戦の鬼と見果てぬ夢
リキヤとは、滅びの使徒。
世界を滅ぼしかねない危険な文明を摘み取り、痕跡を残さず破壊する事で世界滅亡を阻止する。その目的のために神が遣わした”対文明兵器”。
今まで常識だと思っていた情報が、全て覆った―――今までの在り方を否定されたような、喪失感にも絶望にも似た何か。
『だからリキヤこそが最高の抑止力となり得るのです。戦闘を学習し、無限に強くなる戦闘人形と、それを率いる対文明兵器。この組み合わせこそが冷戦という世界平和を成し得る唯一の最適解……そうは思いませんか?』
こちらを振り向き、フィオナは語りながら両腕を広げた。
『核による破壊力で敵対勢力の攻撃を抑止し、もしそれを無視して戦争を仕掛けてくる相手を危険な文明と判断し排除する……そしてやがては核兵器に取って代わる、新たな抑止力とする』
自分の言葉に酔っているのか、それともこうして語り掛ければ私がその理想に共感すると今なお信じているのか。フィオナは広げた手の片方をこちらに差し出し、微笑みながら告げた。
『セシリアさん、もう一度手を組みませんか?』
「なんだと?」
『私の理想と、貴女の想い描く未来は一致しています。今までの争いは不幸な誤解、意見のすれ違いで生じたちょっとした闘争……ですが、私たちが同じ未来を見ている事が分かった以上、もうこれ以上争う必要はありません』
不幸な誤解?
意見のすれ違い?
ドクン、と身体の中で何かが目覚めた。
身体中の血が煮え立つような感覚。沸騰し、血管が膨張し、身体中が燃え上がるような確かな熱が、この身の内から溢れ出てくるのが分かる。
『血が流れてしまったのは不幸な事でしたが、必要な犠牲です。彼らの、勇敢な同志たちの犠牲のおかげで平和が約束された未来がやって来るのですよ』
そうか……そうか。
必要な犠牲、と言ったか。
父も母も、姉も弟も。
私の夫も……夫と姉の間に生まれた小さな命ですら、この女は”必要な犠牲”と言うか。
この女が今まで一度も自らの手を血で汚した事のない聖女で、人類の未来のために心血を注いできた、というのであれば今の言葉を受け入れていたであろう。ああ、この人はこんなにも世界のためを思っているのだ、と確信し、武器を手放す決断すらも下していたかもしれない。
それほど、今の言葉は―――発言者の素性を抜きにすれば、あまりにも甘く魅力的な言葉だった。
しかし、それを私は許す事が出来ないでいる。
勇者の復活と、それに端を発する幾万もの戦死者たち。それらを引き起こした元凶こそがこの女なのだ。この女が勇者を封印から解き放つような真似をしなければ、この世界はこんなにも燃え盛ることは無かった。血と炎で彩られ、混沌の様相を呈することも無かった。
全ての元凶となった女が、そんな甘い言葉を垂れ流す―――それが猶更、許しがたい。
『さあ、私と共に』
うるさい、それ以上喋るな。
それ以上―――甘ったるい言葉で、死んでいった同志たちの意志を穢すな。
彼女の勧誘への返答は、鞘から一瞬のうちに抜き払われた刀の一閃だった。刃は鋭く、しかしその刀身は全てを飲み込む闇の色。他者に与えるのではなく、他者から奪う事しか―――壊す事しかできない私にはお似合いの色だ。
不可視の刃ですら、主たるフィオナを守るまでは至らない。
『えっ』
信じられないとでも言わんばかりの、本当に驚愕したようなフィオナの声。メモリークォーツを埋め込んだ刀の剣戟は、この女を殺したいという私の強い感情を吸い上げて、霊体であるフィオナそのものを見事に”切り捨てた”。
ずるり、と幼い少女の首がずれる。小さな手で押さえようとするも、その手にすら力が入らなくなったフィオナ。やがて真っ白な光を漏らす断面が覗き、ごろりと小さな頭が花畑の中へ転がり落ちる。
それでもなお―――フィオナを切り捨ててもなお、抱いた怒りは収まらない。
主の死を察知し、周囲の戦闘人形たちが一斉に戦闘モードに入る。バイザーから漏れる蒼い光が、戦闘態勢を意味する紅い光へと変わっていき、腰に下げた鞘の中から大剣を引き抜いた木偶人形たち。
数は良い。が、その程度の力で私を止められると思っているのか?
大剣を両手に握り、一番槍と言わんばかりに最初の1体が正面から斬りかかってくる。落下する勢いを乗せた重い剣戟は、その一撃だけで人体など容易く叩き切る事だろう。なるほど、騎士のような優美な剣技ではなく、獣を思わせる荒々しさは確かに力也のものだ。
だが―――それだけだ。
紙一重で重い斬撃を躱し、相手を見上げることなく左手を突き上げた。外殻で覆った左手が戦闘人形の首を鷲掴みにし、そのまま指先が食い込むほどぎりぎりと締め上げる。
無論、機械はこの程度で壊れない。息を詰まらせることも、窒息死なども有り得ない。
左手に力を込め、そのまま拘束した戦闘人形を持ち上げた。頭上へと放り投げ、落下してくるそれへと、右手に持っている刀の切っ先を突き上げる。
僅かな抵抗すら感じなかった。勢いよく落下してきた戦闘人形の防弾フレームを、メモリークォーツを覆った刀の刀身があっさりと突き抜いたのだ。
頭上から鉄臭い、しかしシリコンのような臭いも混じった紅い半透明の液体が降りかかる。戦闘人形の人工血液だ。機械のくせに、古めかしい騎士のような姿をしているくせに、なぜ血の色まで人間に似せてくるのか。
機械は黙って機械らしく、オイルでも垂れ流していればいいものを。
動かなくなった戦闘人形を投げ捨て、息を吐いた。
「だ、団長……あなたは……!」
後ろで全てを見ていたオリヴィエが、震えながらこちらをじっと見つめる。
眼帯で覆われていない彼女の右目―――紫色の綺麗な瞳に映るのは、異形と化した自分の姿だった。キメラの尻尾が9本に増えているのは見覚えのある変化だからまだいい。が、異質なのは頭から生えている角だった。
通常、キメラの角はブレード状のものだ。それが左右から1本ずつ、計2本生えているのが当たり前であり、形状と本数共に例外は無い。
それが―――ブレード状から、まるで山羊のような捻れた形状に変貌し、頭の左半分を中心に他の角が何本か生えているのだ。
通常の、剣の切っ先を思わせるキメラの角とは似ても似つかない異形の角たち。9つの尾と異形の角を備えたそれは、もはやキメラとは呼べぬ別の生物のようにも思えた。神話の世界から飛び出した悪魔、あるいは各地の伝承に残る悪鬼……いずれにせよ、人類に対し友好的なものではない、というのだけは確かだった。
「……下がっていろ、オリヴィエ」
変貌した自分の姿にショックを受けるよりも先に、こんな姿になった母を息子はどう思うか―――そっちの方が心配になった。
ああ、良かった。私は心まで悪魔になったわけでは無いらしい。本当の悪魔なら、自分の家族の事を思い出す事などない筈だから。
それだけに安心しながら、私は戦闘人形たちに襲い掛かった。
刀を両手で握りながらジャンプし、空中で縦に一回転。回転の勢いと落下する勢いを乗せ、本気で振り下ろした一撃で1体の戦闘人形を縦に両断する。
返り血のような人工血液を浴びつつ、残骸を踏み締め更に一歩。ブンッ、と銃剣付きのAK-12が突き出されるが、その切っ先が私を捉えることは無い。紙一重、それこそ頬の表皮を浅く切り裂く程度の傷をつけるのが精一杯だった。
姿勢を低くしたまま刀を振り下ろし、切っ先を地面に擦り付ける。大地で咲き乱れる蒼い結晶の花をいくつか巻き込みながら刀を振り上げ、上へ上へと伸びあがる力を乗せた重い一撃で、戦闘人形を2体まとめてかち上げる。
全身の細胞が、身体の中を流れる血の一滴一滴が煮え立っていた。
かち上げた直後の刀を左手に持ち替え、飛びかかってきた戦闘人形へ至近距離でサンダー.50BMGの一撃を叩き込む。
50口径の洗礼をよりにもよって頭部のバイザーに受けた戦闘人形は、もっとも脆弱なセンサー部を無慈悲に捥ぎ取った。45口径の銃撃とは比較にならぬ運動エネルギーが大穴を穿ち、一撃で戦闘人形を機能停止へ追いやってしまう。
まだまだ戦闘人形は残っているが、それら全てがかかってきたとしても勝負にならないという確信がある。
こんな連中のどこが強いというのか。どこが抑止力たり得る存在だというのか。
フィオナ、もしこんなものを最強の抑止力に据えるつもりであったのならば、お前には物を見る目が無い。こんな機械に、物量しか取り柄の無いスクラップ同然の兵器に何ができるというのか。
見ろ、貴様の人形共は役立たずだ。こうして、この私に塵の如く蹴散らされるばかりではないか。
ピンッ、と予備のホルダーから取り出した12.7mmNATO弾を指で弾きつつ、親指でサンダー.50BMGの後部ハッチを解放。薬莢を排出し、空中から回転しつつ落下してくる弾薬をキャッチして再装填。
それをそのまま戦闘人形に向け、引き金を引いた。さすがに今のは距離が開いていたのもあって回避されてしまい、弾丸はバイザーではなく側頭部の防弾フレームを微かに削った程度で終わってしまった。
サンダー.50BMGをホルスターに戻し、右手に背負っていたAK-15を持つ。かつてのリキヤが愛用していた、グレネードランチャー付きのロングバレル・カスタム。室内戦での取り回しを度外視してまでバレルを延長したのは、素早く動き回る転生者に対し確実に攻撃を命中させられるよう、少しでも弾速を底上げしようという彼なりの工夫であったのだろう。
離れた位置に居る戦闘人形がAK-12で射撃してくる。他の個体もそれに連動し、5.45mm弾で弾幕を張り始めた。接近戦では勝ち目がない、だから遠距離からの攻撃で削り取る―――それが出来なくとも集中力を削ぐことができれば、接近戦での奇襲に持ち込める。いわゆるプランB、正攻法での攻略が出来なくなったが故の妥協か、何とつまらん。
勇者を世に解き放ち、数多の同志たちを、私の家族を死なせて得た力がこれだ。妥協しかできない、主に命じられた事しかできない木偶人形の群れ。力也までも犠牲にした計画の成果があまりにも情けなさすぎて、その事が猶更私の怒りを搔き立てる。
右目から紅い残像を残しつつ、戦闘人形の群れへと突っ込んだ。AK-15を横倒しにし、フルオート射撃で横へと大きく薙ぎ払う。いわゆる”馬賊撃ち”と呼ばれる射撃方法だ。一時期、力也が敵兵の掃射に有効だといって使っていたテクニックである。
それは戦闘人形相手にも有効だったようで、それなりに狙いが滅茶苦茶な射撃であっても、何体かの戦闘人形が被弾した部位から紅い人工血液を吹き上げ、スパークを散らしながらよろめいた。
ほんの僅か、それこそ水面に開いた穴が塞がるかのような一瞬の間ではあったものの、それによって敵の弾幕が綻ぶ。その隙に跳躍して勢いをつけ、戦闘人形の群れの中へと飛び込んだ。
逆手持ちに持ち替えた刀の一閃で、まず1体の首を撥ね飛ばす。返り血を浴びつつ、オイルやら人工血液でぬるぬるする柄を持ち替え普段の持ち方に戻し、腰を沈めたまま左へと薙ぎ払う。首は捉えられんだろう、という確信があったから、ガッ、と詰まるような手応えは予想できた。
簡単にやられてはなるものかと、大剣を装備した戦闘人形が剣でそれを受け止めていたのだ。
この私と鍔迫り合うと言うか。なんと身の程を知らない機械だろうか。
そのまま力を込めて押し切り、体勢を崩したところで右手のAK-15を突き出した。かつての対戦車ライフルのような円盤型マズルブレーキを取り付けられたそれがバイザーに食い込み、紅い光の漏れる頭部をマズルフラッシュで塗り潰す。
ガガンッ、ガガガンッ、とバイザーの内側で7.62×39mm弾が跳ね、センサー部をズタズタに粉砕してしまう。
マガジンがちょうど空になったところで、私は戦闘人形たちが全滅している事に気付いた。
何と呆気の無い。
―――いや、まだだ。
「……」
蒼い結晶の花を咲かせる大地の只中、まるで死者を弔うべく棺に納められた花の中で眠るかのように倒れ伏していたフィオナの身体が、ピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
首のない幼女の身体が、ゆっくりと起き上がる。断面からは紅い血などではなく、真っ白な光を代わりに漏らしていた。明らかにそれは生きた人間のものではない。霊体であるが故の特徴……いや、果たしてあれは霊体なのか?
フィオナとは本当に幽霊なのか?
『交渉決裂、ですね』
首のないフィオナが言った。
小さな手を伸ばし、地面に転がる自らの首を拾い上げるフィオナ。動いているのは、先ほど撥ね飛ばされたフィオナの首、そこにある小さな口だった。
『残念ですよ。貴女がここまで物分かりの悪い方だったなんて』
「貴様こそ、私という人間を分かっていない」
『?』
「確かに貴様の計画も一理ある。敢えて世界を分断させ憎悪を敵対勢力に向けつつ、核兵器で戦争を抑止する強制的世界平和……ああ、私も戻ったらそれを実践しようと思う」
『ならば、なぜ』
「―――我らはお前を殺す、それだけだ」
計画に賛同するだの反対するだの、それ以前の話だ。
私たちテンプル騎士団は、フィオナという存在を完全に抹殺するために行動していた。それほどまでに、我らが抱いたフィオナへの憎悪は根深い。
だからそもそも、理想を語られたところでお門違いなのだ。フィオナの理想が世界のためだろうと何だろうと、関係ない。賛同するしないではなく、彼女をただ殺す。そのために我らはやってきた。そのために我らは力を蓄えた。
言ったはずだ。『説き伏せるなど無駄だ』と。
『……そう、ですか』
微かに、フィオナの声が震えた。
恐怖ではない。そこに含まれていたのは、怒りだった。
計画をここまで台無しにされた怒り……いや、違う。もっと根本的な部分に由来する、より原始的な怒りだ。
唐突に、彼女の身体を純白の炎が包み込んだ。全てを塗り潰す白い閃光。それはフィオナの小さな身体をあっという間に覆い尽くすと、足元の蒼い結晶の花たちにまで燃え移り、世界核の大地を白く染め上げていく。
やがて、その火柱を白い槍の穂先が突き破る。
「……それが本当の姿か」
長い柄にロングソードの刀身を取り付けたような、優美な形状の槍。炎の中から姿を現したのは、それを2本も手にした白髪の大人の女性だった。フィオナの面影は残っているものの、顔つきはより大人びたものになり、瞳に浮かぶのは私たちを嘲るような侮蔑ではなく、敵を見据える冷静さそのものだった。
身に纏うのは白いドレスのようで、しかし肩や胸元などの一部には、騎士の鎧を思わせる防具が取り付けられている。
自らが死者であることを―――いや、この世界の人間ではない事を意味するのか、長い白髪で覆われた頭の上には黄金に輝く天使の輪があった。
『―――我が名は戦と勝利の女神”モリガン”』
戦と勝利の女神、モリガン。
これがフィオナの正体だというのか。
幽霊の少女など、所詮はかりそめの姿。その正体は伝説の女神様、というわけだ。彼女の伝承は耳にした事がある。太古の昔、あらゆる戦士たちにその力を貸し、その全てを勝利に導いてきた女神である、と。
そんな伝説の女神が、なぜ。
疑問も確かに浮かんだが、どうでも良かった。
殺すべき対象であることに変わりはない。
神だから、私たちの同志を弄んでいいわけがない。私の夫を利用していいわけがない。
神だからというのは免罪符にならんのだ、残念ながら。
笑いたくなった。
圧倒的な力の差を感じ取ったから、ではない。むしろ栄誉だ、楽しみが増えた。この女をズタズタに引き裂いて絶望させ、許しを請わせてから全てを奪う復讐。そして、必ず勝利を収めてきた伝説の女神に挑み、初の敗北を教えてやるという楽しみ。
『血に染まりし戦の鬼よ、その内に抱く野望は見果てぬ夢と知れ』
見果てぬ夢、か。
何を馬鹿な事を、と思う。
夢も何も―――殺すべき相手が目の前に居るのだ。
少し踏み込み、手を伸ばすだけで届く距離に。
だから何だというのか。
「ならば私は、神を殺す」
惨殺あるのみ。
クソ野郎は、狩る。




