最強の女傑
《艦橋より各員へ通達! 11時方向にヴァルツ帝国軍の艦隊を発見!》
通路の天井にぶら下がっているスピーカーから聞こえてきた低い声を聞きながら、手入れをしていたモシンナガンをベッドの上に放り投げる。ちらりと部屋の中の時計を見て時刻を確認し、主力艦隊との合流予定時刻までまだ少し時間があると思いつつ、椅子に掛けていた制服の上着を掴み取った。
合流予定時刻まではあと20分ほどである。敵艦隊はこちらがジャック・ド・モレーと合流する前に、是が非でもキャメロットを撃沈するつもりらしい。
キャメロットは現在のテンプル騎士団の本拠地である。総旗艦であるジャック・ド・モレーが健在であれば海軍はそれほど戦力が低下することはないだろうが、キャメロットが撃沈されれば陸軍と最も規模が小さい空軍が、これ以上軍事行動をとれないほどの大損害を被るのは想像に難くない。しかもキャメロットはテンプル騎士団の諜報部隊が世界中で収集した機密情報も保管している。エージェントたちが集めた機密情報は、是が非でも守らなければならないのだ。
とはいっても、キャメロットの武装は対空用の高角砲、機関砲、機銃であり、対艦攻撃用の主砲は搭載していない。艦首には533mm魚雷発射管が4門搭載されているものの、お構いなしに大口径の砲弾をぶっ放してくる敵艦隊とたった4門の魚雷発射管だけで戦うのは困難である。
元々は戦闘用の艦であるため、敵艦からの砲撃を装甲で強引に弾き飛ばしながら肉薄し、近距離から魚雷を発射して敵艦を撃沈する事は不可能ではない。しかし、キャメロットは戦闘ではなく味方を指揮することに特化した艦である。乗組員は対艦戦闘を経験したことがない団員たちばかりだろうし、ここで損害を被れば東部戦線での戦闘にも大きな支障が出る事だろう。
損害を出さずに、是が非でもオルトバルカへと辿り着かなければならないのだ。
《総員、戦闘準備!》
コルトM1911の入ったホルスターだけを腰に下げ、通路へと躍り出る。敵兵との戦闘であればモシンナガンは必需品だが、艦の中にいる以上は基本的に敵機か敵艦との戦いだ。ただでさえ狭い戦艦の通路の中で長大なライフルを持ち歩いていたら、仲間に迷惑が掛かってしまう。
ハッチを開けた瞬間、キャメロットの周囲を航行している駆逐艦の向こうで、巨大な水柱が突き出た。
「敵艦隊、11時方向! 戦艦3隻!」
艦橋の近くで双眼鏡を覗き込んでいたハーフエルフの見張り員が絶叫した。
双眼鏡がなければ見えないほどの距離なので、当たり前だが肉眼では敵艦がはっきりと見えない。海原の向こうに船らしき物体が浮かんでいるのは辛うじて見えるし、その船体から突き出ている物体から黒煙がうっすらと噴き出ているのも見える。だが、それが砲撃を終えたばかりの主砲の砲身なのか、それとも船体から突き出た煙突なのかは分からない。
敵が戦艦である以上は、対空用の武装ばかり搭載しているキャメロットに出番はない。甲板の上にいれば敵艦の砲撃でミンチにされる可能性もあるのだから、艦内に戻った方がいいのではないだろうか。
そう思いながら踵を返そうとしたが、仕事を用意してやったぞと言わんばかりに、見張り員が甲板にいる乗組員たちに向かって叫んだ。
「敵艦より航空隊が発進! 飛竜だ!!」
「くそったれ、対空戦闘用意! 持ち場に付け!!」
飛竜………?
悪態をつく海軍の仲間と共に、近くにある対空機銃へと向かう。大口径の砲弾を連射できる機関砲ではなく、陸軍でも採用されているPM1910という重機関銃を6丁も束ねた対空用の重機関銃だ。中央部に射手が座るための座席があり、そのすぐ前に、まるでスナイパーライフルのスコープの中にあるレティクルを思わせる対空照準器と、機銃を旋回されるためのハンドルが設置されている。
1人でも使う事ができる兵器だが、さすがに1人で6丁分の重機関銃の再装填をするのは困難なので、1人の射手と2人の装填手がチームを組むことになっているという。もちろん俺も彼らの手伝いをするので、射手か装填手をすることになるだろう。
大口径の機関砲とは異なり、機関砲の砲弾よりも口径の小さなライフル弾を使用するため、射程距離や破壊力は機関砲よりも低い。とはいっても、この世界に生息している飛竜の外殻を貫通できるほどの威力はあるらしいので、火力不足というわけではないらしいが。
エルフの射手が座席に座る。ハンドルをぐるぐると回しながら機銃を旋回させたその射手の傍らに駆け寄り、機関銃に異常がないことを確認してから「射撃準備よし!」と叫んだ。
反対側の機関銃をチェックしていたホムンクルスの乗組員も、射手に異常がない事を告げる。
息を呑みながら、敵艦隊から接近してくる飛竜を睨みつけた。大きさはソッピース・キャメルと同じくらいだろうか。身体中は灰色の外殻と鱗で覆われているようだが、頭や胸板には騎士の防具を彷彿とさせる鎧で覆われており、表面にはこれ見よがしにヴァルツ帝国のエンブレムが描かれている。
乗っているのはヘルメットとゴーグルを身に着けた操縦士と、セミオートマチック式のライフルと思われるライフルを抱えたライフルマンの2人である。
双眼鏡で飛竜を睨みつけていた指揮官が、腰に下げていた剣を引き抜いた。漆黒のロングソードを振り上げたのをちらりと見た射手は、「耳を塞いでろ」と俺たちに言ってから、額に上げていたゴーグルを装着する。
「――――――撃てぇ!!」
指揮官がロングソードを振り下ろした直後、キャメロットの艦橋の脇にずらりと搭載されている高角砲の群れが立て続けに火を噴いた。轟音が甲板の上で轟き、砲弾に置き去りにされてしまった黒煙たちが潮風に希釈されていく。
敵艦から飛び立った8体の飛竜のうちの1体が、唐突に空中で炸裂した砲弾の爆発に巻き込まれ、左側の翼を捥ぎ取られる。背中に乗っていた操縦士とライフルマンも爆風でミンチになったらしく、飛竜もろともラトーニウス海へと落下していった。
しかし、他の飛竜たちにはなかなか砲弾が命中しない。高角砲の砲身が火を噴き、爆炎が次々に海原の上で荒れ狂うが、敵艦から出撃した7体の飛竜たちはそのままキャメロットへと突っ込んでくる。
「機関砲、機関銃、撃ち方始め!!」
指揮官がそう命じた直後、キャメロットに搭載されていた機関砲や機銃も火を噴いた。
キャメロットには主砲を搭載していないとはいえ、接近してきた敵機を迎撃するために機銃や高角砲は多めに搭載されている。そのため、敵艦に反撃するのはほぼ不可能だが、強烈な弾幕を展開する事ができるのだ。
エルフの射手も発射スイッチを押し、接近してくる飛竜たちに向かって7.62mm弾をばら撒き始める。この対空機銃はPM1910を6丁も束ねた代物であるため、当たり前だが陸軍の兵士がぶっ放す重機関銃の弾幕の比ではない。
6倍の弾幕が、飛竜の群れに猛威を振るった。さすがに距離が遠すぎる事と、敵が飛竜に防具を着用させていた事によって飛竜を撃墜することはできなかったが、被弾した飛竜が反射的に回避したところを機関砲が操縦士もろとも撃ち抜き、海の藻屑にする。
飛竜は生物である。それゆえに、操縦士の命令通りにしか動かない機械とは違って、あのように反射的に操縦士の命令を無視して動いてしまう事もある。生物の弱みというわけだ。
だから機械の方が合理的なんだよ。
ちらりと自分の義手を見てから、足元を見下ろした。先ほどまでは海水で微かに濡れたキャメロットの甲板があらわになっていた筈なんだが、6つも束ねた重機関銃がお構いなしに弾丸をばら撒き続けているせいで、既に甲板の上は薬莢だらけだった。
接近は難しいと判断したのか、飛竜たちが母艦へと引き換えしていく。高度を上げようとした1体が高角砲の爆発に巻き込まれて木っ端微塵になったが、他の飛竜たちはそのまま戦艦の艦列へと逃げ帰っていった。
「ざまあみろ!」
ゴーグルを再び額に上げながら立ち上がったエルフの射手が、逃げ帰っていく飛竜たちに向かって叫んだ。反対側で装填手を担当していたホムンクルスの兵士も、敵艦を睨みつけながら「無様な連中ね」と罵倒している。
次の瞬間、敵艦隊の先頭の戦艦の甲板が一瞬だけ緋色に光ったかと思うと、甲板が真っ黒な煙に包まれる。飛竜を撃退して大喜びする兵士たちもその光を目にした途端に喜ぶのを止め、再び敵艦を睨みつける。
ドン、という轟音がラトーニウス海に響き渡った。もし敵艦の甲板にいる乗組員がはっきりと見えるほどの距離であれば、その爆音は先ほどの緋色の光と一緒に轟いていた事だろう。
そう、主砲で砲撃した際に産声をあげ、砲弾に置き去りにされた轟音である。
その直後、輪形陣の内側に水柱が生れ落ちた。すぐ近くを航行していた駆逐艦『バクー』の船体が揺れ、甲板が海水でずぶ濡れになっていく。
「輪形陣の内側に着弾!」
伝声管に向かって指揮官が叫んだ直後、立て続けに敵艦の砲弾が輪形陣の内側へと着弾した。ドン、と唐突に水柱が姿を現し、海原を支配していた並みの群れを容赦なく狂わせていく。もし仮にキャメロットにあの砲弾が直撃したとしても、戦艦の船体を流用したキャメロットはそれほど大損害を被ることはないだろう。もちろん甲板の乗組員は吹っ飛ぶだろうし、集中砲火を受ければズタズタにされるのは言うまでもないが、分厚い装甲は維持しているのだから簡単には沈まない。
だが、周囲を航行しているレニングラード級駆逐艦と、後方を航行しているナタリア・ブラスベルグが被弾すれば大損害を被ることになる。装甲が薄い上に、主砲をいくつか撤去して魚雷発射管を増設した駆逐艦が被弾すれば木っ端微塵になってしまうし、ナタリア・ブラスベルグの飛行甲板を直撃すれば、飛行甲板に大穴を開けられた挙句、格納庫の爆弾に誘爆する恐れがある。
しかも、ナタリア・ブラスベルグが轟沈すれば、テンプル騎士団は”唯一の正規空母”を失う羽目になるのだ。
キャメロットがゆっくりと進路を変更する。11時方向から攻撃している敵艦隊から逃げるために、2時か3時方向へと進路を変えたらしい。そのまま最大戦速で敵艦隊と距離をとり、離脱するつもりなのだろう。
ジャック・ド・モレーとの合流は遅れることになるが、損害を受けなければオルトバルカに到着するまで戦力を温存できる。アンジェリカ艦長は味方との迅速な合流よりも、戦力の温存を重視したらしい。
主砲を搭載していないおかげでベースになったジャック・ド・モレー級戦艦よりも軽いからなのか、キャメロットの機動性は予想以上に高かった。さすがに他のレニングラード級ほどではないものの、巡洋艦と同等の機動力で進路を変更したキャメロットは、後方に着弾する敵の砲弾や水柱を置き去りにしていく。
キャメロットの後方を航行するナタリア・ブラスベルグも、ゆっくりと進路を変更し始める。ナタリア・ブラスベルグはキャメロットよりも武装や航空機をたっぷりと搭載しているせいなのか、機動力はキャメロットよりも低いようだった。
進路を変更しつつあったナタリア・ブラスベルグの艦尾の近くに、敵の砲弾が着弾する。飛行甲板の上で待機していたソッピース・キャメルたちが揺れ、甲板の上に板乗組員たちがよろめいた。もしかしたら艦尾に砲弾が命中したのではないかと思ったが、砲弾はナタリア・ブラスベルグに置き去りにされたらしく、後方の海面に風穴を開けたようだ。
「これで逃げ切れそうだ」
射撃を担当していたエルフの乗組員が、汗を拭い去りながら言った。
俺も同意すれば、彼は安堵できたに違いない。だが、逃げきれたと決めつけることはまだ許されない。
首を横に振ると、案の定、彼は顔をしかめた。
「敵艦の速度が分からん。もしこっちよりも速度の速い艦だったら追いつかれる」
もし敵戦艦の速度がキャメロットを上回っていれば―――――――後方を航行しているナタリア・ブラスベルグが真っ先に餌食になるのは想像に難くない。速度よりも装甲の厚さや火力を重視した艦であれば戦艦同士の砲撃戦に投入されるが、このような任務に投入される戦艦ということは、速度を重視した戦艦である可能性が高い。
どうやら予想通りに敵は速度の速い艦を派遣していたらしかった。速度はキャメロットの方が上回っているものの、こっちは最大戦速で航行しているというのに、なかなか振り切れる気配がない。
しかし――――――敵艦のすぐ近くで産声をあげた巨大な水柱が、この物騒な鬼ごっこの終了を宣告した。
近くに着弾しただけで敵艦を転覆させかねないほど巨大な砲弾が、追撃してくる戦艦の近くに着弾して巨大な水柱を生み出したのである。
「!?」
――――――いつの間にか、逃走するキャメロットの前方に巨大な艦が居座っていた。
ブルー、ブラック、グレーの3色で洋上迷彩に塗装されているが、船体の形状はキャメロットと全く同じである。分厚い装甲に覆われた船体の上には、駆逐艦や巡洋艦とは比べ物にならないほど巨大な4連装砲の砲塔が2基も並んでおり、その後方には副砲や対空機銃に囲まれた巨大な艦橋と煙突が鎮座している。艦橋と煙突の周囲にも副砲、機関砲、対空機銃がずらりと並んでおり、極めて濃密な弾幕を展開する事ができるという事を告げている。
その煙突の後方には更に2基の4連装砲が搭載されており、艦尾には艦載機を出撃させるためのカタパルトらしきものが左右に2つ並んでいるのが分かる。
主砲のサイズはおそらく40cm砲だろう。超弩級戦艦以外の艦艇にはオーバーキルとしか言いようがない大口径の主砲を、あの艦は4連装にした上に、4基も搭載しているのである。
更に、その艦の後方にはほぼ同じ形状の戦艦が2隻も並んでおり、キャメロットを追撃するヴァルツ艦隊へと4連装砲の砲塔を旋回させ始めているところだった。
「あれは………………!」
先頭の艦の艦首に書かれているオルトバルカ語の文字を目にした俺は、目を見開きながらその巨大な戦艦を凝視する。
その艦の艦首には――――――オルトバルカ語で『ジャック・ド・モレー』と書かれていたのだ。




