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セシリアの憎悪


 柱に縛り付けられ、観衆に罵倒されながら炎に焼かれていくのは、人々を苦しめた存在する価値のない罪人でなければならない。


 では、なぜ何の罪もない男が焼かれているのだろうか。


 なぜ、王室や王国のために戦い続けてきた英雄が罵倒されなければならないのだろうか。


 なぜ、王室は父上に有罪判決を下したのか。


 火炙りにされ、黒焦げになった父上の焼死体を屋敷の屋根の上から見下ろしながら、刀の柄に手を近づける。柄を肉刺だらけの手でぎゅっと握り、刀身をゆっくりと引き抜きながら南部大型自動拳銃もホルスターの中から引っ張り出す。


 ――――――遅かった。


 既に、父上は火炙りにされてしまった。


 父上は怒り狂ったのだろうか。それとも、絶望したのだろうか。


 冤罪であるにもかかわらず有罪判決を下され、火炙りにされて処刑されてしまったのだ。きっと激昂し、絶望しながら火炙りにされたに違いない。


 柱に縛り付けられ、火達磨になった父上の焼死体に、見物に来ていた住民たちが罵声を発しながら石を投げている。火柱の中に石を投げつけているのはハヤカワ家を疎んでいた貴族ばかりだったが、中にはハヤカワ家が後ろ盾になった事で貴族となった者たちや、モリガン・カンパニーに就職したことでスラム街ではなく普通の住宅街に住む事ができるようになった者たちも見受けられる。


 なぜ恩人を罵倒しながら石を投げつけるのか。


 あんな冤罪に騙されているのか?


 愚か過ぎる。


 愚かさが、私の中の怒りを肥大化させていく。


『――――――国民の皆さん、この偉大なるオルトバルカ王国に反旗を翻そうとしていた罪人は処刑されました』


 観衆に向かって宣言するのは、美しい紅いドレスに身を包んだ金髪の女性だった。頭の上には大きな黄金の王冠をかぶっていて、腰には黄金の装飾が付いたサーベルを下げている。ドレスの右肩に刻まれているのは王室の紋章だ。


 このオルトバルカ連合王国を統治する『シャルロット・アウリヤーグ・ド・オルトバルカ8世』だ。産業革命が勃発していた時代に女王を務め、オルトバルカ王国を”世界の工場”と呼ばれるほどの大国に育て上げた『シャルロット・アウリヤーグ・ド・オルトバルカ1世』の子孫である。


 祖先が我らの祖先に救出されていなければ、彼女は女王を名乗ることを許されなかっただろう。きっと別の一族が王か女王を名乗り、王冠をかぶってあそこに立っていたに違いない。


 祖先の命を救った恩人の子孫に濡れ衣を着せて焼き殺した挙句、今まで王室と親密な関係だった一族の男を”王国に反旗を翻そうとした罪人”にしている女を見た途端、肥大化を始めていた怒りが、超高圧の殺意へと変貌を始めた。


 あの女を殺さなければならない。


 父上を罵倒する愚か者に知らしめてやらなければならない。


 メニュー画面を開き、訓練で何度も使った三八式歩兵銃を装備する。クリップで6.5mm弾を装填し、照準器を調整してから、銃口をシャルロット8世の眉間へと向ける。


 私たちは、人々を虐げるクソ野郎を狩る転生者ハンターの一族である。それゆえに、無関係の人々を殺める事は絶対に許されない。殺すのはクソ野郎のみであり、無関係の人々は巻き込まないようにするのが鉄則である。


 だが――――――あそこにいるのは全員クソ野郎だ。


 親密な関係だったハヤカワ家を裏切ったクソ野郎の女王と、彼女の嘘に騙される愚かなクソ野郎の群れ。あそこにいる連中を全員惨殺しても問題はないだろう。


 女王に照準を合わせながらトリガーを引こうとしたが――――――私の人差し指がトリガーを引くよりも先に、真っ白な手が三八式歩兵銃の長い銃身を掴み、銃口の向きを逸らさせてしまった。


「止めなさい、セシリア!」


「ね、姉さんっ………! なぜ止める!?」


 ラジオで父上が処刑されるという事を聞いて大慌てで駆けつけたのだろうか。ハンドガンとナイフを携行したサクヤ姉さんは、唇を噛み締めて首を横に振りながら、広場の中心で荒れ狂う火柱を睨みつける。


「………………憎たらしいのは分かるわ。でも、ここで女王に報復したら、今度はハヤカワ家がオルトバルカを敵に回すことになるのよ?」


「だったら全員根絶やしにしてやればいい! 先に裏切ったのは向こうなんだぞ、姉さんッ!!」


「落ち着きなさい、セシリア!」


「離せっ!! 仇を討たせろ!! あのクソ女に風穴を開けてやるっ!!」


 三八式歩兵銃を思い切り薙ぎ払い、銃身を掴んでいた姉さんの華奢な手を振り払う。確かに、ここで女王を消せば平民であるハヤカワ家は王室どころかオルトバルカ連合王国を敵に回す羽目になる。だが、先に裏切ったのは王室の方だ。もし女王を殺された報復をしてくるというのであれば、牙を剥く連中を一族もろとも片っ端から惨殺してやればいい。


 私たちに与えられた力は、クソ野郎を消すための力なのだから。


 しかし――――――引き金を引くよりも先に、今度はサクヤ姉さんがホルスターから引き抜いたコルトM1911の銃口が、私の眉間へと向けられた。


「………………お願いよ………やめて、セシリア」


 アイアンサイトを覗き込む姉さんは、涙目になっていた。


 彼女の涙を見た途端に、心の中で肥大化していた憎悪が急激に小さくなっていった。まるで炎の中に放り込まれた小さな氷があっという間に溶けてしまうかのように、憎悪が小さくなり、あっさりと消えてしまう。


 銃口をゆっくりと下ろし、メニュー画面を開く。装備している武器の項目をタッチし、三八式歩兵銃を装備している武器の中から解除した私は、拳を握り締めてから、思い切り足元の艶のある高級そうなレンガの屋根を殴りつけた。


「………くそぉっ!!」


「………………クレイデリアに亡命しましょう。手配をしておくから、家に戻って荷物をまとめなさい」


 父上が叛逆者だと決めつけられて処刑された以上、もうこの連合王国はハヤカワ家の味方ではない。むしろ、私たちを叛逆者の一族だと決めつけて弾圧してくる事だろう。下手をすれば、今度は母さんや姉さんが冤罪で処刑されてしまうかもしれない。


 クレイデリアへと亡命し、力を付けよう。


 力を付けながら父上に濡れ衣を着せた黒幕の情報を調べ、報復する準備を整えるのだ。


 親密な関係だった王室が急に裏切ったという事は、何者かが王室に嘘の情報を教え、王室の権力を使って父上を消した可能性が高い。一族を裏切った王室にも復讐はするべきだろうが、その黒幕にも報復し、惨殺する必要がある。


 踵を返す前に、私はちらりと女王の後ろにいる赤子を見下ろした。


 豪華な刺繍で彩られた派手なタオルに、小さな赤子が包まれている。女王が自分の座席へと戻ろうとすると、その赤子を抱いていたメイドが微笑みながら赤子を女王に差し出す。赤子を受け取った女王は、幸せそうに微笑みながらその赤子を抱き上げると、彼女に向かって小さな手を伸ばす赤子を撫で始めた。


 女王の子供なのだろう。


 ――――――アノ赤子ガ死ンダラ、女王ハ壊レルダロウカ?


「………………」


「セシリア?」


「………戻ろう、姉さん」


 あの赤子は無関係だ。


 だが――――――怨敵の全てを壊すのであれば、大切なものを目の前で壊してやるのが一番である。


 最愛の我が子を無残に殺されるのは、確実に彼女の心を砕くに違いない………。


 力を付けたら、必ず報復する。


 あの子供にとっては理不尽な殺意かもしれないが、その理不尽な殺意が生まれる原因を作ったのは貴様の母親なのだ。せいぜい豪華な宮殿の中で、我々が報復に戻ってくるまで裕福な暮らしを送るがいい。


 あのクソ野郎共は、必ず惨殺する。


 報復するためならば――――――魔王と呼ばれても構わない。












「こうして私たちは、クレイデリアへと亡命した」


 そう言いながら、セシリアは皿の上に残っているクッキーへと手を伸ばした。


 彼女も俺と同じように、自分から全てを奪った怨敵に報復するために戦っていた。いや、俺よりも彼女の方が大切なものを多く失っている。俺は妹を犯された挙句殺されたが、彼女は自分の父親を何者かの策略で失った上に、亡命した後に家族とクレイデリアを失うことになるのだから。


 俺の復讐心は随分とちっぽけだな。


 自嘲しながら、クッキーを口へと運ぶ。


「それで、父親を火炙りにした黒幕は分かったのか?」


「ああ。………当時、王室にはシャルロット8世の後を継ぐ継承者が2人もいた。片方がシャルロット8世の娘の『シャルロット9世』で、もう片方が分家の『アナスタシア』だ」


「分家の奴も候補に残ったのか?」


「その通りだ。しかも、シャルロット9世は身体が弱いらしくて、議会はシャルロットではなく、アナスタシアを後継者にしようとしていた」


 なぜセシリアの父親が処刑されたのか、理解できた。


 シャルロット8世からすれば、自分の愛娘を次期女王にさせたいに違いない。しかし、病弱である以上は分家のアナスタシアに王位を継承させることになるのは想像に難くない。世界の工場と呼ばれた大国の女王が病弱であれば、列強国に笑われてしまうからだ。


「――――――王室は、その黒幕と取引をした?」


「………………ああ」


 首を縦に振ってから、セシリアは息を吐いた。


「シャルロット9世に王位を継承させる代わりに、黒幕にとって忌々しい存在であった父上を殺させたのだ」


 下らない理由だ。


 娘に王位を継承させるためだけに、王室の後ろ盾を売ったのである。何と醜悪なのだろう。女王になったとしても部屋の中で過ごすしかない娘に王位を継がせるために、後ろ盾として王国の発展に貢献してきたハヤカワ家を裏切ったのだから。


 これが人間の欲望だというのか。


 我が子を女王にするための母親の愛だとでもいうのか。


 もし本当に父親が叛逆の準備をしていて処刑されたというのであれば、納得することはできるだろう。国民や王室に弾圧され、罵倒されながら、「父は何という事をしたのだ」と一足先に死んだ父親を呪っていたに違いない。


 しかし、処刑の理由が冤罪である上に、そんな事をした理由が娘に王位を継がせるための取引であれば、女王を許すことは絶対にできない。火炙りにされたセシリアの父親も、あの世で悔しがっている事だろう。


「………………じゃあ、その愛娘が死ねば女王は壊れるな」


「――――――――ああ」


 隣にいるセシリアが、楽しそうにニヤリと笑う。


 子供が遊びに行く時に浮かべているような笑顔ではない。楽しそうな笑顔に、彼女の中で肥大化し続けている憎悪がぶち込まれたかのような、禍々しい笑顔。


 普通の人間がその笑顔を目の当たりにすれば、凍り付くだろう。


 けれども――――――どういうわけか、俺はその笑顔が”美しい”と思ってしまった。


 これが彼女の殺意なのだ。


 家族を皆殺しにされた彼女の殺意が具現化した、禍々しい笑顔。


 彼女について行けば、きっと女王に報復する瞬間を見る事ができるだろう。


 楽しみだ。


 彼女ボスがどのように復讐するのか。


 一族の復讐劇の終着点が。


 だから俺は、彼女についていく。


 もしかしたら、彼女の復讐心に惚れてしまったのかもしれない。


 笑っている彼女を見つめていると、セシリアは溜息をつきながら、腰の後ろから生えている尻尾を伸ばす。漆黒の鱗に覆われたドラゴンのような尻尾を使って近くに置いてあるティーカップを拾い上げたセシリアは、片方の手でクッキーを口へと運びながら、尻尾で掴んでいるティーカップを口へと近づけていく。


 彼女は人間ではなく、魔物と人間の遺伝子を併せ持つ”キメラ”という種族らしい。人間にそっくりだが、よく見ると頭から角や触覚が生えているため、簡単に見分けられるという。


 キメラは魔物の能力も使う事ができるため、人類の中でも戦闘に特化した種族だと言われている。人間とは比べ物にならないほどの身体能力と魔物の能力を使える代わりに、繁殖力は人間よりも低く、平均的な寿命も60歳前後だ。


 ホムンクルスを除けば、この世界の種族の中で最も個体数が少ないのは、現在ではキメラだという。


 彼女の尻尾をまじまじと見つめていると、セシリアは眼帯で覆われている左目に触れた。漆黒の眼帯の縁からは、少しばかり剣で斬られた古傷の端が覗いている。


「その片目も失ったのか」


「ああ………義眼の移植を博士に勧められたが、断ったよ」


 苦笑いしたセシリアは、ゆっくりと眼帯を外した。


 彼女の真っ白な肌に、眉間から左側の頬へと古傷が伸びている。身に着けている眼帯でも隠し切れないほど大きな古傷の中心にある左目は、やっぱり閉じたままになっている。


 その古傷を指で撫でてから、彼女は話を続けた。


「この目を失ったのは、クレイデリアに亡命してからだ。………………弱い人々を守るための揺り籠(クレイドル)は、私にとっては大きな地獄だった」

 


セシリアの復讐心に惚れる危ない力也さん(粛清)

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