ヴァルツ大使館潜入作戦 ブリーフィング
「作戦を説明する」
椅子に座るスペツナズ第零部隊”赤き雷雨”の隊員たちに言うと、こっちを見て頷いたジェイコブが、スペツナズ用に用意された会議室のテーブルに内蔵された装置に魔力を放射し始めた。
このテーブルに埋め込まれている装置も、円卓の騎士たちが会議を行う部屋にある装置と同じものだ。こっちは小型化されている代わりに出力も小さいので、あまりでっかい映像は投影できないが。
翡翠色の六角形の結晶たちが装置から浮き上がり、空中に翡翠色の映像を投影する。アナリアやオルトバルカの伝統的な建築様式ではなく、灰色のレンガを多用したヴァルツ帝国の伝統的な建築様式の建物だ。入り口の門や窓際には、ヴァルツ帝国の国旗が掲げられているのが分かる。
この世界で、最もクソッタレな旗だ。
「同志団長のご命令により、俺たちは既に記録を抹消されている。記録のない人間と化した俺たちの任務は、このクソッタレ帝国の大使館へと潜入し、内部に保管されているクソッタレ帝国本国から送られてきた命令書を盗み出す事だ」
目的を説明している内に、ジェイコブが映像を切り替える。大使館を構成していた結晶たちの一部が剥がれ落ちたかと思うと、空中で少しばかり太った中年男性の顔を構築し始めた。頭にかぶっているのはヴァルツ帝国軍の将校に支給される軍帽で、首にはこれ見よがしに勲章をいくつもぶら下げている。
「この男は”アンヘルム・リンメルマン”大使。アナリアにあるヴァルツ大使館に勤務している中年男性だ。命令書はこいつ宛てに送られていたらしい。命令書が保管されているとするならば、こいつの仕事用の机とか執務室の金庫だろう」
敵の拠点への潜入ならば、もうスペツナズの兵士たちは何度も経験している。しかも、この部屋に集められているのは記録を抹消された第零部隊の中でも最も錬度の高い第一分隊と第二分隊のメンバーである。
しかも、隠密行動だけではなく対転生者戦闘も経験しているベテランの兵士ばかりだ。
今回の任務は警備が厳重な敵の塹壕や司令部への潜入ではないため、普段の任務と比べればハードルは低いだろう。ライフルを持った敵兵が警備しているわけではないし、鉄条網や機関銃が配備されているわけでもない。警備員はいるだろうが、武装は警棒や拳銃程度である筈だ。もし戦闘になったとしても、テンプル騎士団の新兵でも簡単に鎮圧できるに違いない。
だが―――――それ以外の要素のせいで、この任務は普段よりも難易度が高くなっていると言っていい。
それを既に感じ取っているらしく、スペツナズの兵士たちは真面目な表情のままだった。
だから、告げた。
お前たちの予想通りだ、ということを。
「―――――――なお、今回の任務は記録に一切残らない。作戦行動記録には記載されないし、兵士を大使館へ派遣したという事も記録されない。それゆえに、俺たちは”大使館にはいなかった”ことになっている」
そう、この作戦は記録に残らない。
いくら敵国の大使館とはいえ、ここはまだ中立国のアナリア合衆国首都”ベリシントン”である。もし、アナリア合衆国のヴァルツ大使館にテンプル騎士団の特殊部隊が潜入し、大使館内の情報を盗み出したという事が公になれば、テンプル騎士団は帝国軍どころか連合国軍にも避難されることになる。最悪の場合は、連合国からの支援を中止されたり、制裁を受けることになるだろう。
だからこそ、セシリアは俺たちの記録を消した。
速河力也少尉やジェイコブ軍曹は、東部戦線や西部戦線の塹壕で死亡したことになっている。記録を書き換えるだけで死んだことにされた偽りの死者たちになったからこそ、作戦行動記録に残らない”裏の任務”へ参加する資格を与えられる。
「もし警備員に拘束された場合は、テンプル騎士団は俺たちを助けてくれない。大使館に入り込もうとした単なる泥棒という事になる。…………もしテンプル騎士団の情報を吐こうとすれば、それを聞いた拷問の担当者もろとも”処理”されることになる。肝に銘じておくように」
真面目な表情のまま説明を聞く仲間たちを見渡しながら、ホルスターに入っているナガンM1895を取り出す。銃口には既にサプレッサーが装着されており、アイアンサイトはピープサイトに換装されていた。敵陣への潜入を行うスペツナズ用にカスタマイズされた潜入用のサイドアームだ。
弾切れになったリボルバーから火薬の臭いがする薬莢を抜き取る時のように、シリンダーの中に収まっている7発の弾丸を素早く抜き取った。他の部隊の兵士であれば感心するだろうが、スペツナズの兵士たちは見慣れているから無表情のままだ。
再装填の遅いソリッドフレーム式のリボルバーから抜き取った弾丸を、こつん、とテーブルの上に立てた。
「なお、今回の任務は実行されなかったことになっている。だから、俺たちは大使館の敷地内に”存在してはならない”。…………要するに、警備兵を殺害することは絶対に許されない。そのため、今回はこの”麻酔弾を装填したリボルバー”を使用して任務を遂行する。警備員とは接触しないことが望ましいが、もし発見されたらこいつで黙らせろ。無論、薬莢を大使館に残すのは厳禁だ。麻酔弾を再装填する際は細心の注意を払え」
現在ではあらゆる国の軍隊が銃を使っているため、薬莢が戦場に落ちていることは珍しくない。
だが、ここはアナリア合衆国首都ベリシントンだ。高層ビルだらけの市街地を見上げながら、何の罪もない人々がハンバーガーを食ってくつろいだり、映画館へアクション映画を見に行く平和な国である。もし、その平和な国のど真ん中にある他国の大使館の敷地内に薬莢が残っていれば大問題だ。
証拠は一切残してはならない。
下手をすれば連合国からも非難されかねない危険な任務に投入するために、セシリアは俺たちの記録を抹消したのだ。成功すれば連合国の味方を増やす事ができるが、失敗すれば帝国軍どころか連合軍まで敵に回しかねない、ハイリスクハイリターンとしか言いようがないこの任務を遂行させるために。
きっと、これを選択するのは難しかった筈だ。
テンプル騎士団の将校は、他国の軍隊の将校よりも自軍の兵士たちの命を重いと考えている。それゆえに、負傷兵を見捨てることは許されないし、敵に包囲されて苦戦している味方を是が非でも救出し、絶対に連れ帰る事になっている。
だが、この作戦は失敗した兵士を切り捨てる必要がある残酷な任務だ。そう、テンプル騎士団の理念と真逆なのである。
俺たちならば達成できるだろうと信じてくれているのだろうか。
「何か質問は?」
問いかけると、椅子に座っていたマリウスがでっかい手を挙げた。
「どうぞ、マリウス伍長」
「潜入する時間帯は?」
「当然夜間だ。敷地内には魔力センサーやトラップが設置されている可能性があるため、潜入の際は注意すること。潜入を行うのは第一分隊のメンバーだ。第二分隊は敷地外のビルの屋上で待機し、周囲の状況を監視しつつバックアップを」
「「「「了解」」」」
夜間ならば警備員の数も少ないだろうが、その分トラップが大量に用意されているに違いない。敵に強奪されて公開されるだけで、圧倒的な軍事力を誇る中立国を敵に回す可能性があるのだから、敵対する組織がその命令書を狙っていることは想定している筈である。
この任務を成功させるには、敵の想定を上回らなければならない。
装置に魔力を放射していたジェイコブがスイッチを切ると同時に、映像を形成していた翡翠色の結晶たちが崩れ去った。まるで排水溝へと流れ込んでいく水のように装置のレンズの中へと飲み込まれていく結晶たちを見つめてから、テーブルの上にある紅いベレー帽をかぶった。
作戦会議が終わったことを悟った他の兵士たちも、同じようにベレー帽をかぶる。
彼らの顔を見渡してから「では、解散」と告げると、入り口の近くにいた兵士から立ち上がり、踵を返して次々に会議室の扉から出ていく。マリウスとコレットも、俺とジェイコブに敬礼をしてから会議室の外へと走っていった。
「…………なあ、相棒」
「ん?」
先ほど兵士たちに見せたナガンM1895の麻酔弾をポーチの中に収めていると、後ろで装置のケーブルを取り外していたジェイコブが作業しながら言った。
「この作戦が成功してアナリアが計画通りに宣戦布告したらさ、帝国軍は春季攻勢を早めるんじゃないか?」
「…………おそらくな」
実行するとしたら、多分3月だろう。この命令書が公表され、ヴァルツ帝国が何の罪もない中立国へと奇襲を要請していたという事が明るみに出れば、アナリア合衆国は確実に激昂し、ヴァルツ帝国軍を殲滅するために兵力を西部戦線へと送り込むだろう。現時点ですら帝国軍が劣勢だというのに、更にオルトバルカに匹敵する軍事力を持つ大国がダメ押しをしてくるのである。
西部戦線のアナリア、フランギウス、フェルデーニャの3ヵ国と、東部戦線のオルトバルカに挟撃される前に、ヴァルツ軍は春季攻勢で連合国のうちのどれかを集中攻撃する筈だ。
宣戦布告すると言っても、アナリアが準備を終えるのは4月頃になると思われる。3月に春季攻勢を実施するのならば、標的はフランギウス、フェルデーニャ、オルトバルカのうちのどれかだ。
フランギウスはウェーダンの戦いで損害を受けたものの、ヴァルツ軍を退けている。集中攻撃したとしてもフランギウスの兵士たちは持ちこたえるだろう。
フェルデーニャ軍はヴリシア・フランセン帝国との戦いで疲弊しているが、彼らの拠点は高地や山脈にある。今すぐに山脈に大軍を送り込もうとすれば、その前にフェルデーニャは体勢を立て直しながら待ち構えている筈だ。
西部戦線で交戦中の二ヵ国は、隙がない。
しかし――――――東部戦線に居座るオルトバルカは、簡単に攻め落とせる。
現在のオルトバルカ軍はヴァルツ帝国だけでなくアスマン帝国も相手にしている上に、戦闘で大損害を被ったことで国内の物資や食料が少なくなっているのだ。そのため、国内では各地で反乱や暴動が勃発しつつある上に、以前にオルトバルカで会ったレーニンやスターリン率いる革命軍が革命を起こす準備を整えつつある。
オルトバルカは世界最強の大国だが、今は最も脆くなっているのだ。
春季攻勢での攻撃目標は九分九厘オルトバルカになる筈である。
しかも、オルトバルカはたった1ヵ国だけで東部戦線で戦っている。もしオルトバルカに大打撃を与えて降伏させれば、ヴァルツ軍は東部戦線に居座って挟撃していた忌々しい大国を排除し、西部戦線から押し寄せてくる連合国軍を迎え撃つ事ができるのである。
そのままオルトバルカを滅ぼしてほしいところだが、あの大国に止めを刺すのはセシリアやサクヤさんの仕事だ。革命が起こったら、俺たちもオルトバルカ軍を攻撃して女王たちを宮殿から連れ出し、ギロチン台まで連行してやろう。
「あいつらの攻勢が始まったら、いつも通りに皆殺しにしてやればいい」
「…………そうだな」
いつも通りに、殺す。
コネクターが接続された瞬間に、金属製の部品で構成された指が動くようになった。
第一関節から先が随分と長くなった指を動かしつつ、自分の顔に近づける。普通の人間の指と違って、この義手の指の長さは親指以外は均一だ。更に指も長くなっているので、物を掴む練習をしないとちゃんと掴めなかったり、掴むつもりのない物を掴んでしまう。
何度か拳を握り締めてから、指の先端部をまじまじと見つめた。
普段使っている義手の指には折り畳み式のナイフが収納されているんだが、今の義手―――――手首から先を換装しただけだ―――――にはナイフは内蔵されていない。その代わりに、指先から2本の短いプラグのようなものが伸びているのが分かる。
「…………」
今回の任務では警備員を殺すわけにはいかないので、フィオナ博士に頼んで敵を”気絶させる”ための装備に換装してもらった。
この義手に内蔵されているのは、フィオナ機関で生成される魔力を電撃に変換して触れている敵に放電する強力なスタンガンである。出力を上げれば人間どころかドラゴンまで気絶させる事ができるらしいが、さすがに対ドラゴン用の出力でぶちかましたら警備員が死んでしまう。
「テストします?」
「博士で?」
「うふふっ、それも楽しそうですね♪」
マジかよ。
苦笑いしていると、博士は助手のホムンクルスに目配せをした。助手のホムンクルスはぺこりと頭を下げてから研究室の奥へと走っていったかと思うと、部屋の奥にあるベッドに縛り付けられていた男性をベッドもろとも持ち上げ、そのままこっちへと戻ってきた。
「おい、離せ! お前ら、俺は捕虜だぞ!? ここを脱出したら証言してやる、この野蛮な戦争犯罪者共が!!」
ああ、ヴァルツ帝国の捕虜か。
頷きながら博士の方を見ると、フィオナ博士は罵倒する捕虜の顔を見下ろしながら、まるで楽しみにしていた映画を見ている子供のように微笑んだ。
「やっぱり、人間に使う兵器は人間で試すのが一番だと思います♪」
「同感だ」
そう言って笑いながら、俺は喚く捕虜に容赦なく義手のスタンガンを押し付けた。




