白き使者
倭国軍とジャングオ軍の戦闘は、大京の南部で繰り広げられたようだった。大京の南部にある建物の殆どは空爆や砲撃で破壊されていて、大地は瓦礫や装甲車の残骸で埋め尽くされている。けれども北部の方では戦闘は行われなかったらしく、北部の方は建物がずらりと並んでいた。
生き残った建物たちの周囲には、ずらりとテントが並んでいるのが分かる。テントの中にいるのは、ボロボロの服に身を包んだ人々だ。戦闘が繰り広げられた南部から避難してきた人々なのだろう。戦闘に巻き込まれたのか、包帯を巻いている住民も見受けられる。エリクサーがちゃんと行き渡っていれば包帯を巻く必要はないのだが、ジャングオ軍が敗北して撤退し、倭国軍に街が完全に占領されてしまっている以上、治療用のエリクサーが行き渡っているわけがない。
エリクサーだけではなく、食料も行き渡っていないようだった。
中にはがっちりした体格の人も見受けられるが、殆どの住民は痩せ細っている。住民の中には空爆で破壊された建物の跡地を埋め尽くす瓦礫を退け、あらわになった大地を鍬で耕そうとしている者もいた。きっとあそこを畑にして、家族のために野菜を作ろうとしているのだろう。
大京の大通りを我が物顔で通過していくのは、倭国軍のエンブレムが描かれた装甲車やトラックだった。これから北部にある戦場へと向かう途中らしく、荷台にはカーキ色の軍服に身を包み、長い銃剣の付いたライフルを抱えた若い兵士たちが何人も乗っているのが見える。
彼らと目が合わないように注意しながら、俺とエレナは街を歩き続けた。道路にはまだ雪が残っているし、水路の一部は凍っている。純白に変色していく息を見つめながら、義手で頭を掻いた。
エレナは戦闘用のホムンクルスとして生み出された試作型ホムンクルスであり、感情がオミットされている。だから、こうやって無表情で歩いていれば、故郷を空爆や砲撃で破壊されて絶望するジャングオ人の少女にしか見えないに違いない。俺もよく仲間に「目つきが虚ろだ」と言われるので、怪しまれることはないだろう。
大通りを右へと曲がり、路地裏に入りながらちらりと建物の上を見上げる。日が沈み始めたせいで空は赤黒く変色を始めていて、街灯が役目を果たす時間帯になりつつある。
建物の屋根の上に黒い制服に身を包んだ兵士たちがいるのを確認してから、再びジャングオ人のふりをして歩き続けた。
テンプル騎士団の制服は黒いので、こういった薄暗い場所や夜間での隠密行動の際には保護色として機能してくれる。逆に雪原などでは目立ってしまうので、寒冷地で戦う兵士たちには白い制服が支給されるのだ。
路地裏にある木箱の上に腰を下ろしながら、ポケットの中にある金属製の物体を取り出す。傍から見れば懐中時計のように見えるかもしれないが、これの役目は時間を教えることではない。表面には数字と魔力の単位が書かれていて、中心部から伸びた小さな針がぶるぶると震えながら左右に揺れている。
ステラ博士が渡してくれた、魔力検出装置だった。
この世界で生まれた人々は、最初から身体の中に魔力があるため、訓練さえすればそれを探知することもできるという。しかし、俺は別の世界からやってきた転生者なので、訓練をしたとしても魔力を探知する事は不可能なのである。
そこで、博士がこれをネイリンゲン艦内にある廃材で作ってくれた。
この検出装置を使えば、ラジオ放送が行われていた場所を特定する事ができるという。
この世界のラジオは魔力を使っているらしいので、この装置を使えば発信源を特定する事ができるらしい。とはいっても、使っている魔力は魔術をぶっ放すための高圧魔力と比べると非常に低圧なので、こういう装置を使わない限りは探知できないらしいが。
針の動きをチェックしてから、「こっちじゃないのか」と呟いた。
あくまでもラジオに使われている魔力を検出できるように調整が施されているので、人間の体内にある魔力には反応しない。ラジオに使用されている低圧魔力を検知すれば、このぶるぶる震えている針が右側へと動いていく筈なんだが、まだ反応はない。
義手で頭を掻きながら、再びエレナと一緒に歩き始めた。
シュタージのエージェントさえ潜入していれば、合流してすぐに場所を教えてもらう事ができたんだが、倭国軍の攻撃が始まる前にエージェントを撤退させていたため、ラジオ放送が行われた場所は自力で探さなければならない。
大通りの方からは音楽が聞こえてくる。倭国の軍歌なのだろうか。
「もしかしたら南部の方なんじゃないか?」
魔力検出装置をちらりと見てから言うと、エレナは首を横に振った。
「記録によると、旧殲虎公司の大京支部は市街地の北部にあったそうです」
「だが、勇者に潰された以上はいつまでも北部に潜伏しているとは考えられないだろう? 俺なら別の場所に移動する」
そう言いながら路地裏を歩き、再び大通りに出る。倭国軍の連中はこれから攻勢でも始めるつもりなのか、車体の上に重機関銃を搭載した軽戦車の車列が通過していった。履帯の音とエンジン音を響かせながら進んでいく軽戦車たちの後ろを進んでいくのは、歩兵を乗せたトラックたちだった。
軽戦車を先頭にした車列が、大きな建物の近くでぴたりと止まる。どうやら倭国軍の検問所らしく、カーキ色の軍服と白い腕章を身に着けた警備兵らしき兵士たちが、軽戦車の車長が提示した身分証明書らしきものをチェックしている。
その時、左手に持っていた魔力検出装置がぶるぶると振動した。
ぎょっとしながら数値をチェックしてみると、中心部から伸びる針が震えながら右側へと移動を始めている。魔力検出装置を検問所の方に向けてみると、検出装置の針は更に右側へと移動していった。
舌打ちしながら、エレナを連れて再び路地裏へと戻る。端末を取り出して無線機を準備し、スイッチを入れる。
「ネイリンゲン、聞こえるか」
『こちらネイリンゲン』
「魔力検出装置に感あり。だが、倭国軍の検問所の向こうだ」
『場所は?』
「市街地中心部の221号線を北部に14kmほど進んだところだ。警備兵の数は多くないが、倭国軍のトラックや軽戦車がいる。攻勢の準備でもしてるのか」
『情報によると北部で攻勢を行う予定らしい。おそらくそれに参加する部隊だろう』
「了解した、これより潜入する。おそらく残党の拠点は近い。以上」
端末を操作して無線機を装備の中から解除する。唐突に無線機が消えたのを確認してから、まだ検問所の前で止まっている車列の最後尾のトラックを見つめた。荷台の上には兵士たちが乗っているが、他の兵士たちと雑談でもしているらしく、周囲を警戒している様子はない。まあ、自分たちが占領した街の中に別の武装組織の特殊部隊が潜入しているとは思わないだろう。
周囲は薄暗いし、こっちを警戒している警備兵もいない。
「エレナ」
「はい」
彼女に合図してから、姿勢を低くして素早く走った。車列の最後尾で停まっているトラックの下へと素早く潜り込み、下部にある部品に手足を引っかけてぶら下がる。やがてトラックの車体が揺れてエンジンの音が轟き、巨大なタイヤが回転を始めた。
確かに警備は厳重だが、トラックの下もちゃんと確認するべきじゃないか?
重機関銃を搭載した軽戦車の車列に率いられたトラックたちが、検問所を次々に通過していく。数名の兵士が警備していた検問所から離れたのを確認してから、トラックの後輪の位置を確認し、エレナに目配せしてから手足を離す。
石畳が背中を打ち据え、鈍痛を生み出す。呻き声をあげながら背中を押さえたいところだが、道路のど真ん中でそんな事をしていれば倭国兵に発見されてしまうので、素早く移動しなければならない。
エレナの小さな手を掴んで道路の隅に向かって突っ走りながら、市街地の北部へと向かって走っていくトラックの荷台を凝視する。倭国兵たちはどうやら俺たちには気づいていなかったらしく、仲間たちと雑談を続けているようだった。
建物の陰に隠れながら、周囲に警備兵がいないか確認する。どうやらこの近くに倭国軍が前哨基地を用意したらしく、市街地の中と比べると警備兵の数は少しばかり多くなっているようだった。建物上にはスコープ付きのライフルを構えた狙撃兵がいるし、見張り台の上にはサーチライトで周囲を照らしている警備兵もいる。
こんなところに残党が潜伏しているのかと思いながら、ちらりと検出装置を確認する。針はぶるぶると震えながらさっきよりも右へと移動していて、残党のラジオ放送の発信源がこの近くにある事を告げていた。
いつもならばサプレッサー付きの銃で皆殺しにしながら進むんだが、残念ながら今回は倭国兵を殺してはならないことになっている。テンプル騎士団が宣戦布告をしているのはあくまでも帝国軍であり、倭国には宣戦布告をしていないからだ。
テンプル騎士団は殆どの国際条約に批准していないので、捕虜を受け入れずに皆殺しにしたり、人体実験に使ってもお咎めなしで済む。だが、だからといって全部無視していいわけでもない。宣戦布告した敵にしか攻撃しないのは、テンプル騎士団が順守している数少ないルールなのである。
まあ、そいつらと一戦交える可能性があるからこそ、記録に残らない部隊が派遣されたわけなんだが。
見張り台と狙撃手の位置を確認しつつ、素早く路地裏へと移動する。魔力検出装置の反応はどんどん強くなっているらしく、装置の振動がどんどん強くなっていった。残党の連中はよりにもよって敵基地のすぐ近くに潜伏しているというのか?
倭国軍とか帝国軍の罠なんじゃないのかと疑いながら路地を進んでいたその時だった。
「動くな!」
後ろから、若い男性の声が聞こえてきた。
溜息をつきながらゆっくりと後ろを振り向くと、カーキ色の軍服に身を包んだ若い倭国軍の兵士が立っていた。銃剣の付いたボルトアクションライフル―――――――セシリアが愛用する三八式歩兵銃に似ている――――――をこっちに向けながらアイアンサイトを覗き込んでいる。
「言葉が分からんのか!? ………停止令(動くな)!」
どうやらジャングオ語を勉強したことがある兵士らしい。端末の翻訳機能が作動し、随分と訛ったジャングオ語が日本語に翻訳される。
「貴者、何故今地倭国軍占領下。何方侵入了(貴様、ここは倭国軍が占領しているんだぞ。どうやって入り込んだ)!?」
拙いな………。
倭国兵を睨みつけながら、義手で頭を掻く。普段なら二度と大声を出せないようにしてやるところなんだが、殺しちゃダメなんだよな………。こいつが原子炉を狙ってたって事にして殺してしまおうか。
そう思いながら袖の中に隠していた投げナイフを取り出そうとしたその時だった。
唐突に、暗闇の中から真っ白な手が姿を現した。その真っ白な手はこっちに銃を向けていた倭国兵の喉元に絡みついたと思いきや、若い倭国兵が絶叫するよりも先にそのまま彼の首の骨をへし折ってしまう。
「………お待ちしていました」
動かなくなった倭国兵の後ろから姿を現したのは、灰色のチャイナドレスに身を包んだ白髪の女性だった。よく見ると白髪の中からはダガーの刀身のような形状をした角が伸びているし、顔つきがテンプル騎士団製のホムンクルスにそっくりであるため、その女性もホムンクルス兵であることが分かる。
だが――――――その女性は、今のテンプル騎士団が製造しているタイプのホムンクルスではない。
―――――――”戦時型”だ。
ホムンクルス兵には、天城輪廻という少女がタクヤ・ハヤカワの遺伝子をベースにして製造した”戦時型”と、災禍の紅月終結後にテンプル騎士団が製造した”戦後型”の2種類がある。
戦後型は殆ど調整を施されていないため、普通の人間と同じように感情や自我があるし、生殖能力もあるので普通の人間のように子供を産むこともできる。実際に、普通の人間とホムンクルスの女性の間に生まれたハーフも何人かテンプル騎士団に所属しているのだ。
それに対し、戦時型は強大なテンプル騎士団と戦うために感情や自我がオミットされており、基本的に無表情だったという。災禍の紅月の際は無数のホムンクルス兵がテンプル騎士団と交戦し、当時のテンプル騎士団に大打撃を与えている。
薄暗い路地裏に姿を現したのはその戦時型だった。もちろん、戦時型は今ではもう生産されていない。自我や生殖能力をオミットするのは非人道的だからだ。
真っ白な前髪から覗く桜色の瞳を見つめていると、そのホムンクルス兵は死亡した倭国兵の死体を近くのゴミ箱の中へと放り込んだ。地面に落ちているライフルを拾い上げて背負った彼女は、足元にあるマンホールを開け、あらわになった真っ暗な穴を見下ろしてから首を縦に振る。
どうやら、殲虎公司の残党の拠点まで案内してくれるらしい。
隣にいるエレナをちらりと見てから、俺たちはその戦時型ホムンクルス兵と一緒に下水道へと降りていった。




