日
その日の夜は、王妃様の希望もあって、王族との気軽な会食となった。とはいえ、バートたちは遠慮して参加しなかったので、オールバンスとリスバーン、そして王様の家族という少人数のものだった。アリスターは緊張していたが、幼児は身分などわからないので緊張しない。私はアリスターにあきれた目で見られながら、もりもりとおいしいご飯を食べていた。
「それにしても、わざわざお二方に来ていただいたのに、やはり長期的に見るとまだ結界箱を使うのは無理だとわかったのは残念だったなあ」
こう口に出したのはギルバート王子だ。この人とヒューの魔力量が多かったため、理想に燃えて町を覆う結界箱を発動させようとしていたのだという。
「まだあきらめてはいない。しかし、綱渡りのような運用をして、王家が疲弊しては結局国が弱ってしまうということだな」
「そこに気づいてくれてよかったです。結界を張り続けるということは必ずしもプラスばかりではないと思うのです」
こちらのギルが静かにそう答えた。それは結局、アリスターがシーベルに来なくても大丈夫だったということだろうか。私はアリスターを見た。アリスターはちょっと苦笑いをしている。
「アリスターについては、結局どこに行ってもリスバーンの名前が付いて回る。そろそろ覚悟してその名前を背負って生きなければならない」
ギルがアリスターを見ながらそう言い切った。アリスターは少しむっとしながらも、ちゃんと頷いている。一晩一緒の部屋で、きちんと話し合ったのだと思う。
「けっかい、はりぇにゃい?」
「時々張るくらいなら大丈夫なんだが、毎日張るのは難しいんだよ」
ギルバート王子がまじめに答えてくれた。自分にも子どもがいるからか、子どもの扱いには慣れているらしい。その子ども二人も一緒に食事を楽しんでいて、さっきからきらきらした目を向けられている。3歳と5歳の男の子だ。
これは後で、アリスターと一緒にちっちゃい子どもたちと積み木で遊ぶパターンだな。あるいは王妃様に連れられて着せ替え人形になるか……。私はちょっと遠い目をしたのだったが。
毎日結界を張るのは難しいのか。私はもぐもぐしながら考えた。そもそも、なぜ毎日張らなければならないのか。
「ときどき、なじぇ、わりゅい?」
「それは、結界が張っている日と張っていない日があったら混乱するだろう」
意外な質問だったようでちょっと答えるのに間があった。
「おやしゅみのひ、はったらいい」
「おやしゅみ? ああ、お休みの日か」
ヒュー王子が言い直している。私は思い出していた。さらわれて夜の町で過ごした時、人がたくさんいてにぎやかで、おいしそうなにおいがしていたことを。
「おやしゅみのひ、きめて、けっかいはりゅ。やたい、おいちいもの、だしゅひ」
月に何回か夜に外に出られる日があってもいいのではないか。
「夜に市を開く、ということか。日を決めて、月に三回、あるいは六回。それならば王族の魔力だけでいける」
私の言葉にハッとしたギルバート王子は、ヒューと目を合わせて頷いた。それもいいんじゃない? それより、私はさっき運ばれてきた、ほんのりとピンクの、いい匂いのする皿に目をつけていた。デザートにちがいない。
「赤子が辺境で生き延びるとは、どのような幸運かと思っていたが、どうやら幸運だけではなさそうだ。ルーク殿、オールバンスは得難い宝をお持ちだったようだな」
「はい、まことに」
なにか話しているが、私はデザートが欲しい。
「にーに、あれ、ほちい」
「そのあんずですか」
「あい」
兄さまが少しだけ取ってくれた。甘い匂いのするそれは、やはり果物を甘く煮たものだった。スプーンですくって、一口。
「おいちい」
「そうですか、それはよかった」
ウェスターで市が開かれようとどうだろうと私は構わないのだ。いや、これからも私はシーベルに遊びに来るだろう。夜に市が開かれていたら、それはそれで楽しいのではないか?
私は兄さまをキラキラした目で見た。
「にーに、やたい」
「いけません。大きくなるまで、夜に出かけるなどもってのほかです」
「あい」
私はスプーンを握りしめたままうつむいた。もし市が開かれるなら私のおかげなのに。でも待って? 兄さまが一緒なら? 私は期待を込めて兄さまを見上げた。
「うっ。そんな目で見てもダメです。自分がどれだけさらわれやすいか、リアは自覚したほうがいい」
「あーい」
それはそうかもしれない。まあ、大人になるまでに楽しいことはきっと他にもあるだろう。私は残りのデザートにスプーンを伸ばした。「あぶなかった」と言っていたような気がするが、連れて行ってくれないなら聞く必要はないのである。
案の定、寝る直前まで子どもの相手をさせられたが、エイミーの友達だった私に死角はない。兄さまも含めて、子どもだけで楽しく遊んだのだった。
そうしてまた兄さまの部屋で一緒に寝て、帰る日の朝が来た。準備をして、みんなに挨拶をして、それから恒例のように町を練り歩いて帰らねばならない。
バートたちは国境まではついて来てくれるという。
町を出るまでは、バートに抱っこしてもらって、兄さまやギルと一緒に町の人に手を振った。もうなんでもありだ。四侯の人気を高めるだけ高めて帰ろう。笑顔がひきつりそうだけれども。
やっと町の外に出て一息ついた。大切なのはここからだ。町から少し出たところには竜車と護衛が待っていた。
「リア、大丈夫ですか」
「あい」
竜車の前でバートに降ろしてもらう。
「さ、出てきても大丈夫ですよ」
兄さまのその声で、竜車から降りてきたのは。
「せばしゅ!」
「リア様!」
髪を上げてもいないし、お仕着せも着ていない。少し色が黒くなって、髪に白いものが増えたかもしれない。それでも顔に浮かんだ優しい微笑みは、確かにセバスだった。
手を思い切り伸ばして、セバスに抱き上げてもらう。
「おお、こんなに重くなって。リア様、大きく、ご立派に育ちましたな」
「あい。りあ、がんばりまちた」
「さすがはクレア様のお子です。きっとどこに行っても、明るく、みんなに大切にされていると思っておりましたよ。セバスは心配などこれっぽっちもしておりませんでした」
「あい! りあ、いちゅもたのちかった」
小さい頃抱き上げてくれたそのままに、セバスは私を優しくゆすった。
そのままどのくらい優しい時が過ぎただろうか。
「リア様」
「あい」
「ハンナの、家族に」
私ははっとしてセバスの顔を見た。セバスはちらりと竜車のほうを見た。
「お会いに、なりますか」
次は月曜日更新の予定です。ついに一区切りです。
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