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ラトーニウスの剣士


 倉庫の天井にぶら下がっていたクレーンが、金属音を十重二十重に奏でながら落下していく。切断された鉄骨たちが、まるで無数の投げ槍のようにコンテナを串刺しにし、真っ二つになったクレーンの残骸がコンテナの隊列を押し潰し、轟音と埃を倉庫の中にばら撒いた。


 その音を聞きながら、私はぎょっとして後ろを振り向く。最後尾を走っていたのは力也だった筈だ。救出目標――――――”リョウ”という少年だった――――――を背負って走っていたから、彼の移動速度は装備品だけを身に着けている私やジェイコブと比べると少しばかり遅い。


 今のクレーンの落下に巻き込まれたのではないかと思っていると、コンテナの隙間から噴き上がる埃の中から、フード付きの黒いスペツナズの制服に身を包んだ蒼い髪のホムンクルスが、先ほど力也が背負っていた転生者の少年を背負いながら姿を現す。


「ジェイコブ、力也は!?」


「勇者と戦って囮になってる」


「あのたわけが………!」


 あの勇者は力也を狙っていたらしく、私は眼中に無いようだった。


 テンプル騎士団の総大将が傍らにいるというのに、その総大将を二の次にして力也を狙ったのである。


 おそらく、彼を私の祖先であるリキヤ・ハヤカワと勘違いして襲っているのだろう。勇者とご先祖様が最初に戦った『第一次転生者戦争』に参加したフィオナ博士の話では、ご先祖様たちが勇者と戦い、最終的にあの勇者を異次元空間へと封印したことで第一次転生者戦争は終結したという。


 だから勇者は、力也を憎んでいる。


 腰に下げている刀の柄を握りながら踵を返そうとすると、ジェイコブの華奢な手に肩を掴まれた。


「待て、どこに行くつもりだ?」


「加勢して力也を連れ戻す!」


「落ち着いてくれ、団長。俺たちの任務はこいつをキャメロットまで連れ帰る事だ」


「だが、あいつを見殺しにするわけにはいかん。私は組織の団長なのだぞ!?」


「団長なんだったら全体を見ろ。俺たちみたいなただの兵士みたいに部隊や隊員の事だけでなく、組織の全体を見て判断を下せ。今やるべきことはなんだ?」


「…………くっ」


 唇を噛み締めながら、刀の柄から手をそっと離す。


 確かに、力也を助けに行って勇者と戦い、力也もろとも殲滅されてしまえばテンプル騎士団は壊滅するだろう。転生者が死亡すれば、その転生者が生産した装備は完全に消滅してしまう。祖先から受け継いできたデータまで消滅するため、私が死亡すればテンプル騎士団の全ての兵士たちは強制的に武装解除されてしまうというわけだ。


「大丈夫、あいつは無茶をするが絶対帰ってくる」


「…………そうだな」


 あいつを信じるしかない。


 背負っていた三八式歩兵銃を取り出しつつ、コンテナの隙間を走って倉庫の出口へと向かう。後方でクレーンが落下してきた事に混乱しているのか、先ほど私たちを取り囲んでいたヴァルツ兵たちが追撃してくる様子はなかった。とはいっても、メルンブルッヘ基地の外を警備していた警備兵たちは侵入者がいるという事に気付いている事だろう。脱出したとしても、重機関銃を準備して待ち伏せしているに違いない。


 早く追いかけてこいよ、力也。


 まだ後方で勇者と戦っている男の事を考えながら走っていた私は、無意識のうちに三八式歩兵銃を倉庫の出口へと向けながら立ち止まった。


「団長?」


「…………」


 ――――――外から血の臭いがする。


 私の嗅覚は、祖先からの遺伝――――――二代目当主のタクヤ・ハヤカワだという――――――のおかげで普通の人間よりも発達している。風向きの影響を受けてしまうものの、遠距離にいる敵をこの嗅覚で索敵することも可能だ。


 嗅覚が発達しているからこそ、その臭いに気付く事ができた。


 そう、血の臭いだ。


 戦場で倒れている死体が発する血の臭い。


 鉄の臭い。


 火薬の臭い。


 膿の臭い。


 倉庫の外から、その臭いがする。


 先ほど戦闘を繰り広げた倉庫の中でそういった臭いがするのであれば辻褄は合う。だが、倉庫の外では数名の警備兵しか殺していない筈である。フランギウス軍がロイジェンデールを突破してここへと攻め込んできたとしたら、倉庫の中にあれほどの数の兵士を用意しておける余裕はない筈だ。


 マリウスとコレットが戦っているのか?


 いや、あの2人には力也が爆薬の設置を終えたら先に合流地点に戻っているように命じている。2人とも海兵隊と陸軍から選抜されてきたベテランの兵士なのだから、易々と命令違反をするわけがない。


 では、この臭いの原因は何だ? 外で何が起きている?


「気を付けろ、外の様子が変だ」


「…………ああ、確かに」


 ジェイコブも血の臭いを察知したらしく、ピストルカービンを用意しながら私の後ろを歩き始めた。


 幸運なことに、後方から敵が追撃してくる様子はまだない。外で待ち構えている正体不明の敵と、倉庫の中のライフルマンたちや勇者たちに挟撃される羽目にはならないだろう。


 コンテナの隊列が所狭しと並ぶ倉庫の中から、倉庫の外へと躍り出る。外に出た途端に無数のライフルマンたちや重機関銃が待ち構えているのではないかと思っていたのだが、倉庫の外には誰もいなかった。


 倉庫の中にいる間に雨が上がっていたらしく、メルンブルッヘ基地は濃霧に包み込まれていた。倉庫の壁面や通路に用意された照明が、純白の霧の中で光を放ち続けている。


 その照明で照らされている倉庫や司令部の壁が、真っ赤に染まっていた。飛び散った鮮血で灰色と紅色の禍々しい迷彩模様と化した壁や床の傍らには、オリーブグリーンの軍服に身を包んだヴァルツ兵の無残な死体がいくつも転がっていて、強烈な血の臭いを発している。


「なっ………!」


「し、死んでる………!?」


 一体何があった………!?


 ぎょっとしながら、一番近くに転がっている死体を凝視する。まだ若い男性の兵士の死体だ。左の鎖骨から右の脇腹を何かで両断されたらしく、胴体が真っ二つになっている。断面から覗くのは内臓と骨だ。


 他の死体も同じように身体を両断されていた。上半身と下半身を切断された兵士や、左半身と右半身を切断された兵士も見受けられる。彼らと一緒に転がっているのは、同じく両断されたライフルや血まみれのヘルメットだった。


 その時、司令部の方から銃声が聞こえてきた。まだヴァルツ兵の生き残りがいたらしい。


 何かと戦っているのだろうと思っていると、銃声が止まり、こちらへと足音が近づいていた。銃が弾切れになったのだろうか。それとも、逃げるべきだと判断したのだろうか。


「た、助けてくれっ! あ、あ、あいつは化け物だっ!!」


 中年の兵士が、倉庫の出口の近くに立っていた私たちに助けを求めてくる。自分たちの敵だという事に気付いていないのか?


 次の瞬間、その兵士の腰に白銀の刀身が喰らい付いた。すらりとしたその刀身は兵士の鮮血を浴びながら内臓や背骨をお構いなしに両断し、反対側の肉や皮膚を両断する。


 逃げようとしていた兵士の身体がぐらりと揺れた直後、周囲に鮮血が飛び散った。両断された兵士の上半身が真っ赤なコンクリートの上に転がり落ち、ゆっくりと海の方へと転がっていく。


 その兵士の後方から姿を現したのは――――――真っ黒な軍服とガスマスクを身に着け、1本の刀を手にした兵士だった。軍服のデザインは他のヴァルツ兵の軍服のデザインにそっくりである。他のヴァルツ兵たちと比べると体格は華奢で、胸は少しばかり膨らんでいた。女性の兵士だろうか?


 おそらくヴァルツ兵だろう。だが、なぜ仲間の兵士をあの刀で両断していた?


 霧の中から姿を現した兵士に銃を向けていると、ガスマスクを付けたその兵士がゆっくりとこっちを向いた。左手を腰にあるホルダーへと伸ばし、中に収まっている投げナイフを何本か掴み取る。全くと言っていいほど殺気は感じなかったが、私たちにそれを投擲するつもりなのは火を見るよりも明らかだった。


 私が発砲すると同時に、リョウを背負っていたジェイコブが近くにあるドラム缶の影へとジャンプした。刀を持った兵士が予想通りに投げナイフを3本も私へと投擲しつつ、私が放った三八式歩兵銃の6.5mm弾をあっさりと躱す。


 ぎょっとしながらボルトハンドルを引き、もう一度その女性の兵士を狙う。その隙に敵兵は姿勢を低くしながら私へと肉薄し、持っている刀を振り上げた。


 右斜め下から振り上げられた刀を銃剣で受け止め、そのまま突き飛ばしてから銃口を敵兵へと向ける。しかし、その黒い女性兵士は左手で三八式歩兵銃の銃身を殴りつけて狙いを逸らさせ、刀を突き出してくる。


 肉薄されてしまった以上は私も刀で応戦するしかない。


 三八式歩兵銃を投げ捨て、腰に下げている2本の刀を引き抜く。左手に持っている刀を振り払うが、敵兵は右手に持っていた刀でその一撃をあっさりと防いだ。そのまま左手を投げナイフのホルダーへと伸ばしたかと思うと、逆手持ちにしたその投げナイフを鎖骨へと振り下ろしてくる。


 ナイフが鎖骨を食い破る前に、敵兵の腹を思い切り蹴飛ばした。腹を蹴られた女性兵士が後方へと吹き飛び、鎖骨を貫く筈だったナイフが空振りする。その隙に右の刀を思い切り突き出す。だが、信じ難い事にその女性の兵士は、体勢を崩している最中だったにもかかわらずその一撃を刀で逸らしたかと思うと、左手で私の右腕を掴み、そのまま背負い投げで私を投げ飛ばしたのである。


「がふっ………!?」


 背中をコンクリートに思い切り叩きつけられながら、私は驚愕していた。


 今のカウンターには見覚えがある。


 幼少の頃に受けた白兵戦の訓練で、私は何度かこのカウンターを喰らって投げ飛ばされた。


 ちょっと待て、この女性兵士は………!


 何度も投げ飛ばされたことがあるからこそ、次に敵兵がどのような攻撃で追撃してくるかも知っていた。


 首を右へと倒し、眉間を貫くために振り下ろされた刀の切っ先を回避する。コンクリートに突き刺さった刀を敵兵が引っこ抜こうとしている隙に両足の膝を曲げ、敵兵の華奢な腹を両足で思い切り蹴飛ばした。


 がくん、と敵兵の身体が揺れる。その隙に立ち上がってから距離をとり、傍らに転がっている刀を拾い直してから敵兵に切っ先を向ける。


「貴様、名を名乗れ」


『…………』


 腹を思い切り蹴飛ばされた女性の兵士は、全くダメージを受けていないのか、蹴られた腹を押さえずにそのまま刀を拾い上げた。


「この戦い方は私が幼少の頃に教官から教わった戦い方と同じだ。貴様はハヤカワ家の関係者なのか?」


『…………』


 だが、黒い制服に身を包んだヴァルツ兵は答えなかった。


 もう一度問いかけようとするよりも先に、敵兵は投げナイフのホルダーへと手を伸ばす。


 刀を構えつつ、姿勢を低くして肉薄する。ハヤカワ家の子供が幼少の頃に受ける剣術の訓練は、オルトバルカに併合されたラトーニウス王国の”ラトーニウス式剣術”がベースになっている。初代当主だったリキヤ・ハヤカワの妻であるエミリア・ハヤカワが得意としていたとされる剣術だ。


 突撃する際は手にしている得物の切っ先が地面に擦れてしまうほど姿勢を低くし、敵に急接近するのが特徴である。先ほどあの敵兵が私に接近してきた時も、同じく姿勢を低くしながら接近してきた。


 敵兵が使っている剣術も、ラトーニウス式剣術をベースにした剣術なのだろう。


 現代では銃が先進国だけでなく発展途上国にまで普及しているため、戦闘で剣を使う事は殆どない。貴族の子供たちが試合のために練習する程度である。


 それゆえに、現代では大半の剣術が廃れてしまった。


 戦闘用の剣術として残り、剣術の訓練に採用されているのはこのラトーニウス式剣術だけである。


 つまり、ラトーニウス式剣術を使って戦う兵士は、わざわざ刀や剣を使って戦う変わり者か、ハヤカワ家やテンプル騎士団の関係者という事だ。


 敵兵が投げナイフを投擲してくる。両手に持った刀でナイフを弾き飛ばし、敵兵が刀で応戦するよりも先に肉薄した。


 身体を思い切り右へと倒しつつ、右手の刀を思い切り左上へと振り上げる。純白の刀身が血まみれのコンクリートに擦れ、一瞬だけ甲高い音と火花を発する。


「―――――――天誅ッ!!」


 敵兵が刀でその一撃を防ごうとするが、それよりも先に純白の刀身が女性兵士のヘルメットを直撃した。


 刀身がヘルメットを切り裂いたようだが、ヘルメットもろとも頭を切り裂くことはできなかったらしい。もう少し至近距離で剣戟を叩き込んでいれば、今の一撃で敵兵は頭を両断されていたに違いない。


 両断されたヘルメットがコンクリートの上に落下し、敵兵の頭髪があらわになる。


「!!」


 敵兵の頭髪の中から2本の角が伸びているのを見た私は、距離をとりながら目を見開いた。


 そう、敵兵の頭からまるでダガーの刀身のような形状の角が伸びているのである。根元の方は頭髪の色と同じく真っ黒だが、先端部の方は翡翠色になっており、霧の中でうっすらと光っていた。


「キメラの…………角…………?」


 有り得ない。


 現時点で生き残っているキメラは、ホムンクルスを除けば私だけである。他の同胞たちはタンプル搭で惨殺されてしまったし、生き延びた他の同胞たちも勇者たちの攻撃によって全滅してしまったと言われている。


 私が最後の生き残りである筈なのだ。


 角があらわになった女性の兵士が、左手を伸ばしてゆっくりとガスマスクを外す。


「!!」


 嘘だ。


 ラトーニウス式の剣術を使って攻撃してきた理由を理解しつつ、絶望する。


 どうして。


 あの時―――――――私の目の前で殺された筈なのに。


 死んだところは確かに見た。勇者に切り落とされた首が、通路に落下するのを見たのだ。


 なのに、どうして生きている?


 どうして私を攻撃する…………?










「――――――サクヤ………姉………さ……ん…………!?」








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