『黒闇の魔女』がやってきた! ④
「うん。わたしはホムンクルスだからパパには奥さんはいないよ」
わたしがそう言って笑かければ、『黒闇の魔女』さんは安堵したように笑った。
その笑みがあまりにも綺麗で、わたしは見惚れてしまいそうになる。
「『黒闇の魔女』さん、嬉しいの?」
そう問いかけたら、『黒闇の魔女』さんはハッとした様子を見せて、キリッとした表情に変わる。その表情だけを見ていると確かに『黒闇の魔女』さんは冷たい人に見えそうだと思う。
「ねぇねぇ、『黒闇の魔女』さんはお名前なんて言うの? パパもニコラドさんも『黒闇の魔女』としか呼んでないけれどもお名前あるよね?」
「……ああ、ニコラドの奴とも知り合いなのね。私の名前は、ジャクロナよ」
「ジャクロナさん? じゃあ、ロナさんって呼んでいい?」
「ええ。もちろんよ」
『黒闇の魔女』――ロナさんは、小さく笑った。表情が変わりにくいみたいだけど、やっぱりロナさんって悪い人ではないと思う。
「ロナさんはパパとは付き合いは長いの?」
「そうね。百年近く付き合いはあるわ」
百年……その途方もない数字を聞くと、やっぱりパパもロナさんも魔導師なんだなと思う。わたしが想像が出来ないほどの時間を生きているんだなと思った。
それにしてもパパとロナさんって、百年間、こういう関係なのだろうか?
「すごいね! 昔のパパってどういう感じだったの?」
「今と大して変わらないわ……と言いたいところだけど、ディオノレもベルレナと出会って変わっているみたいね」
「パパ、結構変わったって、ニコラドさんも言ってたよ」
わたしと出会って、パパが変化した。
そのことをまわりから改めて言われると何だか不思議な気持ちになる。わたしにとってパパはずっと、優しい。最初は突き放すような物言いだったりしていたけれども、それでも優しかった。
でもわたしと出会う前のパパは、子供をかわいがるように見えなかったってニコラドさんも言っていたし。
わたしもパパが見つけてくれて、パパがわたしを娘にしてくれたから、わたしは今のびのびと楽しく生きられている。パパのおかげで、わたしは沢山変化している。
「わたしもね、パパのおかげで結構変化していると思う。わたし、パパに出会えて凄く幸せなの」
「本当にベルレナはディオノレのことを慕っているのね」
「うん!! パパのこと、大好きなの」
わたしはパパのことが大好き。
パパは本当に優しくて、かっこよくて、わたしの自慢のパパだ。
「そういえば、ベルレナがホムンクルスに入ったのってどういう経緯なの? それだけ慕っているってことは無理やりディオノレが引っ張ってきたってわけじゃないんでしょ?」
「パパがわたしに神の悪戯が起きたって言ってたよ。わたし、元々別の名前で別の身体で生きていたけれど、気づいたら身体から追い出されちゃって。パパが漂っていたわたしのこと、見つけてくれたの」
わたしがそう言ったら、ロナさんは驚いた様子を浮かべた。
「神の悪戯ね、私も噂は聞いていたけれど本当に見るのは初めてだわ。……神の悪戯ってことは、元のベルレナの身体は別の子が使っているってこと?」
ロナさんも神の悪戯のことは知っているみたい。
「うん。そうだよ」
「なんだかそれは複雑な気持ちになるわね。ベルレナの身体を勝手に使っているってことでしょう? 私が報復してあげましょうか?」
「え!? いや、それはしなくていいよ! 確かにわたしは身体を奪われた時にびっくりしたけれど、わたし、今幸せだもん。そういうのはしなくていいよ!」
ロナさんって感情表現が激しい人なのだろうと分かる。苛烈な雰囲気があって、わたしのことを気にかけてくれているからこそそういう風に言ってくれているんだと思う。わたしがパパの娘だからだと思うけれど、嫌われていない様子なのは嬉しい。
「ベルレナは優しい子ね。わたしならそういうことやられたらとことん、報復するわよ」
「優しいっていうか、パパと今幸せだからいいかなって。パパがいなかったらわたしはもっと悲しい気持ちだったり、憎しみとか感じていたかもだけど、パパがいてくれたから。でもわたしのために報復したいみたいに言ってくれてありがとう」
わたしがそう言って笑かければ、「べ、別にベルレナのためってわけじゃないわよ。私がそういうの気に食わないって思っているだけで」とそんな風に言われた。そんな風に言っていてもわたしの身体が奪われたことを気にしてくれていることが分かる。
すっかりわたしもロナさんのことを気に入ってしまっている。
「ロナさん、そういう話より、もっと楽しい話しよう! わたしね、昔からパパを知っている人ってニコラドさんぐらいしか知らないから、ロナさんからもパパの話聞きたいな。ロナさんも、わたしに聞きたいことがあったら沢山聞いてね。それにね、女同士だからこそ出来る楽しい話ってあると思うの! わたし、綺麗な人見るの好きだから、どういった手入れしているかも聞きたい!」
わたしが勢いよくそう問いかけたら、ロナさんも頷いてくれた。




