依頼調査4
アーロンが臨戦態勢を取ったことで、今まで黙ってことの成り行きを見守っていたベラルも武器を構えた。
ただ俺の頷きから魔族を認識し、その他の魔族を手持ちの情報から割り出すなんていう芸当はベラルには出来ないので、今のところ矢の矛先は商人風の魔族に向けられている。
しかしこんな状況だというのに、男にはどうしてか余裕を崩す素振りが見受けられない。
何か隠し玉でもあるんだろうか。
「アースウォール、エンチャントマジック・ブースト。……これでもうお前らに逃げ場はない」
「いやはや、困りましたねぇ。……ああ、実に困った」
どうやら賢者の卓越した魔法能力を活かし、屋敷の周囲に土壁を張った上でそのまま壁を強化したようだ。
これで完全に逃げ場は塞いだ訳だが……。
「困ったという割には、ずいぶんと余裕そうに見えるな。まさか、この俺から逃げられるとでも思っているのか?」
「ええ、まあそれも一興なんでしょうけども。そんな事をしなくてもあなた方を皆殺しにすればよいだけです。私が困ったと言っているのは、あなた方のせいでこの町での商売がしにくくなった、という事ですよ」
「なに……?」
うーん、なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
この二人を前にしても勝てる余裕があるみたいだ。
こいつ、ただの魔族じゃないのか?
確かに他の者にくらべて違和感の強さがちょっと違うが、そんなのは何かの勘違いだと思っていた。
もしここでこの二人が敗北するような事があれば、ちょっと今の俺が一人で抗うのは無理だ。
もうちょっとレベル上げをしてからじゃないとマズい。
そんな事を考えていると、奴はネタ晴らしを楽しむかのような態度でニヤニヤと笑いだした。
「知っていますか賢者殿、竜というのは魔族化の儀式素材になるのですよ。これを教えられた時は実に愉快痛快でした。魔族になる前まではただの商人としてあくせく働くばかりで、貴族どころか平民にまで頭を下げて物売りに励む毎日。今思えば実にくだらない過去の汚点です」
だが、と男は続ける。
「それが魔族になった途端世界が変わり、この力を求めてあらゆる者がこぞって私に媚びるようになった。薄汚い商売をしている暗殺者ギルドや、誰かを貶めたい貴族、そして力を手にしたい平民まで。身分も種族も関係なく私に従うようになったんですよ! この全能感、圧倒的な興奮! ああ、素晴らしい!」
「それがどうした。その後ろ盾があるから俺が怯えて逃げ出すとでも?」
確かにアーロンの言う通り、そんな個人的な事情を知ったところで動じることは無い。
賢者の力はその程度の後ろ盾を薙ぎ払うし、後ろ盾の大きさで言ったら生きる伝説ハイ・エルフの母を持つベラルの方が上だ。
そしてそもそも俺は頭が無くなろうが心臓が潰れようが、ログアウト後にキャラクターは勝手に修復されるだろう。
唯一紅葉が後ろで怯えてそうな雰囲気を感じるが、ま、まああいつだって『創造神の神殿』に避難すれば無事だ。
ようするになぜこの男がこんなにも余裕なのか、その説明になっていないという事である。
「分かっていませんねぇ賢者殿、竜の素材で魔族化が行われるんですよ? こんなにも堂々と今まで私がかき集めてきた素材を、ただ見せびらかし他人に施すだけで終わらせると思いますか? 甘いんですよ貴方たちは! この素材の本当の使い道というのはですねぇ、こうやるんですよぉ!!」
「…………!!」
そう叫んだ魔族からいきなり瘴気が吹き出し、周囲の竜素材を巻き込んで取り込み始めた。
そして素材を取り込んだ瘴気はどんどんと膨れ上がり、膨大な量へと変化していく。
あ、なるほどねぇ~。
これはアレか、普段以上の瘴気を生み出し力を増幅させるために、自らの持てる限界以上の素材を儀式の贄としている訳だ。
各種族の人間が消息を絶ってきたのも、たぶんこのドーピング儀式の研究をするためだったのだろう。
いやー、なんて分かりやすいおっさんなんだ。
ここまでテンプレ通りに小物だと、逆に親近感が沸くぞ。
もしこいつが犯罪を犯してなかったら、どこかでつらい人生について語りながら酒でも飲みかわしたいところだった。
しかし今回ばかりは相手が悪い。
なにを隠そうこの俺には、創造神にだけ与えられたアプリ機能『次元収納』があるからな……。
それはもう可哀そうなほどに、致命的な機能である。
「魔王様ぁぁぁああ! 今こそ、今こそ私はあなた様に近づき、そしてあなた様に歯向かうこの賢者などという愚か者共を始末してご覧にいれます!!」
そうかそうか、魔王にそそのかされて道を踏み外してしまったのか、同士よ。
しかし頭を下げ続ける現実の辛さは俺も良く分かっているが、だからといって人体実験はやり過ぎだぞ。
俺としてはあんたの事は嫌いじゃなかったが、やり過ぎてしまったものは仕方がない。
処罰は友や知人を失ったアーロンやベラルといった、この世界の者に委ねさせてもらうよ。
「と、言う訳で収納」
「……なぁっ!?」
俺がスマホを掲げて念じると、瘴気に包まれつつあった竜の素材たちは一瞬にして姿を消し、俺の次元収納の内部へと格納された。
これで完全に詰み、である。
「ば、ばかなぁあああああ!?」
「でかしたぞケンジ!」
多少は瘴気が浸透してしまい既に力となった素材もあったが、まあ、ほぼほぼ封じた。
そしてもちろん、色々と情報を聞き出し用済みとなったこの魔族を、アーロンとベラルは確実に仕留めるべく魔法と矢を連射していく。
突き刺さる氷の槍、雷、風の刃、そして雨あられと降り注ぐ矢の弾幕。
あっという間に魔族の男はミンチにされ、原形を留めずに死体となった。
憐れだ。
「よし、上出来だ。残党を始末するぞ」
「ええ、分かったわ。私じゃただの従業員と魔族の区別がつかないから、案内をお願い」
そういって二人は駆け出し、屋敷の中での駆除作業を始めていく。
あの元商人の男をたぶらかした魔王の存在が気になるが、さすがにもうこの近くには居ないだろう。
ずっとこの町に居てもメリットがないしね。
という事はとりあえずこれで一見落着かな?
どう考えたってガルハート伯爵領で見た魔族も、この商人魔族の伝手で人間を辞めたように思えるし、スタンピードを起そうとした理由も自分を見下した者への復讐とか、力の誇示とかそんなところだろう。
この既にミンチになってしまった者の弁では、そういった者達へ積極的に手を差し伸べていたみたいだし。
「終わったな」
「……終わったのかえ?」
「おう、たぶんこの町の残党はすぐに始末されるだろ」
俺一人ならばともかく、今回は助っ人の力が規格外だ。
いずれ一人でもこのくらいは解決できるようにリプレイモードで訓練をしておきたいが、まあそれは後の課題という事でいいだろう。
「なんじゃ、ビビって損した。儂ちょっと、あの者が本気を出した時に逃げるか迷った」
「ああ、命が危ないと思ったらとりあえず逃げておいた方がいいぞ。今のお前じゃどちらにせよ戦力にならないし」
「そうじゃよなぁ、儂、戦うの苦手だしのー」
そんな事を語りながら、屋敷中で鳴り響く破壊音を聞きながら談笑する。
すると、突然スマホがブルブルと震えだした。
えーと、何々?
【ストーリーモード中の特定行動『魔族の巣穴殲滅』を達成したことにより、アチーブメントを獲得しました。またアチーブメントを取得した事により、既存の機能『創造神の神殿:レベル2』が解放されます】
お、ようやくアチーブメントを達成したらしい。
ということは残党狩りが終わったということか、意外と早かったな。
どれどれ、レベル2の機能でも見てみるか。
【創造神の神殿:レベル2】
異空間に存在する創造神の部屋。
現在の広さは一戸建て住宅くらい、庭付き。
部屋の中では新たにタイムマシンがお楽しみいただけます。
なんか、タイムマシンが使えるようになったらしい。




