悪魔VS勇者
敵の将校を睨みつけつつ、こっちにライフルを向けている敵兵の人数を数える。コンテナの隙間から姿を現した兵士たちの人数はおよそ30人。武装は銃剣付きのボルトアクションライフルのみ。コンテナが所狭しと並べられている倉庫の中を逃げるのであれば、こいつらから逃げるのは簡単だ。銃身が長い上に銃剣まで付けてしまったライフルで、コンテナの隙間を逃げる侵入者を撃ち抜くのは至難の業だからだ。
だが、キャットウォークの上に居座っている敵兵たちは厄介である。
人数はおよそ50人ほどである上に、上からこっちを狙っている。コンテナの隙間に身を隠したとしても、角度によっては上からそのまま狙撃される恐れがある。しかも、1階にいる兵士たちと違って機関銃まで支給されているらしく、水冷式の重機関銃をこっちに向けている兵士も見受けられる。
チェックメイトか?
任務は失敗か?
俺たちの負けなのか?
「銃を捨てなさい」
兵士たちの後ろからやってきたローラント中将が、サーチライトで照らされている俺たちを睨みつけながら命じる。
言う通りにして拘束されたとしても、九分九厘俺たちはリョウのように捕虜にされることはないだろう。セシリアは奴らに蛮族と呼ばれているテンプル騎士団の総大将だし、俺――――――帝国軍には”ウェーダンの悪魔”と呼ばれているようだ―――――――も転生者を何人も惨殺し、帝国軍に大損害を与えている。身柄を拘束された後は、嬲り殺しにされるか、人体実験に使われるに違いない。
「同じ人間を悪魔呼ばわりするするとはな。傲慢なのはヴァルツ人のお家芸か?」
ローラント中将は少しだけ目を細めた。
「…………君たちに会いたがっているお方がいる」
会いたがっている奴だと?
銃を構えたまま、ローラント中将の後ろからやってくる男を睨みつけた。身に纏っているのは帝国軍の転生者に支給される真っ白な制服で、胸元や肩には豪華な装飾や勲章がいくつも取り付けられているのが分かる。背中の部分はマントで覆われていて、腰には装飾の付いた派手なロングソードを下げていた。
式典用の制服なのではないかと思ってしまうほど、随分と派手な服である。
それを身に纏っているのは――――――その豪華な制服を血で汚してやったとしても復讐心が全く消えないほど、憎たらしいクソ野郎だった。
「天城…………ッ!」
「勇者…………また会うとはな…………ッ!」
三八式歩兵銃を構えていたセシリアも、目つきが鋭くなる。
勇者は他の転生者と共に俺の妹を殺した挙句、手足を奪いやがったクソ野郎だ。だが、セシリアは俺以上にあの男に全てを奪われている。最愛の家族を奪ったのはあの男だし、彼女が左目を真っ黒な眼帯で覆う羽目になった原因もあの男だからだ。
だが―――――――ローラント中将の後ろからやってきた勇者は、最も強烈な復讐心と殺意を発するセシリアをお前には興味がないと言わんばかりに一瞥してから、俺を睨みつけた。
「――――――生きてたのか、力也」
「殺したいんだったらしっかり首を斬れ、間抜け」
「ふん…………ならば、今度は確実に殺す。二度と復活して俺の邪魔ができないように」
「こっちこそ、今度こそ殺してやる。18歳未満には見せられないくらい無残にな」
勇者が歯を食いしばりながら拳を握り締めているのを見てから、ニヤリと笑った。あの程度の罵倒でブチギレするとは。
ちらりとジェイコブに目配せする。頷いた彼は、ピストルカービンを持っている両手ではなく、腰の後ろから生えているキメラの尻尾をこっそりとポーチの中へと伸ばし、中からスモークグレネードを1つ取り出した。
勇者に気付かれないようにジェイコブの前に立つ。ジェイコブは俺よりも小柄なので、後ろにいればスモークグレネードの安全ピンを引っこ抜こうとしているのがバレることはない筈である。
コレットとマリウスの2人は、もう爆薬の設置を終えただろうか。さすがに持っている爆薬だけで艦艇を撃沈するのは不可能だ。艦艇を航行不能にしたり、損傷で速度を低下させるのが精一杯だろう。
あの2人には、設置を終えたらすぐに脱出するように指示を出している。爆薬の設置を済ませているのであれば、もう脱出していてもおかしくはない。
コンッ、と、足元にスモークグレネードが落下する。落下した音が倉庫の中にうっすらと反響し、銃を構えていた敵兵たちがぎょっとした頃には、俺のブーツに当たったスモークグレネードが真っ白な煙を吐き出して、俺やセシリアを飲み込んでいた。
「!」
「逃げる気だ!」
敵兵の声を聞きながら姿勢を低くし、モシンナガンを片手で持ったまま前方に何発か撃った。通常のモシンナガンが使用する7.62×54R弾ではなく、ピダーセン・デバイスを装着したことで使用可能になったナガンM1895用の7.62×38mmナガン弾である。ライフル弾よりも殺傷力や射程距離が減少しているものの、反動が非常に小さいおかげで片手でも射撃できる。
姿勢を低くしたまま、近くにあるコンテナの隙間へとジャンプする。背負っていたリョウが呻き声を発した直後、キャットウォークの方から銃声が立て続けに轟き、コンテナの表面を無数の銃弾や跳弾した弾丸が直撃した。
「走れ!」
セシリアが俺の肩を叩き、先頭を突っ走る。ピストルカービンで敵兵を牽制していたジェイコブも走り出し、コンテナの隙間を通過していく。
「少し我慢しろよ」
「あ、ああ」
スモークグレネードを取り出して安全ピンを引き抜き、後方へと投擲してから走り出す。他にもフランギウス軍の捕虜がいる可能性はあるが、もう既に敵に発見されてしまっている以上は救出することは不可能である。フランギウス軍から報酬を支払ってもらえないのは残念だが、彼らは見捨てるしかない。
倉庫の外から警報が聞こえてくる。俺たちが基地の内部に侵入した事を告げているのだろう。このまま脱出すれば、外にいる守備隊と挟み撃ちにされる可能性が高い。
セシリアはどうするつもりだと思った次の瞬間だった。
後方から飛来した1本のダガーが、右足の太腿を直撃した。
突き刺さったとは言っても、この足はとっくに機械の義足と化している。普通の足だったら強烈な激痛が牙を剥き、足に力が入らなくなっているだろうが、この中に詰まっているのはフィオナ博士が設計した魔力式小型モーターや人工筋肉である。モーターが破損したり、筋肉そのものが切断されない限りは全く問題はないし、全く痛みは感じない。
そのまま走り続けていると、今度はセシリアの近くにあったコンテナが吹き飛んだ。
「「「!」」」
回転しながら吹っ飛んだコンテナから鉄格子が剥がれ落ち、中に収まっていた餓死した捕虜たちの死体が遠心力で外へと追い出されていく。少しばかり錆び付いたコンテナは真下にあった紅茶の絵が描かれているコンテナを中にいる捕虜もろとも押し潰すと、大量の埃と金属片を周囲に撒き散らした。
「――――――逃げてんじゃねえよ、カス共が」
置き去りにされた筈の勇者が、今しがた吹っ飛んだコンテナの近くから姿を現す。
転生者のステータスは、攻撃力、防御力、スピードの3つがある。攻撃力が上がれば自分の攻撃がより強力になるだけではなく、筋力まで強化されていく。防御力が上がっていけば対戦車ライフルが直撃しても打撲程度で済むほどの防御力になるし、スピードが強化されれば全力疾走するスポーツカーすら置き去りにするほどの速度になるという。
それゆえに、レベルの高い転生者は非常に危険なのだ。
後方でひしゃげているコンテナの表面を掴み、片手でそのコンテナを持ち上げる勇者。へこんだコンテナが軋む音が倉庫の中に反響していく。
「コンテナを持ち上げた………!?」
「お前は計画の邪魔でしかないんだよ………だから無残に死ね、力也ァ!!」
リョウを抱えたまま、咄嗟に右へと思い切りジャンプする。
次の瞬間、勇者が投擲したコンテナが倉庫の床を直撃した。火花や金属の破片が舞い上がったかと思うと、勇者が放り投げたコンテナが轟音を倉庫の中に響かせながら別のコンテナを直撃し、コンテナの隙間を走って俺たちを追撃してきた帝国軍の兵士たちを容赦なく押し潰す。
敵兵が減ってくれるのはありがたいが、無数のライフルマンに銃を向けられるよりもはるかに危険な敵の相手をしなければならないとは………。
「ジェイコブ!」
勇者に向かってピストルカービンを撃とうとしていたジェイコブを呼び、彼に衰弱しているリョウを預けた。ジェイコブはぎょっとしながらリョウを背負ったが、なぜ俺が彼にリョウを任せたかを理解してくれたらしく、唇を噛み締めながら首を縦に振る。
――――――勇者は俺を狙っている。
どういうわけか、勇者は俺の事を恨んでいるらしい。おそらく前任者と勘違いしているのだろう。
俺が狙われている以上、リョウを背負ったまま逃げるのは至難の業だ。下手をすれば、あいつの攻撃にリョウまで巻き込まれ、リョウもろとも死ぬ羽目になるかもしれない。
だからジェイコブに彼を任せたのだ。
痩せ細ったリョウは、華奢なジェイコブに背負われながらこっちを心配そうに見た。ニヤリと笑いながら彼に向かって親指を立て、モシンナガンを掴み取る。サプレッサーを外してピダーセン・デバイスを取り外し、ホルダーの中に収まっているボルトを装着してから、素早くクリップで5発の7.62mm弾を装填する。
右足の太腿に刺さっているダガーを引っこ抜く。黄金の装飾がこれでもかというほど付いている派手なダガーだ。こういうダガーは部屋に飾っておくべきではないだろうか。
リョウを背負ったジェイコブが走っていった直後、周囲を待っていた埃の向こうから、黄金のロングソードを手にした黒髪の青年が突っ込んできた。銃で迎撃するのは間に合わないだろうし、コンテナを容易くぶん投げられるほどの筋力ならば、銃でガードしたとしても銃もろとも両断されるのが関の山だ。
身体を左へと傾けつつ、今しがた足から引っこ抜いたダガーを投擲する。もし躱し切れなかったとしても義手になっている右腕が切断されるだけで済むからだ。
投擲したダガーが、回転しながら勇者の右の脇腹を直撃する。その苦痛のおかげなのか、剣戟は右肩を掠め、足元にあったコンクリートの床を両断した。
コンクリートの破片が義手や義足を直撃する金属音を聞きながら、今しがた剣を空振りした勇者の顎をモシンナガンM1891の銃床で思い切り殴りつける。
「ぶっ――――――」
がくん、と勇者の頭が大きく揺れる。その隙に勇者の脇腹にモシンナガンの銃口を突き付け、引き金を引いた。
呻き声を発しながら右半身を揺らす勇者。普通の兵士であれば今の一撃は間違いなく致命傷になっている筈だが、この男は非常にレベルの高い転生者であるのに対し、こっちは初期ステータスのままである。
しかし、俺には”問答無用”というスキルが装備されている。端末をある程度解析することに成功していたフィオナ博士が用意してくれたスキルだ。
これを装備していれば、転生者限定だが、相手の防御力を無視してダメージを与える事ができるようになる。つまり、相手がレベルの高い転生者だったとしても、こちらの攻撃は敵の防御力のステータスによって阻害されることなく、関係なくダメージを与えられるという事だ。
至近距離で放たれた弾丸が、勇者の脇腹を貫く。真っ白な制服が血飛沫で赤く汚れ、被弾した勇者が歯を食いしばりながらこっちを睨みつけた。
このスキルがあれば、敵に攻撃だけは通用する。
ボルトハンドルを引いてからもう一発ぶちかまそうとしたその時だった。唐突に右の脇腹を何かが直撃したかと思うと、強烈な運動エネルギーに突き飛ばされ、そのまま左側にあるコンテナの側面へと叩きつけられてしまう。
「カハッ――――――」
な、何が起きた…………?
別の転生者がいたのかと思いつつ、呼吸を整える。だが、倉庫の中にいるのは脇腹から血を流している勇者だけだ。あいつ以外には誰もいない。
どうやら、勇者が至近距離にいる俺の脇腹に裏拳を叩き込んだらしい。
殴りつけられただけだというのに、俺は10mも吹っ飛ばされてコンテナに叩きつけられたというのか!?
歯を食いしばりながら立ち上がる。口から零れ落ちる血を袖で拭い去り、背中に背負っている鞘の中からジェイコブの店で購入した大太刀を引き抜く。
こいつで首を斬り落としてやろうと思ったが、コンクリートの床から剣を引き抜いた勇者を睨みつけていた俺は、あいつの脇腹を見て違和感を感じた。
先ほどダガーと弾丸が直撃した筈だというのに――――――いつの間にか、傷口が塞がっている。
再生能力…………?
引き抜いたばかりの大太刀の刀身をちらりと見る。こいつで首を斬り落としたとしても、再生能力があるとしたらすぐに傷口を再生させて襲い掛かってくるかもしれない。再生能力がある以上、下手をすればあいつの攻撃を喰らって即死する可能性がある接近戦を挑む必要はない。
いや、”これ”をぶち込むチャンスがあるならば、接近戦を挑む価値はある。
大太刀の柄を握る義手を見つめながら、左手を義手の肘にある起動スイッチへと近付ける。
13mm対転生者用パイルバンカー『スタウロス』。使用すれば義手が吹っ飛ぶ羽目になるが、あらゆる防御という概念を無視して敵を一撃え葬ることが可能な”理不尽殺しの理不尽”。義手そのものを使い捨てにするため、予備の弾薬は存在しない。
たった一発だけの、一撃必殺。
起動スイッチを押そうと思ったが、ぴたりと左手を止めた。
この作戦の最優先目標は、リョウを無事にキャメロットまで連れ帰る事だ。勇者を倒すことに成功すれば帝国軍の春季攻勢そのものが頓挫することになるが、今の俺たちではこいつを倒すことはできない。
倒せない相手に、片腕を使い捨てにする切り札を使うというのか?
その時、勇者が剣を上へと向けて薙ぎ払った。黄金の刀身から白銀の衝撃波が射出されたかと思うと、その衝撃波は甲高い音を発しながら倉庫の天井を直撃し、無数の鉄骨や巨大なクレーンをあっさりと両断してしまう。
やがて、巨大な天井が軋む音を奏で始めたかと思うと、両断された鉄骨やクレーンが床の上を埋め尽くしているコンテナの群れへと向かって落下し始めた。
「潰れて死ね、クソ野郎」
踵を返す勇者に向かって、雄叫びを上げながら突っ走る。
だが―――――――あのクソ野郎の背中に大太刀を振り下ろすよりも先に、落下してきたクレーンの残骸や無数の鉄骨が俺の身体を直撃していた。




