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黒い怪物


 キャメロットの通路に響き渡る警報を聞きながら、武器庫の扉を思い切り開けた。ライフルの銃身を切り詰め、左側面にマガジンを装着し、短くなった銃身にバレルジャケットを装着したかのような外見をしているMP18を掴み取り、近くの木箱の中から予備のマガジンを5つ拾い上げて革製のホルダーの中へと放り込む。


 コルトM1911をホルスターの中に収めて予備のマガジンをポーチにぶち込み、手榴弾もいくつかホルダーの中へと放り込む。投げナイフも手に取ってから肩にあるホルダーに収め、踵を返して狭い通路の中を突っ走る。


《各員に通達。製造区画にて、被験体が暴走し脱出した。警備隊は直ちに全ての隔壁を閉鎖せよ。繰り返す、直ちに全ての隔壁を――――――》


 セシリアが鹵獲した、あの黒髪の女性の兵士が脱走したのだ。


 あの女性兵士はセシリアが幼少の頃に勇者に殺された筈の実の姉だという。忌々しいクソ野郎共は、その時に首を斬られて死亡した筈のセシリアの姉(サクヤ・ハヤカワ)の遺伝子を使ってホムンクルスを作りだした挙句、そのホムンクルスの肉体にあの世からサクヤの魂を呼び戻して操っているのだという。


 鹵獲された彼女は、製造区画で錬金術師たちによって調整の上書きを行われていた。魂を拘束している調整を全て上書きして解除する事ができれば、もうサクヤ・ハヤカワは操られることはなくなる。


 しかし、その作業の最中に脱走した以上、まだサクヤ・ハヤカワは敵だ。


 タラップを駆け下りて製造区画へと向かうと、既に分厚い隔壁が通路を塞き止めていた。戦車砲でも叩き込まなければ破壊できないほど分厚い隔壁の前には、同じくMP18を装備した警備兵――――――テンプル騎士団ではMP18も採用されている――――――たちがずらりと並んでいて、隔壁を睨みつけながら待機していた。


「ボス」


「力也か」


「中の様子はどうなってる?」


「現時点では数名の負傷者が出ているが、死者は出ていない。姉さんはまだ製造区画の中だ」


 閉じ込めることには成功したか。


 もし彼女が製造区画の外に出ていたら、キャメロットの艦内はとんでもない事になっていた事だろう。下手をすれば兵士どころか艦内で保護している民間人にも死傷者が出ていた可能性がある。


 すると、近くにいた若い警備兵が俺の方にある赤き雷雨クラースヌイ・グローザのエンブレムと階級章を見てから、敬礼しつつ報告した。


「先ほど、区画内に睡眠ガスを注入しました」


「被験体以外に誰も残っていないことは確認したんだろうな?」


「ええ、錬金術師たちの避難も完了しています。製造中のホムンクルスの赤子たちも、装置によって守られています」


「ガスの種類は?」


「対人用です」


 甘い。


 セシリアの方を見ると、彼女はこっちを見つめながら目を細めた。


 サクヤ・ハヤカワが普通の人間であれば、睡眠ガスを区画内に注入するだけで容易く鎮圧できた事だろう。わざわざ武装した警備隊が突入し、彼女を強引に無力化する必要はない。


 しかし、サクヤ・ハヤカワは人間とサラマンダーの遺伝子を併せ持つキメラである。サラマンダーは火山に生息する凶暴なドラゴンの一種と言われており、有毒な火山ガスを無力化するために、肺の中にはフィルターのような器官を持つという。そのため、それの遺伝子を併せ持つキメラは一部の毒ガスであれば防護服やガスマスクを使わなくても毒ガスから身を守る事ができるのだ。


 仮にそのフィルターのような器官が対応していないガスでも、対人用のガスでは効果が薄い。


 キメラは”人間の姿と理性を持つ魔物”と言っても過言ではない存在だ。睡眠ガスで無力化するのであれば、対人用の睡眠ガスではなく、対魔物用のさらに強力な睡眠ガスが必要になる。


「ボス、俺が突入する」


「待ってください、先ほど睡眠ガスを注入したんですよ?」


「バカ野郎、相手はサラマンダーのキメラだぞ? 対人用の”生易しい”睡眠ガスなんか効くわけないだろ」


 若い警備兵を咎めながらガスマスクを装着し、メインアームのMP18の準備をする。


 MP18は第一次世界大戦の際にドイツが開発した最初期のSMGサブマシンガンの1つだ。敵の塹壕に突撃して敵兵を殲滅する”突撃歩兵”たちに支給された兵器であり、ハンドガン用の弾丸をフルオートでぶっ放す事ができる。さすがにボルトアクションライフルや機関銃と比べると破壊力は低いものの、ハンドガン用の小型の弾薬を使用するので非常に反動が小さいため、近距離での射撃戦では間違いなく猛威を振るうだろう。敵の塹壕に突入して蹂躙するにはうってつけの兵器である。


 ちなみに、ロシア帝国も敵の塹壕に兵士を突撃させて敵兵を殲滅するための兵器として、最初期のアサルトライフルであるフェドロフM1916を開発している。


 ガスマスクをかぶったまま警備兵に隔壁を開けるように目配せをすると、セシリアがぎょっとしながらMP18のバレルジャケットを掴んだ。


「待て。まさか、実弾を装填しているのか!?」


「…………相手はキメラだ。模擬戦用のゴム弾なんかじゃ止められない」


 そう、マガジンの中には9×19mmパラベラム弾が収まっている。


 バレルジャケットを掴んでいるセシリアの手を取り、彼女を見つめた。


「ボス、出来ることなら彼女は殺したくない。だが、今の彼女は俺たちの敵だ。…………無力化して連れ帰れるようにはするが、”覚悟”は決めておいてもらいたい」


「…………ッ!」


 訓練を受けたキメラの兵士は、”人間サイズの戦車”と言っても過言ではないほどの脅威となるという。訓練を受けた人間の兵士よりもはるかに素早く戦場を動き回り、普通の兵士では使いこなせないほど重い武器を平然とぶっ放し、堅牢な外殻でこちらの弾丸を次々に弾き飛ばす事ができるのである。


 しかも、この隔壁の向こうにいるのはセシリア・ハヤカワの実の姉だ。セシリアよりも高い戦闘力を持っており、タンプル搭の陥落さえなければ彼女がテンプル騎士団団長の役目を確実に継承していたと言われるほどの逸材だという。帝国軍に操られているとはいえ、その戦闘力と能力は健在な筈だ。


 生け捕りにするどころか、下手をすればこっちが殺されかねない。


「…………先に行け、力也。私も装備を持ってくる」


「あ、なら私も行きましょう」


「博士?」


 武器庫から装備を持ってくるためにセシリアが踵を返そうとしていると、後ろから俺と同じくガスマスクとMP18を装備した女性がやってきた。白衣に身を包んでいるものの、その下にはオレンジ色のツナギが覗いている。技術者なのか、整備士なのか分からない服装だ。自分はどちらもできるという証明なのだろうか。


「すぐに私も行く。…………姉さんを頼んだ」


「ああ」


 武器庫の方へと走っていくセシリアを見送っている内に、警備兵たちがハッチを開け始めた。壁面にある照明が点滅し、警報が通路に響き渡る。通路を塞き止めていた黒い隔壁がゆっくりと左右へ開いていき、オルトバルカ語で”製造区画”と書かれたプレートが設置されているハッチがあらわになる。


 SMGサブマシンガンを持ったままゆっくりと奥へと歩いて行く俺たちに「幸運を」と言ってくれた若い警備兵に礼を言ってから、製造区画へと続くハッチのハンドルへと手をかける。開いていた隔壁がゆっくりと閉まっていき、警報の音がどんどん小さくなっていった。


「ところで、博士って戦えるのか?」


「あら、失礼ですね」


 ハッチのハンドルを回しながら尋ねると、フィオナ博士はガスマスクをかぶったまま胸を張った。


「私は存命中の”モリガンの傭兵”なんですよ? 専門は研究とか開発ですが、私だって戦えますっ」


「それはよかった」


 相手はセシリアよりも強いキメラの兵士だからな。


 正直に言うと、正気があるとは思えない。射撃では俺の方がセシリアよりも上だが、白兵戦や剣術の戦闘訓練ではいつもセシリアに敗北されている。相手がセシリアよりも格上のキメラという事は、接近されれば敗北が確定するという事を意味する。


 下手をすれば、射撃の命中精度でも彼女の方が上かもしれない。


 製造区画の中に閉じ込められているサクヤ・ハヤカワが丸腰で、帝国軍の錬金術師が施した雑な調整によって操られているのは幸運だが、キメラの能力と戦闘力は健在だろう。


 ハンドルを回し、ハッチを開けた。


 周囲に彼女が隠れていないかをチェックしてから、博士よりも先に製造区画に足を踏み入れる。こういう時だけはレディーファーストは厳禁だ。女性を先に危険な場所に行かせるわけにはいかない。


 製造区画の中は、いつもと変わらなかった。壁に傷痕はないし、ここにいた警備兵たちが脱走したサクヤと交戦した形跡も見受けられない。


 ゆっくりと通路を進みながら、物音がしないか確認する。聞こえてくるのは俺と博士の呼吸の音と足音くらいだ。それ以外に何も物音は聞こえない。


 気配を消して製造区画の中に潜んでいるのだろうか。それとも、既に通気口を通って別の区画に逃げてしまったのだろうか。


 冷や汗が流れ落ちていく。ガスマスクを外して冷や汗を拭い去りたいところだが、まだ周囲には対人用の睡眠ガスが充満している。セシリアであれば影響はないだろうが、俺は博士が改造してくれたとはいえまだ人間だ。睡眠ガスを吸い込めば眠ってしまう。


 通路の向こうに、ホムンクルスたちの製造装置が見えた。中で眠っているホムンクルスの赤子たちを保護するためなのか、ガラスの柱の部分は金属製のカバーのようなもので覆われている。


 息を呑みながら、広間の中を見渡した。


 キャットウォークの上に1つだけ破損している装置が見える。サクヤが錬金術師たちから調整の解除を受けていた装置だろう。ガラスの柱の部分は木っ端微塵になっていて、キャットウォークの隙間から培養液が滴り落ちている。


「誰もいませんね」


「別の区画に逃げたのか………?」


 もし別の区画へと移動していたのだとしたら、民間人たちにも避難勧告を出さなければならない。場合によっては周囲を航行している駆逐艦へと乗り移らせる必要がある。


 博士に向かって首を縦に振ると、フィオナ博士はMP18をそっと下ろし、壁面に設置されている伝声管へと歩いた。蓋を外してから近くにあるフィルターのような部品――――――睡眠ガスをシャットアウトするためのものだろう――――――を伝声管に取り付けた。


 製造区画はホムンクルスの製造を行う区画だ。場合によっては製造中のホムンクルスの調整に失敗して暴走することもあるため、迅速に鎮圧できるように睡眠ガスを注入できる構造になっている。とはいっても、ここで製造されるホムンクルスは調整を受けずに生まれてくるのでその機能が使われたことは殆どないらしいが。


 あのフィルターは、伝声管から別の区画にガスが漏洩しないために備え付けられている装備だ。


「こちら製造区画A-1、被験体は発見できず」


『こちらキャメロット艦橋、了解した。引き続き調査を頼む』


「はいはーい♪」


 フィルターを取り外してから伝声管の蓋を閉め、博士は再びMP18を構える。


「奥にいるんでしょうか?」


「分からん。そっちも見て――――――――」


 奥を調べようと思いながらもう一度周囲を見渡そうとした俺は、天井を見上げた瞬間に凍り付いた。


 天井にある照明の隙間に、何かが張り付いている。一見すると黒く塗装された装甲車の装甲の一部のようにも見えるが、装甲の”繋ぎ目”の部分が翡翠色に染まっているおかげで、その張り付いている物体の輪郭を辛うじて理解する事ができる。


 尻尾の生えた人間だ。


 身体のいたるところをドラゴンのような外殻で覆われた怪物が、天井に張り付いている!


「博士、上だ!!」


 叫びながらMP18を連射した。バレル鮭っとを装着された銃身から立て続けに9mm弾が放たれ、天井の照明を次々に破壊していく。照明の隙間にぶら下がっていたケーブルが弾丸の豪雨に断ち切られ、次々に床へと落下し始める。


 俺に発見されたことを悟ったのか、その怪物は天井に突き立てていた爪を引き抜いた。翡翠色の瞳でこっちを睨みつけながら、まるで敵艦へと爆弾を叩き込むために急降下を開始した急降下爆撃機のように突っ込んでくる。


 薬莢が床に落下する音と、弾丸が堅牢なキメラの外殻に弾かれる音を聞きながら、俺は悟った。


 彼女の狙いは武器を向けている俺ではなく、大慌てで武器を頭上へと向けようとしている、比較的無防備な博士だという事を。


 博士を突き飛ばそうとするよりも先に、落下する勢いと全ての体重によって増幅した運動エネルギーを纏った拳が、フィオナ博士の脳天を直撃した。


 ぐちゃっ、と人間の頭が潰れる音が聞こえたかと思うと、ガスマスクに真紅の血飛沫や血まみれの頭蓋骨の一部が降りかかる。血まみれになった博士のガスマスクが千切れて床の上に落下したかと思うと、ぐちゃぐちゃになった脳味噌の残骸の下敷きになった。


「…………!」


 上顎から上を外殻を纏った拳に潰された博士の肉体が、周囲に脳味噌の残骸や鮮血をばら撒きながら崩れ落ちる。


 彼女の頭を潰した怪物に銃を向けながら、俺は雄叫びを上げた。トリガーを引いてマガジンの中に残っている全ての弾丸を叩き込み、近くにある製造装置の影へと飛び込む。大急ぎで空になったマガジンを交換してから顔を出すと、博士の死体を踏みつけていたキメラの兵士がゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。


 至近距離から弾丸を叩き込んだにもかかわらず、その漆黒の外殻に覆われたキメラには全く傷が付いていない。


「サクヤ………ハヤカワ…………!」


 彼女の顔つきは、セシリアにそっくりだった。


 身体のいたるところが漆黒の外殻に覆われていて、外殻の繋ぎ目が翡翠色に光っている。


 一般的に、キメラの外殻を生成する能力は女性よりも男性の方が優れているという。これはサラマンダーの性質が反映されたものだ。外殻で身体を覆われているのは、巣の外を飛行して外敵を排除したり食料を確保するために狩りを行うオスのサラマンダーのみであり、巣の中で卵や子供たちを温めるのが仕事のメスのサラマンダーは、むしろ外殻が体温の伝達を阻害してしまうためなのか、外殻が退化してしまっているのだ。


 そのため、サラマンダーのキメラは男性の方が戦闘力が優れているという。だが、女性が生成するサラマンダーの外殻も、少なくとも”弾丸”では貫通できないほどの防御力があるという。


 外殻で身体を覆っているキメラを倒すには、対戦車兵器をぶち込むか、外殻の繋ぎ目を弾丸で正確に狙撃する必要があるのだ。対戦車兵器は持っていないのでダメージを与えるには後者しかないが、残念なことにMP18の命中精度はそれほど高くないため、狙撃はできない。


 冷戦中に開発されたドイツのMP5であれば、外殻の繋ぎ目を正確に狙撃できたんだがな………!


 呼吸を整えながら別の遮蔽物を探す。歯を食いしばりながら飛び出そうとしたその時、製造装置のすぐ近くを9mm弾が直撃した。


「!!」


 ぎょっとしながら頭を引っ込めつつ、もう一度サクヤの方を見る。


 いつの間にか、彼女は先ほど頭を潰して殺害した博士のMP18を鹵獲していた。






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