対九尾戦線2
「うわぁ……。この数はちょっとヤバイな」
アパートを飛び出した俺は外を徘徊する妖怪の数に慄く。
パッと見るだけでも周囲を照らす人魂のような妖怪の他に、ゴブリンに似た小鬼や動物の幽霊みたいな奴、そしてちょっと強めの奴になると日本でも有名ながしゃどくろと言われる巨大なスケルトンが蠢いていた。
しかもそいつらは次元の裂け目のような空間の亀裂から次々と増えていき、留まるところを知らない。
一匹一匹相手をしていたらキリがないなと確信させる物量である。
「時代変動によるアプリのバージョンアップ中に、次元収納と職業選択だけでも可能になっていて本当に助かった……」
これも恐らく始まりの創造神と名乗るメールの主の粋な計らいというものなのだろうけど、この数の妖怪相手に仲間の召喚もパワーアップも出来なかったらと思うと絶望しかない。
いや、本当に助かった。
現にミゼットはようやく大暴れのタイミングが回って来た事を喜び、これ以上ない程に満面の笑みで周囲の妖怪を一人で屠り続けている。
その姿はまるで戦乙女のようだ。
しかも攻撃方法は通常攻撃のみ。
接敵して斬る、蹴る、殴る、ただそれだけだ。
こんな雑魚相手に魔力を使うのも馬鹿らしいと思っているのだろう。
だが、彼女の通常攻撃はこの世界のレベルだと強すぎると言わざるを得ない。
小鬼に至っては己が死んだのだと自覚させる前に斬殺してしまうし、がしゃどくろのような大物でさえ、ミゼットパンチの前ではまるで豆腐を崩すようにバラバラに吹っ飛ばされ活動を止める。
世界も時間も超えてついて来てくれると誓ってくれた我が相棒の戦闘力は、あまりにも圧倒的だった。
「ふふん! ケンジのいる世界の敵っていうからどれだけ強力なモンスターが暴れているかと思ったら、意外と大した魔力もない雑魚ばかりね! このミゼット様の準備運動にもならないわ! うふふふ、ふふふふふふ。あははははははは! そぉ~れ!」
ここでフィニッシュとばかりに、微量の魔力を纏わせた西洋剣を一振りし、妖怪を剣圧だけでミンチにする。
なるほど、魔力にはそういう使い方もあるのか。
……これ、もうミゼットだけでいいのでは?
そう思える程の無双ぶりだ。
戦神を持っている俺もスペックは申し分ないしステータス的には同じことができるのだろうけど、効率的に敵を殲滅するセンスというものが欠けているため、結果的に効率は大きく劣ってしまうだろう。
これが生まれた時から生粋の戦闘民族として生きて来た人間と、武力的な衝突の無い世界で生きて来た人間の差っていうやつなのだろうか。
うーん、凄まじい。
まあ、ここまでミゼットの調子がいいのは、いがみ合っていたジーンというストレスから解放されたのも大きいのだろうけどね。
ダンジョンでのチームプレイも水と油という形で、真っ直ぐな直情タイプのミゼットは常にガラでもない頭脳プレイを強いられていたしな。
彼女にとっては、自由に暴れられる環境というのがこの上なく爽快らしい。
「あら、もう終わっちゃたわね。……不完全燃焼だわ?」
「嘘だろおい……」
見える範囲を全て薙ぎ払って尚、まだ暴れ足りないらしい。
さっきの攻撃で次元の裂け目っぽいのも一緒に吹っ飛んだんだが?
とはいえ物欲しそうにこっちを見られても、俺が妖怪を生み出している訳じゃないから願いを叶えてあげる事はできん。
すまんな。
だが心配しなくても、九尾戦でまだまだ暴れられるから、楽しみはそこまで取っておいて欲しいといったところだろうか。
「す、凄まじいですね、ミゼットさん。なんだかジーンさんとチームプレイしていた時よりも遥かに強くなっている気がします」
「そうかえ? 儂の知っている女子はいつもこんな感じだったぞえ? こやつはいつも儂をりぷれいもーどという地獄に誘い込み、特訓だとか言って妖怪イジメをするのじゃ。……あっ、思い出したら気が遠くなってきた。…………う~ん」
おいまて紅葉、気持ちは分かるがこんなところで気絶するな、死ぬぞ。
分かった、分かったから。
生きる為とはいえミゼットレベルの特訓に付き合わせた俺も悪かったから。
どうか気を強く持つんだ。
ほら、深呼吸だ。
ここにはお前を苦しめたリプレイモードは居ないぞ!
生きろ紅葉!
「何を遊んでいるのですマスター。彼女が私より強い奴に会いに行くと言って、どんどん道を作ってくれてますよ。私達も後に続きましょう」
「お、おう……。そうだなデウス」
そうだ、今は紅葉で遊んでいる場合じゃなかった。
こいつも妖怪だから、どのみち放置されても死ぬことはないわ。
とはいえ、さすがに置いて行くのは可哀そうだから背負っていくとしよう。
「背中でゲロだけは吐くなよ?」
「うっぷ……」
「おい」
心配だが、これ以上紅葉にかまけていてもしょうがないのでこのまま追走する。
また、ミゼットは最も強い魔力の反応がある場所を目印にしているのか、向かっているルート的には戸神家の屋敷を目指しているらしい。
当然魔力が一番高いイコール九尾の魔力という事になるのだろうし、方向性は間違っていないはずだ。
「お、おおお……。母様や姉様の妖力が近づいて来るのじゃ。懐かしいの~。みんな元気にしてたかのう?」
紅葉センサーにもお墨付きを貰えた。
やはりこのビビリ妖怪は頼りになる。
察知能力が高いから進む方向に確信が持てるし、不意打ちも貰う事がない。
その上隠れるのが得意だから、紅葉の周囲に居れば逆にこちらが不意打ちを仕掛ける事ですら可能だろう。
それが例え、土地神と呼ばれる九尾の大妖怪であろうとも、である。
ソースは俺。
亜神の力を適当に入れ替えつつ、パラメーターの変化を確認しながら追走しているが、記憶に残る紅葉の隠形を見破れる気がしないからだ。
九尾の一族はお互いを感知する能力に長けているらしいが、どうも向こうからの反応が薄い事もこの仮説に拍車を掛けている。
恐らくだが、一尾だった頃よりも元々逃げ隠れが上手かった紅葉の素のパラメーターが上昇して、三尾としての力を十全に使いこなせるようになったからこその境地なのだろう。
決戦を迎えようとしている相手に対する能天気な感想を除けば、やはりとても優秀なナビである。
「会ったら何を話そうかの~。おにぎりの男がくれたツナマヨの話かの? それともハンバーグの話かのう。う~む、悩む」
ほんとに頼むぞ?
さすがに向こうは人類に打って出ている訳だから、争いの着地点がどうあれ、恐らく戦わないという選択肢はないんだからな。
……しかし、その時だった。
それこそ何の前触れも無く、突如として遠くで巨大な魔法陣が浮かび上がり、真っ暗だった空を照らす強大な稲妻が迸ったのだ。
「なんだろ、あれ?」
「んあ? お、おおー、母様の結界術が破られたのじゃ。すごいのう~」
紅葉の様子からも、何か異常な事が起こっているという事なのは間違いない。
なにせこの九尾が現実と隔離しているだろう固有の世界に、本人が知り得ないだろう異変が起こり始めたんだからな。
一体なにが起こっているんだろうか?




