殺戮の日曜日
《敵機接近! くそ、なんて数だ……》
ヘリのパイロットの緊迫した声が、兵員室の中に響いた。
報告によると敵の数は200万―――レーダーの故障とか、観測員の見間違いであることを祈りたくなる数字であるが、兵員室の窓から外を見た途端にそれは誤りではなく、現実なのだという事を悟る。
段々と近付いてくる、徹底的に破壊された首都アルカディウスの惨状。ビルのいくつかは炎上し、いたる所から黒煙が上がっていた。祖国奪還以来、一度も本土への攻撃を許した事ないクレイデリア連邦首都の無残な姿。時折、ビルの合間から曳光弾を含んだ機関砲の砲弾が打ち上げられ、天を舞う黒い影の中に火球を生み出しているのが見える。
それはまるで、イナゴの群れを思わせた。
大昔、農作物を喰い尽くし各地に飢餓を招いたというイナゴの群れ―――この街をこんなにも無残な姿に変えたそいつらが喰らうのは農作物ではなく、人間の命だった。
見間違いでなければ、下半身の無い人間のような姿をしているようだ。足にあたる部位はなく、上半身しかない。いったいどんな技術で飛行しているのかも不明だが、今までに交戦した戦闘人形よりも貧弱そうな外見をしていた。
防弾フレームの面積は必要最低限で人工筋肉の量も多いとは言えず、がっちりとした騎士を思わせる従来の戦闘人形と比較すると、痩せ細った人間、あるいは骸骨を思わせるほどフレームが細いのだ。
個々の戦闘力よりも、複数の個体で群れをなし物量で圧倒するような運用を想定した兵器なのだろう。
その群れの中から、こちらの接近を察知したのか―――群れを離れた1機の敵が、こっちに向かって高速で飛んでくる。
スーパーハインドの射手が機関砲で迎撃するが、そいつは今までの戦闘でこちらの兵器の弾道を学習していたのか、それとも今まで以上の機動力でも獲得しているのかは定かではないが、機関砲の砲弾を巧みに回避しながらスーパーハインド目掛けて飛んでくる。
「くそ、来るぞ!」
やられる―――嫌な予感がした直後、無線機越しに射手かパイロットのものと思われる悲鳴が響いた。
今しがたやられたのはパイロットなのだろう。悲鳴が合図だったかのように、がくん、とスーパーハインドの姿勢が大きく崩れる。気流に流されるかのように機体を右へ傾かせたかと思いきや、そのまま横にぐるぐると回転しながら、燃え盛る市街地へと向けて落ちていった。
ぐるぐると風景が入れ替わる兵員室の窓の向こうに、市街地の無残な光景がいっぱいに広がったところで、機体が激しく揺れた。メキメキとメインローターのへし折れる音に装甲の軋む音が連なり、何かが崩落する音も混ざり込む。
スパークの音と焦げたような臭いが兵員室の中に充満する中、俺はそっと目を空けた。
大丈夫だ、手足はある―――激しく揺さぶられたが、幸いケガはないようだ。
自分自身の無事を確認し、部下の無事を目視で確認する。兵員室に乗り込んでいたスペツナズ第一分隊の隊員たちは、見たところ無事なようだった。ラウラミニの表示でも、バイタルサインに異常はない。
「お前ら大丈夫か」
「へ、平気です……」
部下の無事を確認しつつ、スーパーハインドの兵員室のドアを思い切り蹴破った。歪んだドアがあっさりと外れ、外の焦げ臭い空気が機内へ流れ込んでくる。
外に出て安全を確認しつつ、コクピットの方へと向かった。パイロットとガンナーが無事であるかどうか、確認しなければならない。パイロットの方は望み薄だが、息があるならばまだ助けられる。
機首の方は無残な状態だった。墜落の衝撃でターレットは脱落し、球体状の特徴的なキャノピーは割れている。
「……くそ」
コクピットにめり込んでいる敵機と、操縦席の辺りから溢れ出る鮮血―――パイロットの死亡は決定的だった。どうやら敵機はここにパイロットが乗り込んでいるのを分かっていた上で特攻してきたらしい。
あれは一種の特攻兵器なのか―――確かに恐れを知らぬ機械であればそれも可能であろう。特攻型ドローンという類の悪辣な兵器も、今では普及しつつある。おそらくあれはそれに更なる攻撃性を持たせた兵器と見るべきだ。
ガンナーの方はどうか。せめて生きていてくれと祈りながらガンナーの座席の方に視線を向けると、微かにうめき声が聞こえてきた。
AK-15に装着したPRSストックで割れかけのキャノピーを思い切り殴打し、叩き割る。中に乗っていたガンナーの肩を掴んで持ち上げ、機外へと引っ張り出した。
「あぁ……ッ」
「しっかりしろ、大丈夫だ。傷は浅い」
金属片がいくつか身体に突き刺さっているが、破片はいずれも小さいものばかり。肋骨の辺りに触れると苦しそうに悶えた事から、肋骨も何本か折れていると見るべきか。
そっと地面の上に寝かせていると、カリーナが駆け寄ってきてポーチからエリクサーを取り出した。錠剤タイプではなく、注射器に充填された液体タイプのやつだ。負傷で錠剤が接種できない負傷兵向けに開発されたもので、衛生兵にのみ支給されている。
彼女がそれをガンナーの首筋に注射すると、浅かった呼吸がゆっくりと落ち着いたものへ変わっていった。腹の辺りがもぞもぞと微かに動いている事から、やはり肋骨が折れていたのだろう。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……ありがとう」
「どこかに隠れてろ」
機内に用意してあったPPK-20を引っ張り出し、それを予備のマガジンと一緒にガンナーに手渡した。最初からPK-120付きになっているところに、組織のちょっとした親切さを感じる。
「大佐、ご武運を」
「ありがとう、同志」
敬礼してくれた彼に敬礼を返し、部下を連れて市街地へ。
酷い有様だった……道路の上には出動し迎撃に当たったと思われる連邦武警や国防軍の装甲車の残骸が転がり、その周囲には兵士たちの死体がある。胸や腹、喉元を鋭利な刃物で刺し貫かれたような原形をとどめているものもあれば、上半身や首から上を何かで消し飛ばされた哀れな死体まであった。
完全な不意打ちだったとはいえ、首都には十分な戦力があったはずだ。それをこうも易々と蹂躙できる兵器がこの世界に存在していたとは……。
『CP、CP、こちらアクーラ1。ヘリは墜落、パイロットは死亡……分隊員に負傷者無し、任務を続行する』
《こちらCP、了解。敵兵器のデータが手に入り次第、そちらに転送する》
『了解』
ショッピングモールの敷地内に入り始めた辺りで、それまで兵士のものばかりだった死体に多様性が現れ始めた。
子供、女性、老人、若者……どれも関係なかった。奴らにとって、戦闘員だろうが非戦闘員だろうが殺す対象であることに変わりはないらしい。人類どころかペットとして飼育されていたであろう犬や猫の死体まで転がっているのを見て、愕然とした。
生命反応があるか否か―――奴らにとって、違いはそれだけのようだった。生きている存在があるならば殺す。それがあのイナゴみたいな兵器の存在意義。
大量の死体が転がっている風景だったら今まで何度も見てきた。世界大戦や対テロ掃討作戦……そういう作戦の最中にも、こういう風景は見た。女子供関係なく死体と化している虐殺の痕跡。そしてそれは俺たちテンプル騎士団も散々やってきた事だ。
だが―――今目の前に広がっているそれは、今まで見てきたものと何かが違う。
呼吸が止まりそうになる。心拍数の上昇が、自分自身でもはっきりと分かった。
―――あの死体の中に、ユーリがもし居たら。
最愛の息子の無事を祈る事しか、今は出来ない。
鉄の臭いが鼻腔に溢れる。錆び付いた鉄の臭い……けれどもそれはぬるりとしていて、生暖かさを保っている。
身体中に付着したその臭いと恐怖に耐えながら、ユーリは泣き出しそうになるのを必死にこらえていた。できる事なら、父か母に胸に飛び込んで思い切り泣き喚きたい。怖かったよ、怖かったよ、と泣き喚いてしまいたい。そうする事が出来たらどんなに楽な事か。どれだけ安心できることか。
しかし今ばかりは、それは許されない。
物音を立てたら殺される―――まだ5歳の子供でも、そう確信するに十分な絶望がそこにはあった。
ユーリが隠れ蓑として選んだのは、ショッピングモールの中に積み上げられた死体の山の中だった。子連れだった母親の死体もあれば、警備していた兵士や従業員、老人に自分と歳の変わらない子供の死体もある。
一見すると彼らはまだ生きているように見えた。目を大きく見開いて、口をぽかんと開けたままどこかを見つめている。もしかしたらいきなり動き出すのではないか、と思えてしまえるほど、彼らは生きているように見えた。
だがしかし、その身体をよく見てみると死んでいる事が分かる。首だけの死体や腰から下が無い死体、胸元を大きく抉られた死体……皆死んでいた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!!」
死体の山の中で息を潜めていたユーリの耳に、男性の叫び声が聞こえてきた。
見てみると、どこかに隠れていたのであろうエルフの男性が、ショッピングモールを襲った無人兵器のアームに足を掴まれ、通路へと引きずり出されているところだった。
「や、やめろっ、やめてくれっ……たのむ、やめて……!」
必死に命乞いしても、機械はそれを聞き入れない。
次の瞬間、無人兵器に搭載された2本のアーム―――先端部に装甲すら切り裂くクローがあるそれが、男性の顔面と腹に思い切り突き立てられた。それだけでも十分だというのに、無人兵器は見せしめと言わんばかりにそれを何度も何度も突き立てる。
柔らかい表皮と筋肉繊維を穿つ音が、段々と泥を掻き回すような音に変わっていく。ユーリは叫び出したくなるのを堪え、耳を塞いだ。
こんなところで泣いてはならない。自分は大佐の息子―――”悪魔の再来”と呼ばれた、テンプル騎士団最強の兵士の息子なのだ。いつか自分も父と同じように強い兵士になるのだ、こんなところで泣いて良いわけがない。
そう自分を鼓舞するが、今しがたエルフの男性を惨殺した無人兵器と目が合ってしまい、ユーリの口から小さな声が漏れた。
ぎょろりとした、一つ目の巨人を思わせる眼球状のセンサー。それが真っ直ぐに、死体の中に隠れているユーリを見据えていたのだ。
ショッピングモールの中は地獄だった。
死体の山―――安っぽい表現かもしれないが、それ以外に何と表現とすればいいのか言葉が見つからない。洋服売り場にフードコート、おもちゃ売り場に雑貨店。いたるところに死体があった。無防備な、つい数時間前までは何気ない日常を過ごしていたであろう民間人の死体があった。
武器をAK-15からPKPに持ち替え、息を呑む。
この先には確かシェルターがあったはずだ。冷戦中、万一西側諸国との核戦争が始まってしまった場合に民間人を収容するための、大型の対核シェルターが。無論その丈夫な隔壁はテロやこういった首都が襲撃を受けた場合でも十分に機能する事から、非常時にはシェルターへ民間人を避難させるよう従業員たちは教育を受けている筈である。
今日は日曜日、もっと多くの客が居た筈だ……生き残りが居るとすればそこか。
案内板にアクセスしシェルターへの案内メニューを起動すると、床の上に立体映像の矢印が表示された。それに従って進みながら、祈る。神様、どうか息子を助けてください、と。
悪魔の再来だの何だの言われた男が神に祈るのもおかしな話だが、今はそうする他なかった。子供たちは俺たち夫婦の未来だ。それが摘み取られてしまったら、同志副団長のように壊れてしまいそうだ。
シェルターの前には、大量の無人兵器が居た。核爆発や放射能すら通さない、特殊な分厚い隔壁。それをぶち抜いて突入しようとでもしているのか―――隔壁の表面に、まるで樹液を塗りたくった樹に群がる昆虫のように、例の無人兵器がびっしりと張り付いている。
眼球みたいな部位から紅いレーザーを照射し、少しずつ隔壁を溶かしていく無人兵器たち。中には武警や国防軍の兵士もいるだろうし、従業員も銃の扱い方は訓練を受けているから無防備というわけでは無いだろうが……あそこが破られでもしたら、終わりだ。
『アクーラ1より各員、交戦許可。害虫駆除開始だ』
『了解』
PKPを構え、引き金を引いた。ドドドッ、と通常のアサルトライフルには無い重々しい銃声が乱舞して、マズルフラッシュの向こうで無人兵器のうちの1機が火花を散らし隔壁から脱落する。
仲間の死を目の当たりにして、新たな脅威の出現を悟った無人兵器たちが、まるで巣を攻撃されて怒り狂うスズメバチのように一斉に飛び上がった。
スペツナズの隊員たちと共に弾幕を張る。7.62×54R弾、7.62×39mm弾、5.45×39mm弾が乱舞し、最低限しか搭載されていない防弾フレームを易々と撃ち抜いて、昆虫みたいな動きをする無人兵器たちを次々に鉄屑へと変えていった。
だが、敵の数はかなり多い。大量発生したイナゴが可愛く見えるレベルだ。これだけ弾幕をっ張っているというのに、段々と押し切られ始める。
『グレネード!』
ノウマンが魔力通信で告げ、RGS-50Mを構えた。バムンッ、と50mmグレネード弾が放たれ、弾幕を物量で押し切ろうとしていた機械のイナゴの群れのど真ん中で炸裂する。
爆風と破片が、機械のイナゴの群れをごっそりと削った。
ノウマンの放った強烈な一撃が、形勢を見事に逆転してくれた。敵はまだこっちに迫ってくるが、殺気の一撃で数を減らしている。今ならば押し切れそうだ。
「このまま押し切れぇ!!」
PKPを放ちつつ前身。他の分隊員たちも、アサルトライフルや重機関銃をフルオートでぶちかましながらじりじりと前進していく。
イナゴみたいなこいつらには、どうやら単純なプログラムしかインプットされていないようだった。とにかく群れを成して敵へ突っ込む、奴らの戦い方は単純なものだ。それは十分な物量があれば確かに脅威となるが、こうして数を減らされてしまえばその限りではない。
殺されていった無抵抗の市民たちの無念を乗せ、弾丸たちは無慈悲に無人兵器たちを射抜いていく。
やがて、目の前から敵が消えた。床に転がる無人兵器のスパークする音と、銃声の残響だけが周囲に残った。
「クリア!」
「クリア!!」
よし、後はシェルターの中の民間人を保護すれば……そう思い、コンソールへアクセスしようとしたその時だった。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
聞き覚えのある幼い声が、上の階から響いてきた。
「ユーリ……!?」
間違いない、今の叫び声は……息子の声だ。ユーリの絶叫だった。
「大佐……」
「……すまないノウマン、ここは任せる」
「了解、ご武運を」
部下にシェルター前の守りを任せ、走り出す。
失うわけにはいかなかった。
大切な家族を。
俺たち夫婦の未来を―――。




