アナリア合衆国
テンプル騎士団の力の象徴となっている通常のジャック・ド・モレー級戦艦の艦橋と比べると、キャメロットの艦橋はシンプルだった。
艦首に4門の533mm魚雷発射管を搭載し、艦橋の周囲にも機関砲や高角砲を装備しているものの、あくまでもキャメロットは本拠地が陥落した際に生存者たちを乗せて脱出し、全長304mの海上の本拠地として使うために用意された艦である。それゆえに、搭載されている武装は敵機の迎撃や接近してきた敵艦への反撃に使うためのものだけとなっており、ジャック・ド・モレー級戦艦に搭載されている巨大な40cm4連装砲の砲塔や副砲は搭載されていない。
砲撃戦を全く想定していないため、艦橋の内部の設備もかなり簡略化されていた。その代わりに搭載されているのは、戦場に派遣されている部隊の指揮を執るための無線機や、味方の部隊の位置を表示するための魔法陣である。
キャメロットの乗組員と、陸軍や海兵隊に命令を下すオペレーターが艦橋の中に乗り込んでいるのだ。
「艦長、アナリア合衆国の領海に入りました」
「分かったわ。全艦に、アナリア合衆国に到着するまでは21ノットを維持するように通達して」
「了解です」
キャメロットの艦長を務めるアンジェリカ大佐は、乗組員たちに指示を出してからアイスティーを口へと運んだ。
テンプル騎士団の団員の80%は、彼女と同じくホムンクルスで構成されている。かつては大量に生産された兵器を扱うための人員を用意するため、ホムンクルス兵たちも大量生産されていたものの、組織が弱体化した現在では人員不足のために大量生産されており、乗組員がホムンクルスのみで構成された艦や、隊員がホムンクルスのみで構成された中隊は珍しくない。
人員不足のためにホムンクルスが大量生産されていると言っても、製造されたホムンクルス全員が兵士になるわけではない。テンプル騎士団は志願制であるため、兵士になるのは志願したホムンクルスのみだ。
アンジェリカは、海軍に志願した。本当ならばテンプル騎士団海軍の力の象徴と言われているジャック・ド・モレー級戦艦の艦長になり、敵艦隊を強力な40cm4連装砲の一斉射撃で蹴散らしてやりたいところである。だが、彼女が艦長を務める艦は殆ど武装を施されていないジャック・ド・モレー級戦艦の準同型艦であるため、彼女や乗組員たちは敵艦との砲撃戦を一度も経験したことがなかった。
溜息をつきながら、輪形陣の先頭を航行する巨大な戦艦の艦橋を見つめる。無数のレニングラード級駆逐艦やスターリングラード級重巡洋艦を引き連れて海原を航行しているのは、黒と蒼の洋上迷彩で塗装された、テンプル騎士団艦隊総旗艦『ジャック・ド・モレー』。タンプル搭陥落前に23隻も生産されたジャック・ド・モレー級戦艦の一番艦であり、テンプル騎士団海軍創設時から敵艦隊と戦い続けている最強の女傑である。
ジャック・ド・モレーの艦橋で指揮を執るのは、経験豊富なハサン艦長と、テンプル騎士団海軍の名将と言われているブルシーロフ提督と共に戦ったセルゲイ・ヴィンスキー提督だ。
最強の戦艦に乗り込み、大艦隊の指揮を執るに相応しいベテランの艦長と提督である。
海上の本拠地として使うために生産されたキャメロットとは違い、ジャック・ド・モレー級は敵艦との砲撃戦を想定したれっきとした戦艦である。この世界の列強国が運用する戦艦の主砲よりも巨大な40cm4連装砲を前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載しているため、合計で16門の主砲が敵艦に無数の砲弾を叩き込むことになる。艦橋や煙突の周囲には、対空用の高角砲や機関砲が所狭しと並んでおり、第二砲塔と第三砲塔の上には、陸軍が正式採用している水冷式の重機関銃を左右に3丁ずつ束ねた対空用の機銃が搭載されている。
しかも、乗組員たちの中には海軍が創設された頃からずっとジャック・ド・モレーに乗って戦ってきたエルフやハーフエルフの乗組員が多いため、他の艦とは錬度が全く違う。演習の際も、ジャック・ド・モレーは他の同型艦たちよりも早く主砲の装填を済ませて砲撃する事ができるのだ。
戦艦の性能だけでなく、乗っている乗組員たちも列強国の海軍とはレベルが全く違う。
それゆえに、タンプル搭陥落を生き延びた残存部隊の誇りなのだ。
艦橋の窓の向こうに見えるジャック・ド・モレーを見つめていると、ホムンクルスの乗組員が報告した。
「艦長、先行していた駆逐艦”ヴェールヌイ”より入電」
テンプル騎士団本部の残存艦隊で唯一運用されている日本製の駆逐艦である。元々は本部で新兵たちの訓練に使う練習艦として使う事になっていたのだが、タンプル搭が陥落したことで戦力不足となったため、武装を搭載して戦闘に投入されているのである。
「『アナリア沖ニ、クレイデリア国防軍残存艦隊見ユ』とのことです」
「無事に合流できそうね」
ティーカップの中のアイスティーを飲み干してから、アンジェリカは艦橋の中に浮遊している魔法陣の前に立った。蒼い魔法陣の中には世界地図が映し出されており、アナリア合衆国の周囲に広がる海にはテンプル騎士団艦隊が表示されている。
ヴェールヌイが発見した艦隊は、タンプル搭陥落の後にクレイデリア連邦を脱出したクレイデリア国防海軍の生き残りであった。ヴァルツに占領されてしまったクレイデリア連邦には、テンプル騎士団から訓練を受け、兵器を供与されていた”クレイデリア国防軍”という軍隊が存在し、彼らの後ろ盾であったテンプル騎士団と共に揺り籠を守り続けていたのである。
すると、艦橋の外で双眼鏡を覗き込んでいた乗組員が艦橋の中へと戻ってきた。
「艦長、ジャック・ド・モレーの前方にクレイデリア残存艦隊旗艦『ガングート』を確認しました」
エルフの乗組員から双眼鏡を借り、艦橋の外に出てから双眼鏡を覗き込む。これでもかというほど高角砲や機関砲を搭載したジャック・ド・モレーの向こうに、蒼く塗装された戦艦が見えた。
テンプル騎士団海軍で退役し、クレイデリア国防海軍に供与されたガングート級戦艦だった。かつてはガングート級戦艦もジャック・ド・モレー級戦艦と同じく近代化改修を施され、対艦ミサイルや対空ミサイルを装備していたと言われているが、現在ではハヤカワ家当主の能力の劣化の影響で武装が弱体化しており、ミサイルは全て取り外されてしまっている。
先行していたヴェールヌイに先導され、数隻のレニングラード級駆逐艦と共にやってきたガングートの甲板の上では、クレイデリア国防海軍の軍服に身を包んだ乗組員たちが手を振っているのが見える。先頭を進んでいるジャック・ド・モレーの甲板の上でも、高角砲や機関砲の整備をしていた乗組員たちが彼らに手を振っていた。
別行動していたクレイデリア国防海軍の残存艦隊と合流したのは、セシリアが立案している作戦の準備のためであった。その作戦が始まれば、今しがた合流して進路を変え、テンプル騎士団残存艦隊の輪形陣の一部と化したクレイデリア残存艦隊も一緒に参加することになるだろう。
かつての祖国を、ヴァルツ帝国から奪還するために。
「クレイデリアには、帝国軍の第3主力艦隊がいるらしいですよ」
双眼鏡を見張り員に返してから艦橋に戻ったアンジェリカに、空になっていた彼女のティーカップにアイスティーを注いでいた乗組員が不安そうに言った。
現時点で、テンプル騎士団の中で最も大規模な戦力を維持しているのは海軍である。タンプル搭が陥落した際に脱出に成功した艦艇や、遠征に行っていた艦隊と合流して再編された残存艦隊はテンプル騎士団の切り札と言っても過言ではない存在だが、占領されたクレイデリア連邦を防衛するために配備されているのは、ヴァルツ帝国海軍第3主力艦隊である。
艦艇の性能では勝っているが、クレイデリア残存艦隊と合流して艦艇の数が増えたにもかかわらず、未だに物量では劣っているのだ。
「問題ないわ」
注いでもらったアイスティーを口へと運びながら、アンジェリカは微笑んだ。
「この艦隊の指揮を執るのはヴィンスキー提督ですもの」
出迎えてくれたアナリア合衆国海軍の艦隊の向こうに、無数のビルが屹立していた。
オルトバルカ連合王国の王都ラガヴァンビウスに所狭しと並ぶ労働者向けのアパートとは比べ物にならないほど高い。工場から伸び、天空へと純白の煙を噴射し続けている巨大な煙突に匹敵するほどの高さのビルが当たり前のように並んでいる。
単縦陣を形成しながら沿岸部を通過していくテンプル騎士団艦隊を出迎えてくれたアナリア合衆国海軍の戦艦の甲板の上では、様々な楽器を持った乗組員たちがクレイデリア連邦の国歌を演奏してくれている。クレイデリアの国歌を聞いたことはないが、セシリアの話では讃美歌を彷彿とさせる歌だという。
クレイデリア出身の兵士たちや、クレイデリア残存艦隊の乗組員たちは占領された祖国の国歌を聞きながら何を考えているのだろうか。祖国を今度こそ奪還してやると思っているのだろうか。それとも、祖国が占領された時の事を思い出して怒り狂っているのだろうか。
甲板の上で、他の乗組員や隊員たちと共にアナリア海軍の乗組員たちに敬礼しながら、ちらりと港の方を見た。港や海の近くにある道路には、私服に身を包んだ民間人たちが見える。アナリア海軍の戦艦の甲板で演奏されるクレイデリアの国歌を聞きながら、合衆国を訪れたテンプル騎士団の残存艦隊を見物しているのだ。
単縦陣の先頭を進むジャック・ド・モレーが、アナリア海軍の戦艦の脇を通過する。自分たちの乗る戦艦よりもはるかに巨大なジャック・ド・モレー級を見上げながら、アナリア海軍の戦艦の乗組員たちが目を丸くしていた。
ジャック・ド・モレー級の全長は304mである。旧日本海軍が太平洋戦争に投入した大和型戦艦よりも巨大なのだ。それに対し、アナリア合衆国海軍がテンプル騎士団残存艦隊を出迎えるために用意した戦艦は全長160m程度の艦艇である。ジャック・ド・モレー級どころか、戦艦を護衛するスターリングラード級重巡洋艦よりも船体が小さい。
アナリア合衆国は現時点では中立国だが、テンプル騎士団とは大昔から親密な関係にあるという。
テンプル騎士団が創設された頃、当時の団長だったタクヤ・ハヤカワの命令で遠征軍がまだ未開拓だったアナリア大陸へと派遣され、先住民たちと共に森を開拓したのだ。その数年後にオルトバルカやヴリシアからやってきた移民たちも開拓に協力し、最終的にアナリア合衆国が建国された。
アナリア合衆国からすれば、テンプル騎士団は共に森を開拓して国を作り上げた友人なのである。
やがて、市街地から離れたところにもう1つの巨大な軍港が見えてきた。既に数隻の艦艇が停泊しており、停泊している艦艇の甲板や防波堤の上にはテンプル騎士団の制服に身を包んだ兵士たちが、アメリカ製ボルトアクションライフルのスプリングフィールドM1903を抱えたままずらりと並んでいる。彼らはサーベルを手にした指揮官の号令で銃口を天空へと向けたかと思うと、指揮官がサーベルを振り下ろすと同時に一斉に空砲を放った。
よく見ると、軍港の中に停泊している艦艇に掲げられているのはアナリア合衆国の国旗ではなく、真紅の羽根と星が描かれたテンプル騎士団の旗である。
そう、この軍港は『テンプル騎士団アナリア支部』の軍港なのだ。
タンプル搭が陥落したことによってテンプル騎士団は大打撃を被ったが、アナリア合衆国にあるアナリア支部はヴァルツ帝国による攻撃をほとんど受けなかった。帝国軍はアナリア合衆国が敵に回ることを恐れたのだろう。
しかし、アナリア支部を本部にすれば中立国であるアナリア合衆国までヴァルツ帝国軍の攻撃の標的にされてしまう恐れがあったため、当時は合衆国を巻き込まないように補給の際にだけここへと寄港し、防衛のために数隻の駆逐艦を配備しておくだけにしていたという。
先頭を進んでいたジャック・ド・モレーが、軍港の中へと入っていく。甲板にいる将校の号令で敬礼を止めた兵士たちと共にスペツナズの兵士たちも敬礼をやめ、素早く艦内へと戻っていった。
「スペツナズに極秘任務を与える」
キャメロット艦内にある会議室には、立体映像を投影する装置が内蔵された巨大な円卓が置かれている。普段はこの円卓の周囲に円卓の騎士たちが腰を下ろして会議をするのだが、円卓の向こうにある椅子に腰を下ろしているのはセシリアだけだった。
傍らに立っていたサクヤさんが、円卓に埋め込まれている装置を操作する。ボタンを押してから魔力を注入し始めると、円卓の上でくるくると回転していたテンプル騎士団のエンブレムが消滅し、無数の蒼い六角形の結晶の群れが建物を構築し始める。
一見すると屋敷のように見えるが、貴族の屋敷のように派手な装飾は見当たらない。レンガで作られた伝統的な建築様式の建物だが、アナリア合衆国の建物とはかなりデザインが違う。
3階建ての建物を見つめていると、セシリアが説明を始めた。
「2週間前、アナリア合衆国のヴァルツ大使館にヴァルツ本国からある命令書が送られたという情報をシュタージのエージェントが入手した」
優秀な諜報部隊だな。
弱体化したテンプル騎士団が壊滅せずに済んでいるのは、セシリアが兵士たちを指揮して持ちこたえ続けたからだが、諜報部隊であるシュタージが敵の情報を素早く入手していた事も理由の一つと言っていいだろう。
「その命令書の入手はできなかったが、内容は見たという。エージェントの証言では、『隣国の”メリレゴ連邦”にアナリア合衆国への襲撃を要請せよ』という命令だったそうだ」
メリレゴ連邦は、アナリア合衆国の隣国だ。アナリア合衆国が建国された後にディレントリア公国から移住してきた人々によって建国された国であり、アナリア合衆国とは領土問題が原因で何度も紛争を起こしている。
前世の世界で言うとメキシコだろう。
大使館の立体映像を構築している無数の蒼い結晶が砕け散る。結晶がバラバラになる度に、蒼い火花にも似た光が円卓の上に飛び散った。
その光が、一瞬だけ魔王の顔を映し出す。
「――――――力也、スペツナズを率いてアナリアのヴァルツ大使館へと潜入し、この命令書を入手しろ。これを合衆国に提出して公表させ、アナリア合衆国を世界大戦に参戦させる」
ヴァルツ帝国が、水面下でメリレゴ連邦に中立国であるアナリアへの奇襲を要請していたという事が公になれば、間違いなくアナリア合衆国は帝国軍へと敵意を向けるだろう。
ガソリンで満たされた海へ、火のついたマッチを放り落とすに等しい。小さな火のついたマッチがガソリンの海に触れた瞬間に――――――海原が紅蓮の海原へと変貌する。
この任務のために、彼女は赤き雷雨の隊員の記録を抹消したのだ。
扇子へと手を伸ばしたセシリアは、それを広げながら命じた。
「――――――暗躍せよ、スペツナズ」




